三十六話 不本意
巨人四体は世界樹を引き抜こうとこころみていた。この樹木はこれから先悪魔種及び自分たち巨人種の脅威になるのは分かっているから自ら志願してここに来た連中だった。
『なかなか抜けないっべ』
『世界樹というだけ有るっべな』
『感心していないでさっさと抜くべ。これのせいでおら達は絶滅する可能性があるんだべから』
『そうだべな。・・・・・・思ったんだけんどもよ。これ別に抜かなくても切れば良くねえか』
一体の巨人の提案したことに残り三体の巨人もその手があったかと言痛いような顔をした。
『考えつかなかったべ。やっぱりおめぇは頭が良いなぁ』
『それ程でも無いべ。・・・・・って今はそんなこと言ってる場合じゃ無いっべ。さっさと切り倒そう』
その言葉を言い終えると同時にその巨人は腰に佩いていた剣を抜く。それを見た他の巨人達も彼に倣うように鉈や斧。鋸を取り出した。剣以外は工具だが、それでも殺傷能力は高いものばかり。それでいて木を切り倒すには優れた物だった。
『ここに住む竜はいっこうでてこようとしないなあ』
一体の巨人がそう言うと他二人も同意するように口を開いた。
『うだうだ。折角ねちっこく一匹ずつ潰せると思って楽しみにしてきたとうんに』
『ぐゃばばばばばっ! 相変わらず陰気な楽しみ方をすんべ。潰すんなら纏めて潰した方が楽しいべさ』
笑いながら巨人達はどういう風に竜達を潰すかの談義に花を咲かせた。そう。巨人とはそう言う種族なのだ。その巨体故にあらゆる生物を見下す。言ってしまえば他の生物のことを虫としか思っていないのだ。虫を殺すことに罪悪感を抱かない。その無自覚な残虐性のせいか過去に悪魔種と同じように封印された種族の一つなのだ。
『・・・・・・・これを切れば。少しはあいつも浮かばれるべな』
『・・・・・そうだべそうだべ。おら達も復讐が出来て一石二鳥だべな』
彼らが思い浮べるのはこの前彼らより先にここに向かっていた一体の巨人の事だった。その巨人はこの世界樹へと向かう途中に姿を消し、その数日後に脂肪が確認された。その巨人とは友人であったこの四体はその敵討ちの為にもここへ来ることを志願したのだ。
『虫のくせに。・・・あいつを殺したこと。絶対に許さないべ』
『そうだべ。優しいかったあいつを。オラ達の為に先頭を切ってくれたあいつを。殺した奴をおら達は許さないべ』
『だから徹底的にやるべ。この木を切って。中にいる虫たちを一網打尽にするべ』
そのような復讐心で彼らは各々振りかぶった。
「止めた方が良いと思いますよ」
突然全員の耳元にその声が届いた。瞬時に警戒をする四体であるがそれが仇となった。四体はどこから声がしたのかを探るために必死に目をこらした。それ故に見てしまったのだ。空中に浮かぶ巨人の上半身ほどある巨大な瞳を。それまでそこには無かったはずのところに有るそれと警戒しながら目を合わせてし合ったのだ。
「罪は回る。体は潰れる。罰故に潰れる」
瞳から紡がれる言葉を耳に入る。
『何だべ。これ』
『分からん。ただここにあるのは邪魔だべからさっさと切っちゃうべ』
三体も同じ意見だったようで四体各々の武器でその瞳を切った。切った感触は全く無く、まるで幻術でも駆けられているのでは無いかと思わされるようにそれは煙のように消えていった。
『じゃあ、続きと行くべ』
「残念ながらもう不可能ですよ?」
今度は背後から男の声が聞こえた。それは先程最初に聞いた声と同じだった。振り返った巨人達は自分の目を疑った。なんと自分たちと同じくらいの巨体を持つ人狼がそこには居たのだ。その毛は日の光によって銀色にも見える純白。蛇の尾を持った二足歩行の狼がそこにはいたのだ。
