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虹翼の天輝鳥  作者: 緒野泰十
四章 集合、神獣種 宣戦布告、魔王種
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四十八話 落とし穴

 リンちゃんが行えることなど正直言って少ない。今の所彼女は時空に穴を開けるか敵対者に幻覚を見せるくらいなものである。彼女もまさか巨人を縮小出来るとは想っては居なく、あの時出来たのはたまたまだと思っているくらいなのだ。そしてたまたまだと想うが故にいまはできないと思い込んでいる。そうではないのに、だ。しかしこの二つだけでも十分強い能力である。空間に穴を開ければ逃げることも可能であるし、敵の攻撃をそのまま返すことも可能。そして極めつけは敵が拳を突っ込んだまま穴を閉じれば切断だって可能なのである。先程リンちゃんが行おうとしたのは正しくそれであり、それに気付いたからこそ巨人は一生懸命拳を引き抜いた。その甲斐あって巨人の腕は無事だった。

幻覚にしたってそうである。彼女の幻覚は精度が良く、従者を語ってきた襲撃者を再起不能にまで追い込むほどのものである。この戦いでは使用していないが、使用すれば巨人も簡単に騙せるであろう。

「も・・・す・・ぐ。・・・・お・・・・わ・・る・・・よ」

 そう言うと彼女はぬいぐるみで口を隠した。仕掛けは完璧という発言通り、彼女はもう全ての仕掛けを終らせた。正確は臆病である。荒事も苦手。働くことも嫌う。後ろ向きで自分の事など全く分からない。それでも彼女は一人生きてきた。この喋りかたも一人で生きてきたからこその口調だったりする。正直上手くいくかは彼女だって分からない。始めてやることだから。しかし先程それで上手くいった例を彼女は知っている。空間に穴を開ける事が出来るようになったのは巨人の攻撃を受けてから。それだったらこれもきっと上手くいく。そう信じる事にした。今有る全てを巨人にぶつける。

『なにが終わるっていうんだべ? お前だべか?』

 巨人は指の関節を鳴らしながらリンちゃんに近付く。全く警戒もせずに。おそらく巨人の目にはリンちゃんが無防備に見えたのだろう。巨人が腕を引っ張っている間、何もせずにただジッとしていた様に見えたのだろう。そんなはずは無いのに。浅はかにも巨人はリンちゃんへ足を進めていた。

「こ・・・・な・・い・・で!」

 怯えた様にリンちゃんは後退る。その様子に巨人は被虐心をくすぐられてしまった。止せば良いのに。彼女の態度を愉しむが如く態とらしく歩幅を狭めてみたり、歩みをゆっくりにして見たりなどのことを行い始めた。最早遊んでいる様にも見える。命がけの戦いなのだが。そのことはすっかり頭から抜け落ちてしまっている。

「こな・・・い・・・で!!!」

 最後の一言は精一杯の声を上げた。それと同時に巨人に背を向けて逃げ出す。

『はははっ! 待つべ!』

 笑いながらまるで恋人を追いかけるような優しい声で言いつつ巨人は追いかけた。

『いいかげん捕まるが良いべ!』

 巨人が手を伸ばすと今度は捕まってしまった。巨人の手の中にいるリンちゃんはどうにか体を動かそうとするが巨人の握力の前じゃ首以外動かない。

「いっ・・・・たい」

 流暢に喋ろうとしても如何しても言葉がつっかえてしまう。それはこの様な非常事態だからと言っても変わるもんじゃ無かった。

『ようやく捕まえたべ! へへへっ! さあて、どうしてやろうべ』

 下品な笑みを浮かべる巨人の顔にリンちゃんは身を縮こまらせるしか無かった。

「罪は」

『そうはさせないべ』

 能力を使おうとしたことを察知して巨人は握る力を増した。

「ま・・・いだい」

 体がきしむ痛みに耐えかねて続きを紡げなかった。

『手こずらせたべな。だが、これでお終いだべ』

 巨人はこれで勝ちを確信した。この少女と戦い始めた時から感じていた不安感は嘘のように消え去っていた。碌な死に方をしないと想っていたが、どうにか生き残れそうなことに安堵もしていた。言葉通りこれで終わったと思った。

