三十四話 アストラ
先程までヴィリスの卵守護の為静観していたミリヴァ。その彼女が穏やかな笑みを浮かべてヴァールの前に立ちはだかった。そして彼は気付いた。この突風は彼女が発せられていることに。
『はははっ! ここで戦うのか? ここにはお前の大事な弟妹居るというのに? それでも尚俺と戦いたいのか?』
この体も弟の物。それでも戦うのかと続けると彼女は明らかな侮蔑を含めたように鼻で笑った。
「ここまで好きに振る舞っておいて、今更戦わないなんて選択肢はわたくしにはないわ。いいわよね。母様?」
彼女は大母竜に戦闘の許可を仰いだ。彼女も少し苦々しい表情を浮かべながらうなずいた。
「仕方がありませんね。ここで私がこの者の対応を為るわけには行きませんので。・・・・・・・頼みましたよ、ミリシルヴァ」
久しぶりに真名で呼ばれた事に驚きながらも、彼女の意図は目を見て感じ取った彼女は再びヴァールの方を向いた。
「あんた。その体どのくらい使えるの?」
その問い掛けはどのような意図が有ったのかは分からない。だがここで素直に答える魔王種ではなかった。
『はっ! 愚問だな! 当然こいつの体は全部使えるに決まってんだろ? 相性の良い物を選んだんだからな!』
威勢良く言う彼にミリヴァは笑みを浮かべた。
「そう。なら良かったわ。存分に貴方を潰せるんだから」
にたりと笑った瞬間。悪寒がした。そして本能的にアダルは彼女の側から離れた。それは傲慢の男も同様であった。
「あら、察しが良いのね。どうせだったら一緒に連れて行こうと思っていたのに・・・」
その言葉を残して彼女は消えた。魔王種にからだを取られたヴァールと一緒に。
「・・・・・・。ごめんなさいね。ミリヴァ」
謝罪の言葉が大母竜から紡がれる。本当に申し訳ないと思っているからこそでたことばだ。
「・・・・・・・。ったく、あんたの娘は物騒だ。体が動けないって言うのに無理を強いるんだぜ?」
「そうですね。ですがそれは信用の表れでもあると思いますよ」
本当にそうなのか。ただ意地悪をしてやろうと思っただけなのか。アダルの予想は明らかに後者であろうとおもう。かつて弟妹を殺した俺にそこまで敬意を払っているとは思えない。逆に嫌われているの感じとれるのだが・・・・。
「・・・・あり得ないだろ。信用されているなんて。俺はあいつに嫌われるようなことしかしてこなかっただろうしな・・・」
それがたとえ自分の意思では無く、仕組まれたとしても。結果的にアダルは彼女に嫌われていることには違いが無いのだから。
「どっちにしろ目障りだった魔王種は消えた訳だが・・・・。巨人の対応はどうするか・・・」
「私が出ても良いんですよ?」
大母竜の発言にその場の空気が一気に固まった。
「・・・・それはさすがに・・・・」
「今巨人を倒せる戦力は私を含めて六人。いえ、貴方を含めるべきではありませんでしたね。五人に修正します」
明らかに揶揄られた。だが実際にそうなのである。アダルは毒のせいでまともに動くのがやっと。とても繊細さが肝になる戦闘には出られない。
「あと一時間ほどすれば毒が抜けると思いますよ?」
「遅いですね。そのときにはもうこの城は存在していないですよ。なや貴方を戦力と数えるのは無理でしょう」
本当にその通りなので言い返すことも出来ない。
「それに貴方を含めて神獣種達は招いた立場です。貴方達を戦場に立たせるようなことは出来ません」
「それ、前の巨人の時も言って欲しかったんですけど・・・」
思わず本心が出てしまったアダルだが今さらそれを戻す事は叶わない。
「それで? お前が巨人と戦うとでも?」
「この城を守るのは私の仕事です。当然の事では?」
傲慢の男の問い掛けにそも当たり前と言いたげに返す。それに男は頭を抱えた。
「そういうところは昔から分かって居ないのだな・・・・。全く。頭が痛くなる」
