三十五話 問い詰め
ベルティアの発言に空気は凍った。そしてその発言によって竜達は当然の如く怒る。
「貴様! 母様の客だからといい気なって好きかってに振る舞っているが、さすがに今の発言は許せない。撤回しろ。そして地にひれ伏し、謝罪して貰おう」
明らかな馬鹿発言である。さすがに客に向かって為るような発言では無いし、この発言によって竜達を見る目線が変わると言う事に一切気付いてないようである。アダルは思わず大母竜に目をやると彼女も頭が痛い様子で少し表情を崩していた。
「どうやら子供のしつけを怠っていたようだな。放任主義もここまで来ると笑える」
「揶揄ないで貰いたい物です。この様な愚か者が子供の中にいるとは。さすがに頭が痛くなってきましたよ」
立て続けに子供の醜態をさらした大母竜もさすがに体調を崩したようだった。と言ってもそれは言葉だけで本当に体調を崩したわけでは無い。ただ彼女がそのくらいの心持ちになったというのは本当の事だった。
「なんでそんな事しないといけないのさ。まったく、状況を読めない馬鹿もいた門だね。
ここから出ないからだぞ?」
「なにが言いたい! 良いからひれ伏せ! 我ら大竜種を前にその不遜な態度。不敬だぞ!」
一人の竜の発言にベルティアは今までの笑みを浮かべながら問い掛けた。
「なにに対して不敬なの?」
純粋な質問。それなにに彼女の目は明らかに笑っていなかった。
「その根拠の無い言葉。なにが不敬なのか、あたしにも教えてくれない?」
そしてゆっくりとそれを発言した竜に向かって歩み出す。その際に癇ボイ所は出してはいけない物を体から出していた。それは殺気か。それとも怒気か。或いはそれとは違う物なのか。竜には分からなかった。
「ああ。あの竜は終りましたね」
可哀想な物を見るような目でハティスは発言した竜を見た。
「リンちゃんも・・・・・そう・・・思う」
彼女もハティスの意見に同意した。それ程今の発言は不味かったのである。何か分からない物が近付いてくる事に恐怖した竜は1歩ずつ後ずさる。ベルティアが近付かないように。逃げるように。
「逃げないでよ。あたしはただ君に質問してるだけじゃん。それなのに逃げるなんて、酷いのはそっちじゃ無い?」
そう。傍から見ればおかしいのはこの竜の方なのだ。彼女はただ質問しているだけ。それに答えられない竜は言葉に詰まって後退りしているようにも見える。だが明らかにそれじゃない方に見えてしまっているのだ。竜はなぜ後退るのか。それは命の危険を感じたから。彼女の目が明らかに他の事を目的としている目にしか見えなかったから逃げるのだ。
「おい、止めろ。それ以上こいつには近付くな」
彼女を制止したのはこの一見をややこしくした張本人であるヴォルテスだった。
「なんだよ。止めんなよ。あたしはただそこの彼に質問したかっただけだよ。それで答えもせずに逃げようとするから追いかけてただけじゃん」
「それだけが目的の目をしていなかった。お前の言葉は信用出来るか。・・・・・お前、こいつを喰おうとしたな?」
ヴォルテスの発言に会場は響めきたつ。
「いいや?」
それに対して彼女は微笑むような笑みで否定の言葉を綴る。
「じゃあ、その舌はなんだ。その涎は。さっきからバレないように啜っていたな。俺は見逃さないぞ」
