三十八話 狼の言葉
突きつけた爪だったがそれは一切刺さることが無かった。
「あれ? 思ったより硬いですね?」
『お、おら達の皮膚は特別だべ。この皮の前にはどんな生物だろうと歯が立たないべ』
「そうですか。・・・・ですが良かったです。巨人の皮膚が聞いていたとおり硬くて対処が難しいと言うのが証明出来て。これで彼が言っていたことが嘘ではないと言うことが証明出来ました」
ありがとうございますとなぜか俺椅子の言葉をなげる狼に恐怖を感じて巨人は剣を無理やりとって即座に後退する。しかしそれを許す狼では無かった。なんと後退するスピードに合わせて彼も前進したのだ。距離を置くつもりだったのに二人の距離は先程と一切変わらなかった。
『隙だらけだべ!』
そこを狙った一体が狼の首目がけて斧を振りきる。だがそれは簡単に躱された。水平で振ったため体の重心を下げれば当らないのだ。
「もし殺すつもりなら声は出さない方が良いですよ?」
しゃがんだ狼はそう助言を出すと大地に手を付けて逆立ちする要用で襲ってきた巨人を蹴り飛ばす。当然ながら斧の柄でガードしようとするが、狼の蹴りが強すぎて柄が壊れて巨人の胸に両足の蹴りが突き刺さった。
『っ!!!!!!!!! いてぇ!!!』
蹴りが直撃した巨人は遠くまで吹き飛ばされた。小さくなっていても他の種族からしたら巨体であるのは変わらないため吹っ飛ぶ巨人に巻き込まれたその方向にあった木々や土が抉れていた。
「・・・・・結構飛びましたね。小さくなっているためか質量も同じくらい小さくなったって言う事ですか。・・・いやぁ、軽くなっていて良かったですよ」
『ば、化け物だべ?』
その光景を間近で見ていた巨人は呟く。その声は狼にも聞こえていて、それを聞いて彼は笑った。
「貴方達にだけは言われたくないですよ。化け物度でいったら貴方達の方が高いんですから。・・・・・僕なんて所詮は少し大きいくらいの狼ですよ」
「君みたいに大きい狼なんていないよぉ! それよりさぁ! さっき吹っ飛んだ巨人。食べていい?」
先程まで彼の肩にいた少女である。一度降りたはずなのに再び狼の肩に姿を現した。
「ええ、良いですよ。と言っても、あの程度で死んでいるとは貴方も思ってないですよね? 食べるならちゃんと殺してからにしてくださいね?」
「うん!じゃあそうする。・・・・・あ! この巨人も殺したらあたしに頂戴ね? 残さず食べるからさ」
そう言うと彼女は狼の肩から降りてそのまま無数に分裂する何かに変化して、先程吹き飛ばした巨人の方に向って行った。
「全く困った方だ。悪食にも程があるでしょう」
目の前の巨人を見ても狼は別に食欲をそそらなかった。
「まあ、各々の食の好みというのはあるんでしょうが・・・・」
そう言うと巨人に優しい目を向けて問い掛けた。
「貴方はどのような食が好みですか?」
『・・・・・おら達は木か食べないべ。その中でも蜜の木が好物だべ。甘くて疲れが吹っ飛ぶべ』
巨人の返答に狼は優しい目で聞いていた。
「そうですかそうですか。ですがもうその味を味わうことは出来ないと思います。ああ、これは確定ですよ?」
そう言うと彼はもう一度自分の爪を見せた。
『それはさっき効かなかったべ』
「そうですね。ですが先程のは爪の研ぎが甘かったからです。今度のはちゃんと研ぎましたから。たぶんそのご自慢の硬い皮膚も簡単に貫けるかと・・・」
その発言にはさすがに冷静さを保てなかった。
『なら試してみるといいべ! 今度こそその爪をボロボロにしてやるべ!』
「ええ、言われなくてもそうします。と言うかもうしました。・・・・良かったです。このくらい研げば貴方の硬い皮膚も切れることが分かって。・・・・・ですがもう少し研ぐ必要がありそうですね・・・・・。貴方が言ったとおり少し欠けてしまいましたから」