言葉尻からして男は昔の大母竜を知っている口ぶりであった。そして男が自分よりも遥かに長生きであることも察せられた。
「お前は戦うな。余計な事しかしないであろう」
「では、貴方が戦ってくれると? アストラ」
アストラ。おそらくその名こそが傲慢の男の固有名。つまりは名前なのだろう。
「はあ。人前で我の名を呼ぶなと前から言っているだろう。それともわざとか?」
「さあ、どうでしょうね。私にも分かりかねます」
自分で発しておいて自分でも分からないとはなんともおかしい話しである。おそらくはわざとであるのだろう。
「私に戦うなと言うのです。当然貴方が代わりに巨人の討伐をしてくれるんですよね?」
大母竜のことばにアストラは頭を抱える。少し思考した末に彼は苦い顔をしながら口を開いた。
「一体だ。一体だけ請け負ってやる」
襲撃に来ている巨人は四体。それもおそらくは前回アダルが討伐した物と同じ者どもだろう。下手すればあの個体より強化されている可能性もある。それでも尚彼は行ったハ確実に退けられると確信してそれを言っている。
「あら、少ないですね? 貴方なら四体全部いけるでしょうね・・・」
「挑発のつもりなら止めておくのだな。我もしばらく戦闘とは離れていたのだぞ。今どのくらい戦えるのか」
昔よりよわっているかも知れないと臭わせる発言をするとさすがの大母竜もそれ以上追求はしなかった。
「一体ですか・・・・。ですが後三体はどうしましょうか・・・。やはり私がでるしかないですかね・・・」
「はははははっ! そこの方が出るというのなら僕たちもでますよ。興味あるんですよ。巨人がどのような生態をしているのか」
「あたしも興味あるな。どんな味がするのか。あれだけの巨体だからお腹がいっぱいになれたら良いな。美味しいことも期待しちゃうなぁ」
「り、リンちゃんも・・・・・・怖いけど。・・・・・頑張る」
アダル以外の神獣種のメンバーもなぜだか戦う気になっている様子だった。ベルティアとハティスはなんとなく興味を引かれたからで理由が付くが、リンちゃんはなぜここで戦闘に参加することを申し出たのかは理由が分からない。
「と言うわけだ。巨人は我らで対処するとしよう」
「そうですか・・・・・。止めても無駄なのでしょう。なのでしたらこれはお願い為るしか有りませんね」
「いえ、そうはいきません。あの巨人共は我ら誇り高い大竜種が討伐するべきです」
ここで待ったを掛ける者がいた。声の主は発言から見るに大竜種であることを誇りに思っている存在。ベルティアの接待を任されていたヴォルテスであった。
「ああっ! ヴォルテス君だ。何のよう?」
「お前には用はない。というかお前等にはだ。外の巨人共は我らが討伐する。部外者は黙っておけ」
随分と高圧的な意見が彼からとんだ。為るとヴォルテスの発言に呼応するように若い竜達がぞろぞろと集まってきた。その目からは余計な事をするなという意思と、こんな奴等が自分たちよりも優れているはずがないと言う侮蔑。そして大母竜から頼られていると言う事への嫉妬の感情が感じられた。先程魔王種が現れたときになにも出来なかったというのに。それでいてその前のアストラとベルティアとのあわや戦闘になったときだって彼らの威圧に負けて全く手を出さなかった連中がそのような目で訴えてくるのだ。これが面白くないわけが無い。アダルはその場の空気を呼んで笑わないように堪えていた。正直言って今の彼は完全に部外者と言っていいのだから。なにせ戦闘には参加出来ない。笑う権利は与えられていない。だが四人も居る他の神獣種の者達のなかで唯一堪えきれずに笑った者がいた。
「あはははははは! こんな状態なのに誇りを取るなんて。君たち本当に馬鹿だわ!」
笑い声と共にそのような批判をはき出したのは当然ながら空気を読めない女であるベルティアであった。




