四十四話 力量差
一つの戦場にて戦いが終った。巨人は決して弱くない。強いのだ。それこそ一体だけでこの大陸を蹂躙できるほど。しかしその内の一体が後方もなく消えていった。正しい意味で悪魔の名前を持つ虫の女王の腹の中に消えていった。そのことを他の巨人達も。そして神獣種達も感じ取った。巨人の方は悲痛な感情を表情に露にする。神獣種の方は各々違う感情を示していた。アストラは無関心。ハティスは興味。そしてリンちゃんは羨ましそうにしていた。
『死んじゃったベ』
アストラと対峙している個体が呟く。
『何で。・・・・・何であいつが死ななくちゃいけなかったベ!』
その声は自然と大きくなり、当然の如くアストラの耳にも捉えていた。彼は静かに目を瞑って返答しようとはしなかった。分かっている。巨人達も悪魔種に命じられていることも。そして以前現れた個体の敵討ちのために現れたことも。全て分かっている。それを間違っていると言えることが簡単で、受け入れる事が出来ない事も。所詮は歯車が合わないから戦っているのだ。
「・・・・・・・・・世界は理不尽で満ちている。それを解決する術はどの種族にも与えられていない。無論我らも。お前達も。悪魔種や天使種ももちろん。神という存在でさえ。・・・・・・・だから我にはお前の言う言葉に返答出来る答えが無い」
どんな存在でさえ、巨人の持っている憤りを散らす事など出来ない。それは巨人個人が持っているものであり、その辛さが分かるのは結局その巨人のみ。だからこそアストラはその言葉を答えた。
「残念だがお前達巨人にはここで屍となって貰らわなければならない。盟約に従い、この大樹を守護しなければならないのだから」
ここでアストラの重い腰が上がった。実際に腰を上げたのでは無く、戦う意思を見せたことを指している。彼は大斧を肩に担ぐと四本の足で地面を確かめるように順序よく足踏みさせる。
「我に掛かればあの者より安らかに眠れる事を約束しよう」
首をならし肩を回す。固まっている体をほぐすような仕草をする。
「無論抵抗しなければであるが」
猛牛の顔で獰猛に笑う。それは正しく暴力的な笑みであった。頭が牛な為、正確に笑ったかどうかは分からない。
『・・・・・・・・。そう簡単には。・・・・・やられないベ!』
そして彼と対峙している巨人の方もようやく恐怖よりも仲間をやられた怒りの方が上回り、戦意を向上させた。
『・・・・・仇を・・・・とるべ!』
恐怖を乗り越えた巨人は立上がってアストラを見据える。
「・・・・・生き急ぎおって」
戦う意思を見せた巨人にアストラはため息を吐きながら憐れみの目を向けている。
「あくまで抵抗するか。苦しむことになるぞ?」
『そうなる前にお前を殺せば良いだけだべ!』
威勢良く声を上げる巨人に彼はもうなにも言わなかった。と言うかいっても無駄だった。仲間の死を感じ取った時点で巨人の意思は固まっている。仇を取ると。少なくとも二体分の。だからその個体にとってアストラなど目に行かなくなったのだ。今巨人にとってアストラはただの妨害する存在でしか無い。
『さっさとそこを・・・・・どくべぇぇぇぇぇえええ!!!!!!』
奇しくもこの巨人が持っている武器も斧。をれを振り上げながらアストラ目がけて突進を仕掛けてくる。両手振り下ろされる斧。アストラはそれを自分の斧の柄で受け止めた。片手で。接触した瞬間。キィン!! と金属通しがぶつかったときのような音が響いた。
「・・・・・・・」
『ぬぅぅうう!』
力で押し込めようと声を上げる巨人と全く声も上げず、表情も変えないアストラ。対照的な反応をしている。
「・・・・この程度なのか? 巨人の力というのは・・・・」
