三十三話 大母竜の本質
軽く笑うアダルだが、彼の体は酷い物だった。元に戻していた手足と翼は消え去って人間の物になり、翼も消えた。そして翼も消えたことでこの会場から一番輝く照明が消えたことで再び薄暗くなってしまった。それに加えアダルは毒のせいで体に力が入らなくなった。断っておくが力が入らないだけで使えないわけでは無い。ただ力加減が出来なくなっているため、暴発する可能性が高いのだ。つまりは無関係な者達に彼の攻撃が辺り訳なのである。
「まさか俺に効く毒があったとはな・・・」
アダルは持ち前の回復力がある。それは精神攻撃以外の攻撃だったらすぐに回復する代物だ。つまりは毒を受けても直ぐに回復できるはずなのである。それなのにこの毒は一向に回復為る兆しが無い。治す抗体を彼の中に持ち合わせていないのか。或いは回復力を疎外する効果でもあるのか。理由はこの毒を盛ったであろうヴァール又は彼の体を乗っ取っている魔王種に聞かないと分からないであろう。それも教えてくれるのならと言う浄華院が付くのだが。ヴァールならば可能性はあるだろう。しかし魔王種は教えてくれる可能性はきわめて低い。見る限り彼は雑そうな性格だが、肝心なことは絶対に漏らさないだろう。でなければ完全に勝機があっち側になってからじゃないと姿を現さなかったのではないだろうか。紳士っぽく振る舞ったりしたり。それが剥がされるとすぐに本性を現したり。思えばその場その場で状況に応じて彼は振る舞いを変えている。実際今も彼はこの場に居続けているのは勝算があるからだろう。でなければヴァールの体を奪ったらすぐにどこかに消えるだろうと思える。そんな彼でも勝算があったとしても不安材料が無いわけではないだろう。実際に彼は先程から大母竜。傲慢の男。ハティス、ベルティア、リンちゃんに注意を向けている。時々ミリヴァにも目線を送っているが彼女は動かないと判断したのだろうか。偶にに留まった居る。彼女は魔王種が目的を宣言したのと同時にヴィリスの卵を守るような体勢をとり続けている。つまりは守護の方に動いている。だから自発的に攻撃を仕掛けてくる事は無いという風に考えている。彼女からの攻撃は無い。と言う風に考えたいが絶対は無い。もし何らかの切っ掛けで彼女が攻撃に転じるかも知れない。この様な混乱した状況でも可能性としては低いがまったくの0%と言う事はない。むしろこの恋うような状況だからこそ動く可能性がある。だから一応彼女にも注意を払っているのだろう。そしてその視線は当然ながらアダルにも向けられている。もはや戦闘は出来ない。はずの彼も想定外を起こす要因の一つなのだろうとアダルは考える。出なければ注意の視線が来ないだろうから。彼からしてみればアダルが何かしらの方法でこの毒を解毒するのでは無いかと考えているのだろう。
「なあ。この状況。どうするよ」
「しらぬ。我はただ動きたいように動くまでだ」
傲慢の男に問い掛けると返答にもなっていない言葉が返ってきた。正直言ってこの人物の行動がアダルが一番分からないのだ。この男は本当に自分のやりたいことにしか興味を示さない。実際先程の他の神獣種達との会話にだって興味を示さなかった。それにアダルが離した前世の宗教の話しもだ。彼の興味を引かなかった訳では無いのだろうが、酷くどうでも良さそうにしていた。つまりは彼の興味を引きそうなことでは無かったというわけだ。だが戦いに関しては興味を持っていた。ベルティアとの一色即発もだが、魔王種が声だけ響かせていたときも彼が一番に行動を起こした。案外脳筋なのかも知れないとすら思えてくる。それか戦闘狂の類いか。いずれにしろ出来ればアダルは外にいる巨人をどうにかしたいと考えている。ここで今アダル以外で巨人を倒せる可能性があるのは間違い無く大母竜で有ろう。その次点でこの傲慢の男。あくまで可能性の話しではある。だがアダルの直感がそう告げている。何ならアダルよりも戦闘力は上かも知れない。それを臭わせる行動をしてきたのだ。
『はははははっ! どうした? いつまでそうやって静観をしている。早く外の巨人共をどうにかしないとこの城は壊れるぞ?』
明らかに挑発だというのはわかりきっている。正直なところ誰もが動きたいのだ。しかし動けない理由がある。
「言わせておけば!」
一人の竜が遂に頭に血を上らせて冷静でいることを欠いてしまった。
「そうですわね・・・・・。いい加減ここまで虚仮にされて黙っているような私では無くてよ」
「後悔させてあげるよ。僕たちを侮ったことをね」
その竜に続いて我慢が出来なくなった竜達が次々とヴァールの前に出て来た。
「・・・・・馬鹿な奴等だ・・・」
傲慢の男が呟いた言葉には同意しか無い。彼らの次の行動など目に見えて明らかだ。誰もが想像できることだった。おそらく彼らは想像通り動くであろう。
「一応言っておくが・・・・やめておけよ」
言っても無駄だと言う事はアダルにも分かっている。なにせ今この言葉を聞いている者など一人としていなかったのだから。
「止めなさい。死にたいのですか」
今にも攻撃を仕掛けるタイミングで大母竜が声を上げた。それもいつもの平坦の声では無く珍しく感情を込めて。その言葉に竜達は攻撃を止めた。
『なんだよ。折角返り討ちにして竜の命を戴こうと思っていたのに・・・』
「目論みはお見通しですよ。それにこれ以上我々は少なくなるわけにはいかないのです。そう簡単に命を奪えるとは思わないことですね」
そこで大母竜は初めて行動を起こした。ヴァールに向けて掌を向けたのである。これは明らかな攻撃態勢であることはその場にいた誰もが思い至った。
『良いのか? これはお前の子供の体だぞ』
「それが敵対している者にかける言葉だとしたら間違いだらけですよ。少なくとも私にかけるのは間違いです。私はその体が誰であっても貴方を倒せるのならそれでいいのですから」
これ以上命を奪わせるつもりはないと言いつつも、敵に手を貸した者の命はどうでも良いという風に捕らえられる発言。これは竜達への警告でもあった。もしヴァールのように悪魔種に手を貸すのならそのときは容赦はしないと。これこそが大母竜の本質である。彼女は優しさだけではない。強いて言うのなら冷酷の面の方が多い位なのだ。
『・・・・けっ! 脅しにはならないか』
「そうだと言っているでしょう?」
『・・・・・ならあれも脅しには使えないか?』
どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべるヴァールは腕に付いている砲身をヴィリスの卵に向けた。
『さすがにこれは脅しになるだろ?』
表情を崩さないまま問い掛ける。
「・・・・・・・・」
そんな彼に憐れみの目を向けた。
「貴方は痛い目を見たいようですね・・・」
『おっ! さすがにこれは効いたか?』
愉快そうに口角を上げるヴァールに大母竜は首を振った。
「残念ながら私には効きません。・・・・・。ただ、ある者の。いえ、者達ですね。その者達の逆鱗には触れたようです」
直後。突然の突風がヴァールに襲いかかり、腕の砲身はふさがれた。氷でではない。確かに突風は凍てつくほど冷たかった。だが明らかに雪は交じっては居なかった。ただの冷たい突風。その筈なのである。しかしそれを受けたことによって砲身はふさがった。それはあたかもそこに穴など存在していなかったみたいに癒着したようにふさがっているのだ。
「本当に。ふざけてるわ。わたくしの前でヴィリスを狙うなんて・・・」




