四十話 嫌いな姿
『どうだ? どこか痛むべか』
吹き飛ばされた巨人はその声で目を覚ます。朧気な目に映ったのは同じ巨人の仲間であった。
『こ、ここは・・・・』
そこでようやく思考が再開されて自分があの狼に飛ばされて意識を失っていたことが理解出来た。なんとか立上がろうと腕を支えにしようとしたがなぜか腕に力が入らない。そして次第に変な感覚に襲われた。
『・・・・・何だべ・・・・これ』
なんとも不快な感覚だった。力が入らない。それだけでも不安はわき上がり、そして不快感が増していった。
『どうした? 大丈夫なんだべ?』
『・・・・分からないべ。・・・・・なんかおかしいんだべ。腕が・・・』
腕がおかしい。その発言に目の前の巨人の表情が変わった。
『見せてみるべ。・・・・・・これは・・・折れているべ』
『折れている? 骨がだべか?』
返答に巨人は頷くしか無い。
『そうなんだべか。・・・・俺が痛いという感覚なんだべな・・・』
この不快感こそが痛みと言うわけ。それを自覚すると急に痛みが激しくなってきた。だがそれでも。
『この程度なら。・・・・・耐えられるべな』
そう言うと巨人はゆっくりと立上がる。折れているというのにその腕をぶんぶん振り回す。そしてその硬い皮膚で骨の位置を戻した。
『よし! これでいいべ』
痛みは続く。だが外の皮膚で固定されているためそれ程気にならない程度まで軽減できた。
『凄いべな。・・・・・あっちは頭は良いが、おめぇはなんて言うか咄嗟の対応力って言うのがあるんだべな。おらには出来ないべ』
『まあ、こういうのはちょっとした悪知恵だべ。おらよりもあいつの方が頭は良いべ』
謙遜しているわけでは無い。本当にそう思っているのだ。なぜならこの巨人は過去に何回も知能のある巨人との知恵比べに負けているのだ。だからこそ言えるのだろう。だがこの巨人は知らない。知能のある巨人よりも先に痛みの耐性を得てしまったことを。痛みと言うのは結局個人で差が出る。この巨人は言ってしまえば他の巨人よりも痛みを感じにくいと言う事のだけである。それ故にこれから彼の身に起ることはある意味で悲劇としか言う他が無い。なにせここに来るのは少女二人。それも厄介な能力を持った二人なのだ。
「あれ? なんか無事っぽいんだけど! もしかしてしくったかな?」
「別に・・・・・しく・・・・・ては・・・いない・・と・・おもう・・・よ?」
そのタイミングで少女二人。ベルティアとリンちゃんは到着した。その声は巨人達に歯聞こえていない。そして二人のことも見えていない。つもりは相手に感知されていないと言うことなのだ。感知能力を持たない巨人。いまこのタイミングは絶好の先制攻撃のタイミングであるとも言える。
「ねえ? 気付いてないっぽく無い? ここまで近付いたんだから気付いても良いとおもうんだけど!」
幾ら騒いだところでその声は巨人には聞こえない。なぜか。巨人達には先程言ったとおり感知機関が無い。それに加えて彼女の声が雑音に聞こえているのだ。詳しく言うのなら森の何かの生物が鳴いている音。その程度でしか認知していない。そんなもの一々一つずつ耳を澄まして効くものでは無いと巨人達は認識している。いや、或いは認識していなく、ただただ雑音として捉えて無意識にそれを取り除いているのかも知れない。
「・・・・どうしようかな?」
ベルティアは何か考える素振りをする。
「な、、にを・・・・・かん・・がえ・・てる・・の?」
「ん? ああ、ちょっとね。これからどうしようかなって。このままなにも言わないままし駆けるか。それとも見つかってから仕掛けるか。リンちゃんはどっちが良い? あたし的には後者の方が刺激的でおもしろいんだけど」
「・・・え・・・と」
おもしろいからと言って本当にそっちを選ぶのだろうかとうたがってしまう。なぜ危険な方を選ぶのだろうかとリンちゃんは純粋に思ってしまう。それ程に彼女から見たベルティアの性格は理解出来ない物だった。快楽主義者といって差し支えない思考を推し量ることは叶わないのだ。
