二十一話 静かな
アダルが離宮にしみ出してから一週間が経過した。その間クリト王国は平和を極めていた。王族達が。いや、現国王とフラウドが忙しなく王城内を言ったりしたりしている時、それを知らない国民達は皆、その顔に様々な表情を宿して何の不自由もなく生活している。
飯屋の飯を口にして、思わず笑みが零れる男。市場で欲しいものが売り切れて、涙ぐむ子供。それを宥めようと必死に口を開く父親とおぼしき男。海の上で必死の形相を浮かべて網を引く漁師達。怒号飛び交う武器工房。今、この瞬間に母となり、思わず赤ん坊を抱きしめて涙を流す女性。街には暢気な顔をして歩く人々。街道では魔物に襲われ応戦する騎士達。いつもと変わらず静かな日々。国民には猪王襲来の警告文を発布している。だから皆、その存在が襲来する事を知っているのだ。国民はこれでも警戒している状況なのだ。それでも静かに暮らせている。兆候らしき兆候も起こっていない。しかしその兆候が皆無過ぎるのだ。王族の一部は「国王が流したデマ情報だ」と言い始めている。だが、それだけは絶対にない。何故ならこの兆候は嵐の前の静けさなのだから。実際に、人には分からない所ではその兆候は明らかに起こっていた。
「静か過ぎる」
今現在、アダル達は昼食を取るために地下の食事の間に訪れていた。フラウドは忙しそうに昼飯を摂取したあと、不意にそんな事を口にした。未だ食事途中だったアダルとヴィリスはその言葉を聞いて、一度、箸を置いて彼の話に耳を傾けた。
「飯を食いながらで良い。聞いてくれ」
彼の言葉に従い、アダルとヴィリスは食事を再開した。フラウドはそういうと、徐ろにカップをたぐり寄せる。
「いま、この国は猪王という危機にさらされている」
「それは分かっている」
アダル彼の言葉に同意の言葉を口にする。それを眺めて、フラウドは軽く頷き言葉を続けた。
「そんな状況なのに可笑しいと思わないか? ここ十日、兆候らしき物が一切確認されていないのは」
「確かにそうですよね」
ヴィリスは少し考え込むような顔つきになった。
「最後に確認されたのは、お前が倒した斥候だ」
「あれか」
アダルは呟きながらちぎったパンを口に入れる。
「本当にそれ以来無いのか」
口の中を空為ると、アダルあ疑問げに口にする。フラウドはその質問にただ頷く。
「俺たちが認知していないだけで、実際は起きているのかもしれない。だが、確認された兆候は報告されていない」
フラウドの言葉に少し溜息が出た。
「まあ、これまで通りお前達はあまり離宮からでるな。面倒ごとに巻き込まれるぞ?」
「そうだな」
アダルはそう答えると、徐ろにスープの入った深皿をたぐり寄せ、スプーンを突っ込んだ。
「そういえば、謁見はどうなったんですか?
