四十六話 穴の仕組み
「え! リンちゃんが相手すんの? なんか意外」
最初に声を上げたのはベルティアだった。彼女は言葉通り意外と驚いた表情を為ている。
「う・・・・ん。や・・・・ぱ・・り。に、に・・・・げる・・・の・・は。ちが・・・・うの・・か・・な・・・って」
彼女の側に現れたリンちゃん。彼女は背後に自分が出て来た穴を従えていた。
「そ・・・れに。・・・・・どう・・に・・・か。で・・・・・・き・・・そう・・うな・・・ほうほう・・・を。・・・お・・もい・・つ・い・・た・・から」
そう言うと彼女はおもむろに背後の穴に目を向けた。
「へえ。それをつかうつもりなんだ。・・・・・・まあ良いんじゃ無い? あたしの腹は空くけど」
「・・・・・ご・・・めん・・ね?」
別に謝る事じゃないと言うとベルティアは巨人に目を向けた。
「だけど良いの? 彼の巨人。ちょー怒っているみたいだけど・・・」
「う・・・ん。・・・・と・・うぜ・・ん。・・・だと・・お・・・もう」
巨人が怒るのは当然。怒りを買うような真似をしたのは此方が最初だったのだから。巨人が怒るのは自分たちの優位性を失ったから。と言えばそうなのだが。厳密に言えばそうではない。その後のリンちゃんの対応に怒りを覚えたのだった。
『たたかえ。・・・・ここでにでてきったっていうのなら。戦えべ!!!!!』
そう叫ぶと巨人はリンちゃん目がけて突進を始めた。巨人の怒り。それはリンちゃんがまともに巨人の対応をしなかったせいだった。ここは戦場だ。この場にいる者達は。特に巨人の方は死ぬ覚悟がある。勿論それを持ってきたわけではない。しかしそれを持たざる終えなかったのだ。摩訶不思議な能力を持つ者達。それが自分達と同じく四体現れた。それに加え自分達のアイデンティティもこの少女のせいで失った。それなのにこの少女は逃げるしかしない。巨人にはその理由が分からなかった。何せ少女は己の力を制御出来ていない。それが分からない巨人は気味が悪かった。どうして反撃をしない。そんなに大きな力を持っていて何故と。その問答を繰り返していく内に何故か怒りが湧いてきた。それでつい拳を降ろしてまた後悔した。潰したはずなのに生きていたことに。それによって恐怖が増して。加えて怒りの方も増したのだった。これは何の怒りか。なんとなく巨人も察しが付いている。やるんだったらさっさと殺せ。と言うものだった。巨人は潜在的に理解しているのだ。もう元の大きさには戻れないこと。そしてこのまま彼女の相手をしていたらきっと無残な死に方をする事を。そうなる前に殺されないかとも考えていた。殺せないことは先程分かった。どうも運命か何かが彼女を殺せないように仕組んでいるのかも知れない。仮ニ層だとしても諦めるのは早いのだろう。巨人もそう想っていた。簡単には死なない。せめて何かを残そうと。
『潰れるベええええええ!!!!!』
彼女に近付き拳を振う。しかしその前に彼女は背後の穴に又潜ってしまった。しかに閉じるのが遅れているのか穴は開いたままだった。巨人は構わずに彼女を折って拳を穴の中に突っ込んだ。何かに当った感触が伝わる。潰した感触もあったがそれよりも固い壁のような者にぶつかった。
『・・・なんだべっ!』
最後の言葉が出る前に巨人の顔近くに穴が出現し、中から巨大な拳が襲ってきた。咄嗟のことに気付かずに拳はそのまま巨人の顔に直撃する。拳の威力が強かったため、巨人はよろめき穴から手を出す。為ると彼を襲った拳も穴の中に戻っていった。脳も揺らされたため体勢を保つことが出来ず、その場で腰を抜かして尻餅をつく。
『な、なにが・・・・・あったべ・・・』
視界がぐるぐるする。意識を失っていないのが不思議だった。脳を揺らされたのだ。普通は失神する。それは巨人も知識は無いがなんとなく理解が出来る。しかし当たり所が良かったのだろう。失神までは行かなかった。
