三十話 結界崩壊
「ついにはじまるであるな」
それは誰かが言った一言から始まった。
『これはこれは皆様方。今日はどのような事を行なっているのですか? なにやら楽しそうな催しをしていますけど』
祭祀の間全体に青年の声であろうものが響いた。それを聞いた瞬間にその場にいた者達は一瞬にして緊張感が高まり、一部の者達は戦闘態勢を取った。
『そんなに警戒しなくても良いんですけど・・・・・。まあ、しても仕方が無いんですが・・』
丁寧口調出会った為、アダルは真っ先にハティスに目をやった。そして彼は違うと確信した。なぜなら彼自身も警戒すぉして、戦闘態勢を取っていたからである。
「お前じゃ・・・・ないか・・」
「そうですね・・・・。少なくとも僕じゃ有りません。普段から丁寧語を使っている方でしょうね。言葉から僕みたいに胡散臭さがありませんから」
自嘲するように言うが、確かにアダルもそう思った。ハティスの丁寧語はどこか人をくってかかるような口調だ。しかしこの声の主からはそう言う物が感じられなかった。
「・・・・・どこにいやがる!」
「姿を現さないなんて! 私達を馬鹿にしているの!」
一部の竜達が声の主に向かって苦言を申しだした。それに倣って他の竜達も同じように声を上げて激昂しだした。
『はははは! そんなに怒ったところで私は見つけられません。まずは探すところから始めたらどうですか?』
声の主は明らかにこの状況を愉しんでいる。愉快犯を想わせる口ぶりだ。
「前言撤回。やはり僕と似てると思います。もしかしたら僕よりたちが悪いかも・・・」
「そうだな。・・・・一応聞いておくが。お前の口調は素か?」
アダルの発言の意図は分からないハティスは少し悩んだ。
「・・・・どうなんでしょう。僕はこれまであまり他の物達と接することは無かったですから・・・・・。そんな暇があったら寝ていましたし。・・・・・・強いて言うなら少し無理してこの口調にしていると思います。ほら、丁寧語の方がしでも印象を良くしようとしていいですから・・・」
「なるほどな・・・」
アダルはハティスの言葉をなんとなくだが信じられた。
「はっ! くだらんな」
これまでの事を一蹴したのは傲慢の男であった。彼は徐ろに立上がると手に大斧を出現させた。
「全くもってこの程度で隠れた気になる方も呆れるが。・・・・どこに居るのか分からない奴らはもっと呆れる」
不遜なことをいいながら声の主と竜達。そしておそらくは声の主の居場所を特定できず、それでいてこれから仲間となる者同士で探り合っているアダルとハティスにも向けられたそれは明らかに失望為るような言葉だった。
「・・・・あんたには分かるのか?」
「ふん!」
それしか返さずに男は徐ろに上を見た。彼に釣られてその方向を見たがなにも感じられなかった。
「この程度で隠れた気になっているとはな・・・・・。なめられたものだ」
そう言うと彼は斧を両手で持ち、力を込める。すると音を立てながら彼の両腕の筋肉が膨張した。そして体を砲丸投げの要領で捻り、元に戻る作用を利用して天井目がけて大斧を投擲した。力を込めた分威力と早さが加わっている大斧は一秒も経たないうちに天井に到達し、深くめり込んだ。
「・・・・・なにがしたいんだか・・・」
竜の一人がぽつりと呟いたのが耳に入った。だがそれで顔を歪める人物が二人ほど居た。一人はこの会場に結界を張ることを望んだ大母竜。そしてもう一人はこの会場に結界を張った張本人であるヴァールであった。次の瞬間深く斧がめり込んだ後頃から皹が出来た。それは徐々に大きくなり、やがてガラスが砕けるような音を立てて結界は敗れたのであった。
「・・・・・そういうことですか・・・」
二人が顔を歪めた理由はまるで違う。ヴァールの場合は折角苦労して張った結界が壊されてしまったことで。対して大母竜の場合は・・・・。
『あらら。こうも簡単にバレてしまうとは・・・。完全に気配は消していたつもりだったのですが・・・・』