「う・・・ん。・・・そう・・・だ・・・よ」

 不意に彼女も同じ事を呟いた。そこで巨人は疑問に思った。なぜこの少女はここまで冷静でいられるのであろうと。すぐそこに死が見えているというのにここまで冷静でいられるものだろうかと。リンちゃんが冷静で居られる可能性としては二つある。それは巨人でも思いついた。一つ目はどうにかして逃げられる術を持っていると言う事。もう一つは最早死が抗えないと良いことを悟って逆に冷静になっていると言う事だ。最初の方の考えだとリンちゃんが自分の意見に同調したことに矛盾が生じる。逃げる術を持っていると言うのなら同じ事は言わないだろう。それはこの戦いをこれ以上に長引かせるような事を言っているのと同じなのだ。しかし彼女は同じ意見を発した。これはどういうことなのか。少女の目を見る限りおそらく死の覚悟はしていない。だとすると何なのだ。ここまで考えて巨人はある考えに達した。

『・・・・・・まさか・・・・・。殺すつもりだベか? オラのこと』

 発言の後。巨人はただ彼女の表情を伺っていた。どういう表情をするかで自分のこの後のことが決まってくる。

「そ・・・・の・・・・つ・・・もり・・・は・・・・・。な・・・・か・・・ったよ」

 彼女の言葉に安堵する自分が居た。しかし。

「さ・・・・っき・・・ま・・で・・は」

 次に紡がれた言葉に一気に顔を強ばらせる。

「い・・い・・・か・・げん。・・・・・・し・・・つ・・・こいから。・・・・・・さ・・・す・・・がの。・・・・リンちゃん・・・・も。・・・・・・お・・・・こ・・った・・・か・・・ら」

 頬を膨らませて怒ったという可愛い主張をするリンちゃん。その容姿に可愛いと思うのは当然だが、巨人は恐怖を抱いた。先程ベルティアに食べられた巨人は彼女の笑みに気圧されたが、この巨人はリンちゃんのその変わらない態度に恐怖を抱いた。それが何故かなのかは分からない。一見巫山戯ているようなその態度から彼女の本当の感情が見えたと言うしか言えないのだ。つまりリンちゃんの言葉通り、怒りが頂点に達していた。ここまで執拗に追いかけ回されたのだ。怒るのは当たり前だ。

「・・・・だ・・・から。・・・・・・おち・・・・て?」

 落ちる。どこにと考える間もなく、巨人の足場が消え去った。突然宙に補織り出されたかのような感覚になったが、すぐに巨人に重力が働いた。真下に支えの無い巨人は穴の中に吸い込まれるように落下していく。

『なめるなべ!!!!!』

 咄嗟に叫び声と共に反対の腕が動き、穴の縁に手を掛けた。それによって完全に落ちることは無かった。がそれも時間の問題であった。巨人の巨体を支えられるほどの腕力。それをこの巨人は持ち合わせていないのだから。そのため巨人が落ちることなどわかりきっている。

『落ちないべ!! 絶対に。落ちてたまるか』

 語尾すらもつけるのを忘れるほど巨人はその腕に力を込めた。途中確実性を持たせるためにリンちゃんを穴の中に放り捨ててもう一つの腕でも穴の縁を掴んだ。

『落ちないべ。生きて。生きてここから出るんだべ!』

 決意の言葉と共にどうにか巨人は両腕で肘まで上げる事が出来た。ここまで来れば肘が支えになって多少は楽になる。そしてこの時点で思ってしまうのだ。自分は助かったのだと。しかしそれを許すほどリンちゃんは優しくなかった。彼女の怒り具合は先程の仕打ちに加えて放りなげられたことによって沸点を超えてしまった。最早巨人を許すという選択肢は残っていないのだ。穴の中に又穴を作った彼女はそこから外に出た。出た場所は調度巨人と目が合うところである。

「ぜ・・・・・・った・・い・・に。・・・・の・・が・・・さ・・ない」

 そう言うと彼女は指を鳴らした。すると穴の縁が拡がった。それによって今まで巨人が体重を預けていた場所も穴となってしまったのだ。

『そんな。・・・・・・・そんなわけが。・・・・ないべえええええええ!!!!!』

 絶望の声と共に巨人は落下する。その声は地上まで響いているが、無情にもリンちゃんが穴を閉じたことによって聞えなくなったのだった。


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