確かに彼女は近付くときによく舌を見せるように話していた。そして涎も出さない様にしていたのだろう。しかし不意の瞬間。口からはみ出してしまった舌で彼女は唇を舐めるような仕草をした。それを見たヴォルテスは確信してしまったのだろう。彼女は明らかに目の前に居る竜を捕食しようとしていると。アダルやハティス。リンちゃんとアストラは彼女とはさっき合ったばかり。他三人はアダルよりも少しだけ付き合った時間が長い程度。彼女の癖など把握するほど時間は無かった。だがヴォルテスは違う。彼は彼女が招かれてから数週間。彼女の我が儘に振り回されてきた側だ。それ故に嫌でも彼女のくせに目が行きやすい。そして彼は気付いてしまったのだ。ベルティアは食材を見ると見て唇を舐める癖がある。そしてそれは時折従者に向けて行うときがあったのだ。それに気付いたときはさすがのヴォルテスも肝を冷やした。彼女が最初に行っていた発言を思い出してもおそらくベルティアはどのような物であっても食べれるものなら躊躇しないというのは分かっている。
「ベルティアお前。まじかよ」
さすがにアダルもどん引いた。
「えっ? 別に良くない? 偶にやるんだよ。舐められないようにこう・・・ぺろって」
脅しのつもりでやっていたようだが、それが本心かどうかは分からない。これまでの発言上彼女はおそらく何でも食べられる。それは喩え竜であっても。他の神獣種であっても。だからこそ説得力が出るのだ。おそらくそれは彼女も分かっている。だからこそわざと行っていたとしてもおかしくは無い。舐められないようにと言う事はこれまで何度かなにもせずにいて舐められた経験があったのだろう。そして彼女はそれがとても嫌だったことが窺える。
「勝手にそう言う解釈をしたのは向こうだよ。あたしはただ舐めただけ」
悪戯な笑みを浮かべるベルティア。その表情でさえ攻められている竜にとっては恐怖だった。
「兎に角お前等は手を出すな。これ我々の問題だ」
「そうも言ってられないよ。これは最早竜だけの問題じゃ無い。招待されたあたし達も喧嘩を売られたんだよ。全く、本当に舐めた真似をしてくれるよな・・・」
笑顔で行っているが、彼女は明らかに切れている。元々喧嘩っ早い傾向はあったが、おそらく彼女はアダルが思っているよりも沸点が低い。
「お前達には関係無い事だろ。この城を住まいにしているのは我々だ」
「だから行ってるじゃん。喧嘩を売られたのはあたし達も一緒。だからここはあたし達が行く。それに・・・・」
体の向きをヴォルテスに向けて詰め寄ったベルティアは彼に顔を近づけた。
「ここで君たちが出て行ったらただの無駄死にだよ? それもわかんないの?」
「くっ!」
まさにその通りだ。そのことは分かっていた。図星なのだ。ヴォルテスは言葉をつづけられずに押し黙るしか出来なかった。
「我らを舐めるな!」
「そうだ。我らは誇り高き大竜種。あの程度のデカ物、我らに触れ臥す運命だ」
周りを囲んでいる有象無象の中で数匹の竜がなおもそう主張する。
「君たちは全く分かってないな。これだから世間知らずは」
明らかに嘲笑うように発した言葉。だがその言葉になぜか竜達は怒る事は出来なかった。理由は分からない。馬鹿にされた言葉ではあったのだ。普段なら反応するのだ。だが誰一人として反論をしなかった。なぜか。
「申し訳ありません。この様な世間知らずばかりで」
大母竜自身が彼女に頭を下げたから。その行動にさすがに誰もが驚いた。大竜種は勿論、アダルやヴォルテス。会場に招かれた他種族の者達。アストラだけなぜか苦い顔をするだけだったが今はそれはどうでも良い。そして何よりも詰め寄っていたベルティアがあっけにとられてしまった。
「頭を上げてよ。別に貴方に言ってるわけじゃないからさ。それにあたしも言い過ぎたことは認めるし・・・・」
瞬時にこの場でこれ以上自分を悪く見せる事は得策では無いと気付いた彼女は大母竜に頭を上げるように促した。
「そうですか。・・・・・ですがこれから貴方達にこの城を守って貰う立場だというのにこの様な非礼な物言い。これは謝罪しなければなりません」
そう言うと彼女はもう一度頭を下げたのだった。




