四十五話 追いかけっこ
『待つべ! 逃げるな!』
その巨人は小さな個体を追いかけている。巨人からしたら蟻くらいの大きさ。しかし小さいからと言って脅威にならないわけでは無い。逆に巨人からしたらこれ以上無いほどの脅威。それもそうだろう。なにせ今追いかけている個体は巨人達から圧倒的有利な巨体を奪いとった存在なのだから。
「に、逃げるな・・・・・・って。・・・・・む・・・り・・だ・・よ」
吃ったような声が微かに聞こえる。大きさの割りに聴覚はあまり発達していない巨人。それでも微かに聞こえた少女のような声。だがそれは確かに聞こえた。それはつまり彼女にも言葉が通じると言う事だった。
『さ、さっさとおら達を元の大きさに戻すべ!』
言葉と共に拳がリンちゃんを襲う。捉えたような感触もあった。しかし拳の先を見ると辛うじての所で狙いを外したのか。それとも彼女の移動スピードが速かったためか。どちらかは分からなかったがどうやら当っては居なかったようであった。それでも巨人の拳が地面に当った衝撃で体勢を崩しているようだった。しかしそこで巨人は疑問に想った。確かに今彼女を潰したような感触があった。しかし実際は当ってすら居なかった。これは何なのだろう。最初は木か岩などを潰したのを勘違いしたのかとも想った。しかし巨人は先程からこの様な事を仕掛け続けている。その際に木や岩なのどを何回も潰していた。その感触と今の感触は明らかに違うのだ。確かに今巨人は彼女を潰した。しかし実際は死んで折らず、今もその足で逃亡している。一体どうなっているのか。理解が及ばない。それはリンちゃんにもいえる事だった。
「・・・・どう・・な・・・ってる・・・の?」
いまさっき。目を瞑った瞬間巨人の拳に潰されたような痛みが彼女を襲った。しかし目を開けてみると自分の体は無事去った。しかし明らかに痛みはあったのだ。だがそれがまるで幻だったというように今は全く痛みを感じない。気のせいかもと想いもした。しかしそれにしては潰されるときの痛みはリアルだった。
「いった・・・・い。・・・・・・なに・・・・が・・・お・・・こって・・・る・・の?」
自分の体がどんどん可笑しな方向に向かっている事だけは理解出来る。それがとてつもなく怖かった。
そもそもの話しである。彼女としても巨人達を小さく出来るのかどうかって言うのは正直信じられなかった。しかし実際はそれが出来てしまった。何故そのような事が出来たのか。それすら理解出来ていない。彼女としても不思議な事であった。
「・・・・・リン・・・ちゃん・・・て。なに・・・もの・・な・・の?」
走りながら自問するも答えなど見つかるわけが無い。誰も答えてはくれない。自分自身でさえも。
「・・・・・・・。誰か。・・・・・この・・巨人・・・を。・・・・どうにか・・・し・・・て」
なにも知らないからこそ自分の事が恐ろしくなる。恐ろしいからこそ訳の分からない力を使いたくない。そう言う負の連鎖があって彼女は一切反撃できないで居た。だからこそ逃げるしか無い。悲痛な声を上げるが当然ながら誰も助けてはくれなかった。何せ未だ誰も巨人を倒しきっている者はいない時間帯だったから。もう少し立てばベルティアが完全捕食を果たすのだがそれもまだ未来の話。一切能力を使わない彼女はただ逃げるしか無かった。
『待つべ! 今度こそ潰してやるベ!!』
背後からまた降りかかる拳。これは避けられそうでは無い軌道だった。どうしようも無い。このままでは潰される。又あのような痛みを受けるのは勘弁だった。その想いだけで彼女は決心した。
「罪は回る」
能力を使う際に自然と口から紡がれる言葉。その動きを止めようとは想わなかった。と言うか想えなかった。なにせそれのお陰で能力を行使する事が出来るのだから。
「穴は開く」