砕けた結界の外にいたのは等身大の青年を模した人形であった。一見マネキンに見えたが直ぐにそうじゃないと気付く。それにただの人形では無い。明らかにまともな手段で作られた物では無いと分かる物だった。何せ人形の顔が人のものその物であったから。顔だけ見ると人間に見える。そこまで精巧に作られているという解釈も出来るのだが・・・・。それは無いと言わざるおえない。何せそもそも人形には喋る機能は備わっていない。声帯も存在しない。自分で動かすタイプもあるのだが、それだって顔の動きは機械的で制限されている。だと言うのにあの人形は言葉を発するときに自然と表情も連なって動いた。それだけに普通の人形じゃ無いと分かる。それに加えてアダルは知っているのだ。そのように動く人形がいる事を。
「ちっ、魔王種か・・・」
彼の正体に直ぐに感づいたアダルは自然とそんな言葉が出た。それは小さくではあったが、不思議とハティスとミリティアには伝わった。
「魔王種とは?」
「なにそれ」
聞きなじみの無い言葉だったからどういう意味か知りたかったのだ。
「悪魔種たちの指導者たちの種族だよ」
アダルの発言を聞いた二人の反応は対照的だった。ハティスは直ぐさまその表情から感情を消し去って戦闘体勢をとった。対するミリティアは微笑みながらそれから見下ろしている魔王種に目をやるだけだった。
「あの方が。・・・・・・・」
「あれ、美味しいのかな?」
どこか呆けている様に感じるような言葉を呟くハティスに対してミリティアは一向にぶれずにただ強そうな敵の味にしか興味が無い様子だ。
「分かっていると思うが。・・・・・下手に手を出すなよ?」
あの形態と言う事は完全には地上には顕現していないと言う事。だが人形の状態だからと言って油断できる物では無い。あの形態でも力を注ぐくらいの魔力は持ち合わせているのをアダルは知っている。
「魔王種の方がこの場に何の御用でしょうか?」
彼に問い掛けたのは当然ながらこの場の責任者である大母竜だった。
『分かっているでしょう? 私がここに来たのはこれ以上星の意志によって作られた我々への対抗手段を増やさないためですよ・・・』
「・・・・・まあ、そうでしょうね。そうでなければ貴方が今ここに居る理由がありません。なにせ既に貴方達魔王種の長有る存在。全魔皇帝から宣戦布告はなさっているのですから・・」
大母竜のその発言に会場が一気に騒然とし出した。今までしていた警戒を忘れるくらいのほどの衝撃が彼女の言葉にはあったのだ。そしてそれはあろう事か魔王種も同じであった。彼も大母竜の発言に驚いたのだ。
『・・・・・。隠さないんですね。・・・・・貴女はなんとなくですが、この場では言わずに、後ほど密かに各国に伝えると思っていたのですが・・・』
「憶測が外れたのならそれは貴方のせいですよ? 私も本来はそうするはずでした。ですが貴方が現れてしまったことでそれを履がえさなければなくなりました」
もしここでこの悪魔種が余計な事を言っていたとしたら、それを隠していた大母竜の信用に関わる。それが分かっている殻こそ彼女はいま全魔皇帝から宣戦布告されたことをこの場で言ったのだ。
「それに貴方の行ったことは実現などしません。その体で一体に長出来るというのですか? ここには戦力があります。貴方達の天敵もこの場に入るのですよ?」
その言葉に呼応為るように二つの攻撃が人形を襲った。一つは先程とは形状が違う斧。もう一つは数え切れないほどの光の弾。その二つの攻撃が彼を襲ったのだあ。
『くっ! これは・・・・・人形の体だと侮っていましたが・・・・。精神に傷をつけるのですか。厄介な』
「だからこそ我が呼ばれたのだ。その斧には悪魔種にだけ聞くような細工がされているのでな」
声を発したのは傲慢の男であった。彼がいつの間にか魔王種の後ろに転移していた。
「何時までも我を見下ろすで無い。不敬であるぞ!」