「それは俺も気になっていた。どうするんだ」
ヴィリスの言葉通り、アダルは正式に国王であるエドールと謁見していない。そのことが彼に取って気がかりだった。
「それについては、この一件が片付いてからということになった」
そういうと、フラウドはカップに口を付ける。
「この一件か。どこまでの事を指すんだか」
どこか棘のある言い方をしたアダル。そんな彼にフラウドは怪訝そうな顔をする。
「決まっているだろ? 猪王の一件だよ」
当たり前だろと言いたげな目を向ける。
「その謁見って言うのはな、あの王族達はいるのか?」
「・・・・・・・。ああ、そういうことか」
そう言葉にしているアダルの顔は苦い表情になっていた。彼がなにが嫌なのか理解したと言いたげな顔をする。
「お前はあのうるさい連中と関わりたく無いと思っているんだな?」
彼の指摘にアダルは迷い無く頷いた。
「大丈夫だ。謁見って言うのは大概、国王と王妃がやる物であって、その空間には護衛の騎士以外は客しか入れない物だからな」
それを聞いてアダルは少しホットした顔つきになった。
「それにな、話す内容なんてあまり無いからすぐに終わると思うぞ?」
「そうなのか?」
アダルの疑問気の声にフラウドは頷いた。
「お前が何を要求しているかっていうのはユギルと俺が伝えたからな。それに対する応答くらいだ」
アダルはそうかと呟き、スープを飲み干した。
「そうか。分かった」
アダルはそこでやっと昼食を終えた。彼は終わるや否や、背もたれに身体を預け、グッと背伸びをした。
「さて、この後どうするかね・・・」
頬を付いてアダルは午後の予定を考え始めた。いまだ昼食を食べ終わっていないヴィリスは耳を澄ました。
「予定ないの?」
声はどこか嬉しそうに聞こえる。その声にアダルは彼女の意図には気付かずに「ああ」と返答して言葉を続ける。
「この離宮にある本は読み尽くしたからな。他に暇を潰す様な物はないし・・・」
つまらなそうに語るアダル。対照的にヴィリスは笑顔だった。
「だったら!」
彼女はおもむろに立ち上がって、両手を胸の前で結んだ。
「城下町に行ってみない? ここ一週間ずっと離宮に籠もりっきりだったから少しは新鮮な空気を吸いに行こうよ!」
ヴィリスは活き活きとした表情をしながらそれを口にした。アダルは咄嗟の彼女の言葉に虚を突かれた様な顔をしたが、すぐに素に戻って考える。
「・・・・。それも良いかもな」
考え抜いた結果、彼はそれを呟いた。その言葉を耳にして、ヴィリスは嬉しそうに目を見開く。
「だったら」
「悪いが、それは許可できない」
ヴィリスが言葉を続けようとすると、フラウドがそれを否定の言葉で奪っていった。ヴィリスは思わず彼に鋭い視線を向ける。しあkし彼はそれに動じず、逆に見返した。
「今の状況を考えて見ろ。いつ、どこに猪王が出てくるか分からない状態なんだぞ? もしお前達が城下町に行っている時に時にッ出現したらどうする? お前達にその情報を渡す間に国民の被害がでる。それが出ないようにお前達に効率よく情報を伝える為にはここにいて貰った方がいい。違うか?」
反論しようが無い正論を突きつけられ、ヴィリスは小さく唸った。その様子を見てフラウドはこめかみに手を添えた。
「猪王が退治された後だったら、城下町に行ってもいい」
「本当ですか」
彼女は問い詰める様にフラウドに顔を近づける。
「本当だ。あと近い!」
彼女の顔を押しのけて彼は溜息を吐く。
「というわけで、今の状態が続く状況下の中で城下町に行くのは控えてくれ」
「分かった」
割と真面目な顔をアダルに向けた。それを彼も受け取り、ただ頷いた。しかしここで再び問題が発生する。
「どうやって時間を潰すかだよな・・・」
アダルは頭に手を添えて、再び考え更ける。
「せっかく、明鳥くんと出かけられると思ったのに・・・」
ヴィリスは席に座って、残っている昼食を鳥ながら落ち込んだように呟いた。。そんな二人を目にして、フラウドは疲れた顔つきをして立ち上がった。
「じゃあ、俺は行くぞ。まだ仕事があるからな」
そういって、彼は自信のやるべきを事を成すために足を進めた。
「・・・・・。久しぶりに、あれをあれをやってみるか」
不意にアダルがそんな事を呟きながら立ち上がった。
「おい! フラウド。ちょっといいか?」
彼は今にも扉の外に出ようとしていた彼に呼びかける。
「なんだ? やることが決まったのか?」
彼はアダルのいる方向に振り向きざまにそう口にした。その言葉に対してアダルは「ああ」と言いのけ、続きを口にした。
「ちょっと、下の訓練場を貸してほしんだ」
彼は指を下に向けるジェスチャーをしながら彼に嘆願した。
「何に使うか知らないが、壊さなければ好きに使っていい。用件はそれだけか?」
彼の言葉にアダルは頷くことだけした。
「じゃあ、好きに使え。俺は行くからな」
そういうと彼は外に出て行った。
「何に使うの?」
未だ落ち込んでいるヴィリスはテンションの低い声でそう聞いた。
「決まっているだろ? 修行だよ」
彼は遠くを見ている様な目をしながら、そう答えた。