言い終わった瞬間彼女の前に穴が現れた。それはまさに空間に出来た穴であった。一見為ると紫のような空間に繋がっているようにも見える。決して自ら入りたくは無い穴であった。しかし今はそんな贅沢は言っていられない。意を決してそれに飛び込むリンちゃん。穴は彼女が入った直後に消え去った。しかし巨人はそれに気付かない。何せ穴があった場所に拳を降ろしたため。当然ながら感触など有るはずが無い。当っても無ければ存在すらしていないのだから。
『・・・・・どこに行ったベ!』
当っていないと言う事を逃げたというふうに受け取った。逃げたと言う事は近く二いると言う事という理論出会った為その近くを探した。しかし一向に彼女の姿を見つけるKとはあ出来なかった。そもそも巨人がギリギリ認識できる位の大きさだったリンちゃんだ。一度見失うとその捜索は困難を極める。
『・・・・・・どこだ。・・・・どこだべ!!!!』
狂乱して巨人は当たり周辺に有る木々を蹴り飛ばしながら怒声を上げた。しかしそれでは彼女は見つけられない。というかそもそもの話。見つけることなど出来ないだろう。彼女の開いた穴。それはここでは無いどこかの空間に繋がっている。それこそ彼女が自分の意思で此方に戻ってこようとしない限り帰ってこない。つまりは彼女を逃した時点で巨人達は完全に元に戻る手段を失ったと言う事なのである。そのことに巨人はまだ気付いていない。多少知能はあるようだが、今は理性を失っているのと同じ状況。そんなこと考えるような暇は無いのだ。
『どこだべ。・・・・・どこだべ!!!!!!!』
手当たり次第当たりの木々を薙ぎ倒す。幾らそのような事をしていても一向に見つからないリンちゃんの姿。それが余計に巨人の怒りを焚きつける。しかし次の瞬間巨人はある光景を見て正気に戻った。
『・・・・あ、あれは・・・・』
巨人が見た光景。それは一体の同胞が居なくなる瞬間であった。今まで虫の女と戦っていた巨人が彼女の口の中に吸い込まれていく様はこの巨人を正気に戻すのにはあまりにも十分で、衝撃的だった。
『な。なななななななな・・・ななな』
あまりにも衝撃的な光景に言語能力がばぐってしまったのか。巨人は『な』というしか出来なくなっていた。本当ならその後の言葉を口にしたいのに。『な』以外に口に出なくなってしまったのだ。
「ふう・・・・・・。味はあんまりだったかな・・・」
口の周りを指で拭うベルティアは辛辣な感想を残しながら首を動かした。
「まあ、それでも。・・・・少しは腹の足しになったからよしとしようかな?」
言葉ではそう言ったが、彼女は決して満足などしていないのだ。未だに飢餓感は残り続けている。生れてこの方満足がいったことなど一度も無い。それなのにこの巨人一体程度で満足など出来るはずが無いのだ。
「さあて。どうしようかな・・・・・・。あ」
彼女が巨人と目が合ったのはその瞬間だった。そういえば居たなという表情の後彼女はにやりと笑った。
「そういえば食べようかなって想ってたんだった。もう一体くらい」
彼女の笑みは感情を凍らせ恐怖を植え付けるもの。しかしこの巨人はそれを払いのけられた。
『・・・・・・・出来るもんならやってみるといいべ! おらはあんたが喰らった奴よりも強いべから』
この巨人は先程の個体よりもそう言う適応力があったため彼女に飲まれなかった。それに加えて自分達が元に戻れない事への憤りと仲間を喰われた事への怒りが燃え上がっている。少なくても先程の巨人よりは戦い甲斐のある事は間違い無かった。
「・・・・・や・・・っぱり。・・・・お・・しつ・・け・・るの・・は。だ・・め・・。だよ・・・」
声の聞こえた瞬間。巨人の目線が明らかに下がった。眼前が大地しか見えないほどに。そして何故か体も動かなくなったのだった。