「ねえ、りんちゃんはどう思う? このまま攻めるか。それとも見つかってから攻めるか」
返答に困る問い掛けに彼女は人形で顔を隠しながら口を走らせる。
「リンちゃん・・・・は・・・・・・この・・ま・ま。・・・・こ、・・・・こう・・・げ・・きした・・・・ほ・・う・が。・・・・いい・・と・おも・・う」
「・・・まあ、普通はそうだよね。・・・・・よし! ここはあたしの直感に従っておもしろい方にしよう!」
おもしろい方。つまりは態と自分たちの正体を明かしてから攻撃を仕掛けようと言う事。なにがおもしろいのかは最早聞けないし、どうせ聞いたとしても分からないだろうからこれ以上リンちゃんは追求しなかった。
「よおし! じゃあ、さっそく仕掛けちゃおっか! 思い立ったら吉日って言うし。即実行に移しちゃおうよ!」
そう言うと彼女は顔を満面の笑みにしてその後巨人に目を向けた。
「どんな表情になるか。・・・・たのしみだ!」
わくわくを抑えられないのか胸に手を置いている。しかしそれを落ち着かせるためか彼女は突然その場で体を動かし始めた。
「な・・に。・・・してる・・の?」
「準備体操。いきなり体を動かしちゃったら怪我しちゃうからさ」
そう言うと体をほぐすような動きをする。
「リンちゃんもやりなよ」
「リンちゃん・・・・は・・・いい・・かな」
「そう。怪我しても知らないよ?」
言い終える頃には最後の柔軟も終りかけている。
「さあて。お楽しみの食事タイムだよ。あっ! そうだリンちゃん!」
突然の呼びかけにリンちゃんは体を硬直させて彼女の表情を伺った。
「これからあたし。すっごく自分が嫌いな姿になるんだ。その姿さあ。まあ、なる過程も何だけど少しばかりグロいんだよね。だから出来るだけって言うか。なんていうかさあ。・・・・・引かないでね?」
返答も聞かずに彼女の中から甲高い音を立てた小さい無数の物が飛び出してきた。それは彼女の体を覆う。それがなんなのかリンちゃんは瞬間的に理解し、鳥肌が出ていた。彼女の体を包んでいるもの。それは虫であった。それも羽虫の類いのもの。確かにこれは言われなければ引く代物だった。言われてもそのような反応をしてしまうだろう。引くと言うよりも気味が悪い。気持ち悪い。生理的に受け付けない。そのような考えが玉の中を駆け巡っている。虫というのはただでさえ人からの印象は悪い。それが大量となればそれだけで恐怖の対象になり得る。
「ああ! その顔! 引いてるでしょ! 引かないでって言ったのに!」
虫の大群の中から出て来たのは女性の姿形をした人間大の虫だった。顔も人間の時と変わらない。それでもその姿は虫の類いの物だった。背中には蝶々を思わせる羽が。観戦津は節になっている。目もよく見れば複眼になっていたり。両腕には蟻の臀部を思わせる膨らみがあった。方には蟻なのか蜂なのか分からない頭が付いており、それの口も動いている。いや、確実に意識を持っているような動きをしていた。
「なんてね。その反応は予想出来てたよ。この姿を見て何の反応も見せない方がおかしいと思うしね!」
その声からは一切の哀愁は感じとれない。と言う事は本当に気にしてないのか。それともそのように振る舞っているのか。リンちゃんには本心が分からない。だが見ている限りではおそらくはリンちゃんにどう思われても良いと思っているように思えた。なぜなら彼女の目には今巨人しか見えていないのだ。その眼差しはまるで子供が今から楽しいと話題になっているアトラクションに行くときのような純粋に愉しみだけが彼女心を支配しているのだろう。おそらく負の感情を抱く隙が無いほどに心はそれに支配されているのでは無いかとリンちゃんは推理をした。
「じゃ、言ってくるね! ・・・・・・・あ! リンちゃんも後から来てよ? じゃないとアタシが全部食べちゃうから!」
そういうと彼女は巨人の方に飛んでいった。
「・・・・・やっぱ・・・・り。・・・いか・・ない・と。・・・だ・・め・・なん・・だ」
呆気にとられながらも自分もこの戦いに参加しなければならないのかと考えただけで彼女の心は憂鬱になった。