次の瞬間。感じたことのない様な痛みが巨人の胸を襲った。
『いだい。・・・・・・・いだだだだだだだだだだだ!!!!!!!』
前の巨人と同じようにこの個体も痛みに全く耐性が無かった。そもそも巨人という種族は痛みを感じない。その硬い皮膚に覆われているのは勿論あるが、なぜか内蔵系の痛覚も切れているのだ。
「・・・・その反応から見て、おそらく今まで生きてきた中で初めて痛みを感じたのでは無いでしょうか?」
『・・・・・・・いだあ!・・・・』
胸の骨が見えるほど深く裂かれた傷を見て巨人はなぜを脳内で繰り返す。だが、痛みのせいで思考が纏まらない。
「ここに来る際にからからアドバイスを貰っていたんですよ。おそらく巨人達は痛みに慣れていないとね。本当かどうか分からなかったですし、彼も正直自身が無さそうでした。なにせ前に襲ってきた一体だけの固有能力の可能性もありましたから。ですが・・・・・」
痛がる巨人を目にして狼は満足そうに目を細めた。
「当っていたようで何よりです。・・・・・・ですが、少し急いだ方が良いのかも知れませんね・・・」
狼派が受けていたアドバイスは他にもあった。おそらく他の巨人達も痛みの耐性を直ぐさまに得て、それを無視して攻撃してくるだろう。そうなる前に倒した方が楽だと。
「さて、どうしますかね・・・・」
時間は掛けたくない。しかしそう簡単に倒し切れるとは狼も思っていない。何せ先程の攻撃はただ単に巨人の皮膚を切り裂いただけ。それだけを続けていても耐性をつけられてしまう。なるべく同じ攻撃は使えない。
「・・・・・・はあ・・・・。やっぱり本格的に使った方が良いですかね・・・」
何かを諦めた様に息を吐くと巨人を見据えて両手の爪を全て伸ばした。
「ふん!」
『ぎっ! ぎがいぁぁぁぁいいいいいいい!!!!!!』
狼の爪は巨人の胸筋を囲むようにして突き刺さる。そして巨人の体に埋め込むように途中で折った。目的を果たした狼は今度は此方から後退して、巨人の経過を見た。鎚撃は来ない。それどころではないから。と言う確信が狼にはあった。
『な、なにを・・・・埋めただ・・・』
「なにって、僕の爪ですよ。どうですか? 痛いでしょう」
巨人にとっては明らかな異物。それが体の中に十本も入った。巨人の体はこの爪に拒否反応を起こしており、痛みに加えて胸が苦しくなっていた。
「大丈夫ですよ。あと少しすればその痛みも全く感じなくなりますから」
狼の言葉から数秒後。本当に巨人を蝕んでいた痛みは消えた。それどころか狼から受けた傷の全てが治っていた。瞬間的に起った事なので正直なにが起ったのか分からずに混乱する。
『い、痛くないべ・・・・』
「だから言ったでしょう? 痛みも感じなくなると。僕は本当の事しか言いませんから」
言っていることは正直言って信用にたり得ない。その口ぶりはどうにも信用したら損をすると分かっている。胡散臭いの一言に尽きる。だが実際に傷は無くなり、痛みも消え去った。それがどうしてなのかが巨人は気になって仕方がなかった。
『な、何なんだべ・・・』
「考えても無駄ですよ? どうせ貴方では思いつかないような事ですから・・」
含みのある言葉は明らかに巨人を馬鹿にしている。
「ですから無駄なことは考えずに僕と戦いましょうよ。・・・・・もし勝てたら元のサイズに戻してあげますから」
ここで無理やりにでも戦うように仕向ける禁断の言葉を口にする。この様な事を言うからには彼にはおそらく巨人を元のサイズに戻せる自信があるのだろう。
『ほらを吹くなべ! おら達を小さくしたのはあの小娘だべ。お前におら達を元に戻すことは出来ないべ!』
「・・・・まあ、信用は出来ませんよね。・・・・・ですが先程も言ったでしょう? 僕は嘘をつきませんから。僕は出来る事しか口にしませんよ?」
狼は目を細めて笑みを浮かべるようにそう言った。