『誰だべ。というかおら達と同じくらいでかい奴が居るとはきいておらんのだべが・・・・・』
巨人達は驚愕と困惑を合わせたような顔をして混乱していた。
「ん? なにを言ってるんですか? 貴方達と小梨苦対大きくは慣れませんよ。そんな事が出来たのはアダルさんだけですから。っていうか何で出来たんだろ? 興味深いなぁ・・・・」
狼はそんな事を口にしながら自分の思考の中に入っていく。
「馬鹿者。敵を前にして己の世界に走るで無いわ。隙だらけで有るぞ。・・・・死にたいのか?」
そんな狼に呆然としていると彼らの背後から狼を叱責する声が飛んできた。それに漸く呆けていたことに気付いた巨人達は警戒したように背後を振り向く。そこに居たのは牛の頭を持ち、上半身は人骨隆々な人間の体。下半身は牛の胴体を持っている生物だった。ミノタウロスを思わせる姿成りであるが、その生物はこの世界には居ない。だから単純に牛の化け物にしか巨人達には見えなかった。そして何より驚くことがその牛の化け物はなんと巨人達よりも背丈があったことだ。自分たちと同じくらいの背丈の生物も居るとは思わなかった彼らだ。巨人よりも大きい存在など聞いた事が無かった。その巨体より放たれるのは威圧感と今まで感じたことが無い圧迫感。そして化け物の目から放たれている明確な敵意、殺すという殺気。それによって彼らは悪寒を感じた。
「ははははっ! すいません。つい癖で」
狼は悪びれもせずに軽く笑うだけだった。
『な、なんなんだべ。こいつらは』
『わからん。・・・ただ何というか・・・怖い連中だべ』
『んだんだ。・・・・・どうするべ・・・・』
三体は自分よりも頭の良い個体に目を向けた。その個体はと言うと明らかにこの二体に気圧されていた。方や圧倒的な力によって。方や一切気配を感じとれないながらも明らかに自分よりも狡猾さがにじみ出ていたことによって。これによってその個体は今すぐにでもここを逃げ出したいと思って居たのである。彼は分かってしまったのだ。二人を見た瞬間に。この二体には勝てないと。賢さが違い。力が違う。全てにおいてこの二体は自分たちを上回っている。狼のほうは力的には勝るだろう。だが、それでも勝てないと分かってしまった。きっと自分も思い浮かばない様な作戦を立てて、自分たちを追い詰めてくる。牛の化け物の方は抵抗すら出来ないのは見た瞬間に分かった。彼から漂ってくる戦歴や貫禄がなぜか分かってしまったのだ。そして彼には必ず自分たちを滅ぼすことが出来るほどの技を保有していることに直感的に分かってしまったのだ。
「貴方は少しは物わかりが良いようですね。でしたら分かりますか? このままだと背後にいる化け物に退治されると言う事を」
『・・・・・・・・どっちみちおら達を見逃すつもりは無いのだべ?』
ここまで差し迫った状況にしたのは巨人達だ。ここで見逃すという選択肢を取る事はあり得ない。狼もその質問には返答しなかった。問い駆けた個体はこの無返答を是と捉えて他の個体に戦闘する事を目で伝えた。あまり頭の良くない三体もその合図は分かったらしく各々自分の武器を構えた。
「まあ、そうでしょうね」
「無駄な問答を為るな。時間が無駄になったでは無いか」
「はははっ! これは手厳しい」
狼は笑いながらに頭を掻く動作をする。勿論ただ摩るだけ。本当に掻いてしまったら彼の頭は血まみれになるのから。
「貴方達がそれしか選択肢が無いのは分かってましたよ。だけど僕はなにも戦闘狂じゃ無い。逃げる敵を負うことは無い。これはあくまで僕だけですけど・・・・・・」
悲しそうな声でそう言うと狼は目つきを変えて巨人達を睨んだ。
「戦うというのなら仕方がありませんよね。・・・・僕も本意では無いですが敵対するというのなら僕も容赦出来ませんよ」