『体の自由が・・・効かないベ』
それでも体を動かすことは出来なかった。そして自分が何故古野様な状況になったのか思い出すことが出来なくなった。それは脳震盪の症状と一緒であった。つまり巨人は脳震盪を起こしたのだ。意識が途切れては繋がるような感覚もある。
「う・・・・ん。・・・・うま・・・く。い・・・った」
眼前に穴が現れ、その中からリンちゃんが出てくる。彼女は少し嬉しそうに頬を緩めている。それを見せまいと相変わらず持っている人形で口周辺を隠していた。
『・・・・・・・な、なにを。したべ』
巨人の問い掛けに彼女は返答しない。態々仕掛けを教えるほど彼女も手段を持っていない。と言うかこれしか持っていないのに教えるわけが無いのだ。
「・・・・・・・。お・・・しえ・・・な・・い。よー・・・・・っだ」
わざとらしくあざとく見えるように言葉にする。しかし言葉が途切れすぎるのもあるが、声が小さすぎるため巨人は聞き取る事が出来なかった。
「・・・・・。りん・・・ちゃんを。・・・・・・・いじ・・・めた・・・・・ば・・・ちが・・・・あ・・たった・・ん・・だ」
『おめえがそう仕向けたんだべ』
真っ当な反論にリンちゃんは図星をつかれた。しかし目を見開くくらいの小さな反応のため巨人は気付かない。お互い沈黙が続く。その様子はとても退屈で平穏な時間であったと言えよう。しかしここでリンちゃんはある過ちを犯していた。それは巨人に時間を与えたと言う事。確かに巨人の脳を揺らしたことで体を動かなく指せた。しかしそれは悪まで一時的。時間が経てば当然回復する。そして巨人は多少の知能を持っているのだ。どのようにして自分が反撃を受けたのか。そのときの記憶は確かに飛んでいる。しかし状況を考えれば推理できなく無い物。何せあからさまだったから。穴に拳を突っ込んだら反撃を受けた。であるならば穴に細工がされていると言う事が分かる。その細工さえ分かれば反撃をよける事も可能であることも。そんな事を考えながら回復した手足の感覚を確かめた能登に徐ろに立ち上がった。
「は・・・・・や・・い・・よ」
少し悲しそうな表情をする彼女は背後に出来たままの穴に後ずさりで入っていった。そしてわざとらしく再びそのままの状況が少し続いたのだった。しかしそれでも長くは続かない。堪え性というものをこの巨人は持ち合わせていなかった。そのため最初に行動に移した。
『悩んでいたって答えは出ないベ。ならやってみるしかないべな!』
声を上げると巨人は再び穴の中に拳をいれた。今度はゆっくりと。為るとまたもや何かに触れる。それに力を込めると簡単に割れた。それと同時に巨人の後頭部の空間に皹が入り、割れる。そこからはまたしても謎の拳が現れた。空間が割れる音は巨人の耳にも届いた。その方向に目を見ると自分の物と同じサイズの拳が割れた空間の中から現れて居ることが確認できた。拳の色は違う。しかしなんとなく自分の物だろうという確信があった。その証拠に自分が掌を開くとその拳も同じく開いた。様々な動きをして見せてもこの手は同じように対応している。
『・・・・簡単な仕組みだったべ』
「ばれ・・・ちゃ・・・った」
為ると肩の方から彼女の声が聞こえてきた。目を向けるとやはりリンちゃんはそこに居た。彼女は残念そうにも悔しそうにも見えるような表情をしていた。
『分かってしまえば対処は簡単だべ。さあ、さっさと潰れるべ』
そう言うと巨人は穴から拳を引き抜いて、その手で彼女を潰そうと考えた。しかし想う道理には行かなかった。
『な! ぬっ! 抜けないべ!』
簡単な仕組みだと想っていたが実際はそうでは無かったと言うことの証明が成された。