全く感情のこもっていない声。これは失望ですら無い。ただの事実として受け止めているという感じだ。
「・・・・・そんなわけが無いか。巨人という種族と今回初めて相まみえたが縮小され多としてもこの程度の力な訳があるまい。我にお前の本気を見せてみよ」
『うおっ!』
言い終わるとアストラは大斧を横に巨人の持っている斧の柄に引っかけるようになぎ払う。働いた横の後からに巨人は対応出来ず、斧もろとも体を持って行かれる。結果的にアストラによって遠くになげ飛ばれる事になった。アストラからしてみればそれ程強く払ったわけではない。これは巨人の力を利用してなげたものだった。しかし飛ばされる巨人は想いの他遠くに行ってしまった。
『つぅぅぅぅぅぅぅ!!!!』
ゴウガァアというまるで地面を抉られるような音と共に落下した巨人。砂埃が舞っているが、その下は確実に陥没していた。幾ら小さくなったとしても巨体である事には変わりない。地面が陥没することのほうが普通なのだ。
『うっ、うあが!』
地面に背中からぶつかった巨人はその衝撃で肺の中の空気が一気に押し出された。それに伴って奇声も上げられる。
「・・・・・・・よく飛ぶものだ。・・・・上手く決まったとは想ったのだが。・・・・・あそこまで飛ぶとはな」
予想外の出来事にアストラは頭を痛くしたのか額に手をあてた。
「まあいい。あの者も初めての感覚に悶絶しているところだろう。少しは痛みを味わわせ無いといけないのだから」
安らかに行かせるとは言ったが、痛みを与えないとは一致無い。まるで詐欺師のように言葉を隠していた。そもそも戦闘に置いて安らかに死ねる方が稀である。一切攻撃されたことを認識しないで死ぬ以外ではあり得ない事である。ましてや初めて味わう痛みの感覚があっては安らかになんて行くわけが無い。
「・・・・それでもすぐに立ち上がるその意来はよしとしよう」
彼が見据える先の巨人はどうにか痛みに悶絶しながらも立ち上がる姿が見えた。
「・・・・・・同じ事をしても無駄だというのに」
『ヌゥウオオオオオオ!!!!!』
起き上がるやいなや、巨人は再びアストラへ突進を仕掛ける。単調であり、先程と全く同じ行動である。それでどうにかなるのかと言ったらそんなわけは無いのだ。突進する巨人。その速度は決して速くない。遠くに飛ばしたため先程よりも走る距離が長くなっている。走る巨人はアストラからしたら隙だらけでしかなかった。彼は今度は両手で持った大斧を振りかぶり、それを力任せに地面に叩き付けた。為るとそこから直線上に地面にひびが入った。次の瞬間音を立てて皹が拡がり、亀裂となっていく。そして最後にはその亀裂から火が噴き出したのだ。亀裂は巨人の居るところまで長く続いていた。亀裂に気付いた巨人は目を見開かせ、そこで止まった。この後どうすれば良いのかと考えた末、巨人はなんと背を向けて突進してきた道を逆走しだしたのだ。それは亀裂の直線上にある道で蟻、何れ亀裂が入る場所であるのに巨人はその道を駆けていった。しかし予想通り亀裂は巨人に迫っていく。そしてそこから吹き出す火も。
「高温のものが巨人には有効だって話しだったからからの。それなら使わない手は無いであろう」
アダルが倒したときも高温の炎を利用して倒した。アストラはその話しを思い出してこの様な攻撃を仕掛けたのだ。
「逃げても無駄だと思うのだがな。お前は回避の仕方を分かっていないようだが・・・・」
この攻撃は一見為ると回避が簡単なのだ。何せこの亀裂の直線上から外れてしまえば良いのだから。しかし巨人は今もなお直線上を走っている。どういうわけか。
「・・・・・・作戦があるとはおもえんな。・・・・・そうか」
アストラは心の中で呟いた。どうやら我は頭の悪い個体を引いたようだと。




