四十九話 失格
祭祀の間。今日は大事な式典。《殻割りの儀》が行われているはずだった。しかし今この時間。この場所にいるのは大母竜と部下の従者。そして陰竜たちだけだった。他の子供達は万が一の事を想定為て各々が支配する階層に帰した。
「・・・・・・はあ。こんなことになるとは。・・・・・・私の責任ですね・・・」
疲れた様な声を出す大母竜は眉間に皺を作った。
「裏切り者。それが私の子供から出るとは・・・・」
彼女の頭に過ぎるのは裏切ったヴァールの事であった。何故という想いがある。しかしそれと同時にあり得た可能性でもあった。
「確かに私にずっと従っているような存在ではありませんか」
彼の本質は言ってしまえば快楽主義者。ここ再ア金は大人しかったとは言え、その本質が変わった訳では無い。そのことを大母竜が失念していた事から今回の彼の裏切りという騒動が起こったのだろう。その裏切り者に彼女はあろう事かこの祭典の準備を命じていたのだ。向こうからしたらさぞかしやりやすかったであろう。
「・・・・・・。ミリヴァ。・・・・無茶はしてはいけませんよ?」
純粋な気持ちが言葉になった。確かに大母竜は彼女の実力を知っている。強さで言ったら純粋に自分より劣る程度。竜の中では最上位の実力者である。しかし今のヴァールはヴァールでは無い。魔王種の一体が取り憑いたなにかだ。ただでさえ実力を隠していた可能性が高いヴァールの体にそれ以上に凶悪な存在が取り憑いている。心配しない方が難しい。
「・・・・・・ままならないものですね」
今の彼女に出来る事は限られている。強すぎるが故に制限を欠けられているのだ。だからいまはここでヴィリスの殻が割られるのを待ちながら心配を送ることしか出来ない。しかしこの様な事になるのは大母竜と呼ばれ始めた時。いや、大竜種の長となったときから分かっていた事だった。
「それでも。・・・・・わたしは・・・」
決して制限を受けたことを公開するつもりは無い。それによって成せたこと。成せる事があるのだから。
「・・・・・・・。ヴィリス。私の愛しき娘。戦いに身を委ねる運命の下に生れた可哀想な娘」
卵に近付く大母竜は殻に手をあてる。
「どうか私を許してください。貴方の苦しみを分かってあげられないこの私を」
悲しそうな声が祭祀の間に響く。
「貴女の役割を知りながら。貴女を産んだこの私を」
最初から知っていたのだ。彼女は。ヴィリスの前世の事から彼女の役割のことも全部星の意志から伝えられていたから。星の意志からヴィリスの事を産むようにと伝えられたときも彼女は大して深く考えなかった。ただ今まで通り星の意志の言う通りにしてきただけだったのだ。彼女の前世の事を聞いて少し位哀れな娘だな位にしか思わなかった。それ故に起きた悲劇もあった。ヴィリスが能力を制御しきれずに兄姉達を殺してしまった出来事。あの時始めて実感したのだ。自分はとても恐ろしいことをして仕舞ったのでは無いかと。幾ら罰天使の血を引いていたとしても翼を広げ毒をばらまいただけでその場にいた竜達がヴィリスを除いて全滅するのは明らかにおかしいのである。竜というのは大抵適応能力という物があり、毒であってもすぐに死ぬことは泣く、時間が経てば体内で中和指せていくものだ。しかし彼女の毒はそれすら許さないほど瞬時に竜の命を刈り取ってしまった。竜を瞬殺するほどの毒を生成する力。それは他の生物も動揺に殺す力になり得る。ここで彼女は考えた。ヴィリスの将来の事を。そして心配になった。ヴィリスが可笑しな性格になってしまわないかと。それまで彼女は人の姿のままだった。竜の血を本当に引いているのかと疑いたくなるくらい竜の要素を持たなかったのだ。そのせいで彼女は兄姉から迫害を受けていた。つまりは恨み辛みはあるのだ。そんな相手達を彼女は殺した。それによって性格が歪む可能性もあった。むしろ歪まない方が難しいのかも知れない。自分には特別な力があるという風に変に思い込んでしまう可能性が高いのだ。しかしそうはならなかった。幾ら自分の事をいじめていた存在だったとしても彼女はそんな彼らのことをきちんと兄や姉だと思っていたため、悲しんだ。そして自分の力に恐怖したのだ。今まで何も無いと思い込んでいたヴィリスが竜をも絶対に殺せる毒を体内に宿していることに気付いた。そこで彼女は素直に恐怖を抱いたのだ。これは彼女が純粋だったから出来た事であろう。普通は自分に非凡な才能があると分かったら歓喜するのだろう。しかし彼女はそれが出来なかった。能力の発現と同時に兄姉を殺してしまったから。喜んでいられる暇なんてなかった。そして純粋だったが故、自分を責めた。他人の生だという風に出来なかったのだ。客観的に見れば兄姉がやり過ぎた結果仕返しを受けて死んだようにしか見えない。しかし本人はそう捉えていない。自分のせいで死ななくてもいい命が失われた。この罪を背負い込んでしまったのだ。歪まなくて良かったと思っては居たのだが、もしかしたら彼女はこの時点で歪んでいたのかも知れない。この事件が切っ掛けで彼女の中の攻撃性が無くなってしまった。攻撃性と言ったら聞こえは悪いが、言ってしまえば自己肯定感の様な物だ。それが無くなってしまったため、彼女は自分と言おう存在を認められない。兄姉を殺した自分には生きる資格が無い。このままこの城に居続けたら壊れてしまう。ヴィリスはそう言う想いがあったからこの城を出た。大母竜は当然ながら彼女の意志を止められなかった。彼女も又、ヴィリスの罪を背負っていた。ヴィリスの兄姉達はつまり自分の子供である。その子達が竜の血を引いてないと見た目だけで判断し、ヴィリスに気概を加えていたこと。それを止められなかったのは母親である大母竜の罪であった。勿論この事を彼女が知らない訳が無かった。愚かなことをしているな。とは思っていた。しかしそれを注意することは無かった。した所で止まるとは思えなかった。自分が彼女の助けに入ればそのことを胃にいらない子達が余計にヴィリスにより激しく危害を加えかねない。それに過保護になればなる程、ヴィリスの自由は奪われてしまう。それを懸念していたのだ。しかし今は当然ながら後悔している。あの時は動いた方が穏便に言ったかも知れないと。ヴィリスも傷付かずに済み、今よりも竜の個体は多かっただろう。しかし同時にあの出来事があって良かったと思ってしまう自分が居るのも事実であった。ヴィリスには申し訳ないが、正直彼女は子供達が何体亡くなろうと、感情は動かない。むしろそのような質の悪い竜達には居なくなって貰った方が良いと思って居る。彼女は確かに竜の王である。しかし大母竜が望んでいるのは世界の秩序が保たれること。決して竜種の繁栄では無い。むしろ竜という存在は害悪になる可能性の方が高いのである。下手すれば次に排斥される種族は我らかも知れない。だというのに子供達の中には誇りばかり高く、他種族のことを蔑ろにするような事も起こしている。そのような存在を罰するのも大母竜である彼女の仕事だ。ヴィリスに危害を与えていた子供達も誇りばかり高い者達であった。その者達の未来はなんとなく見えるのだ。
「・・・・・こんな事を考えてしまっている。母親として失格ですね」
思考が巡る巡ってしまい、余計なことを考えてしまったことに反省為る。しかし彼女の言う通り、大母竜という母という名を冠する異名を名乗っておきながら、彼女は母親として正しく失格なのである。子供達の死を嘆かずにいる時点で。




