二十八話 殻割りの痛み
「ぁああああああああああ!」
あまりの痛みにヴィリスは絶叫する。いままで感じたことの無いほどの痛み。それは今にも意識を失いたいくらいの痛み。だがそれは許されないと言うのをヴィリスは知っている。だからこそどうにか意識を保っていたみに耐えているのだ。それを見学している初見の者達はこの状況に困惑していた。中にはヴィリスの心配をしている者達も居る。
「ねえ、あの子大丈夫なの?」
それはベルティアも同じだった。彼女も想わず心配してしまったのだ。それはもう食事が止まるほどに。それ程彼女にとってその光景は異様だったのだ。
彼女が問い掛けたのは当然ながらアダル。そんなアダルも少し苦々しい表情を為ていた。
「・・・・・おそらく大丈夫だろう。ほら、この光景を見慣れて居るであろう竜達の声を聞いてみろよ。一切心配していないぞ?」
「・・・・そうなの?・・・」
彼に言われたとおり、ヴィリスの絶叫を聞いている竜達の発言に聞き耳を立てた。
「ああ、痛そうだな・・・」
「一度味わったら二度と味わいたくない痛みよね・・・」
「まあ、仕方が無いこと何だが・・・・。ああ聞いているだけで私も少し痛みを思い出してきたな・・・」
発言を聞く限り、一応心配はしているようだが。それよりも二度と受けたくないという発言の方が明らかに多かった。つまりは彼女の痛がりようは正常というのが分かる。
「あれが竜達の反応だ。つまりは心配する必要はあまり無いって事なんだろうな・・・」
そうは言っても正直あの痛がり方は正直アダルも心配なのだ。
「心配では無いんですか?」
「そんなわけ無いだろ。一応しているさ。これが失敗したらヴィリスの命は無いからな・・・」
アダルは知っている。この痛みに耐えきれずに死んでいく竜が存在することを。殻割りで生じる痛みは死を招く。
「だが、俺に出来る事はただ見守ってやることしか出来ない。あの痛みを俺が代わりに出来る訳じゃ無いからな・・・・。変れるものなら変わりたいが・・・」
「・・・・・まるで妻の出産を見守る夫のような発言ですね・・・」
「・・・・そんなんじゃねえよ・・・」
そう彼は本当にそんなつもりは無かったのだ。変れるものならと言うところは本音である。だが、それじゃ意味が無い。
「あいつが乗り越えないとな・・・」
「・・・・そう言う意味でしたか・・・」
ハティスも漸くアダルの発言の意図を読み取ってくれた様子で、先程の発言を「失言でした」と取り消した。
「別に撤回するほどじゃない。俺も紛らわしい言い方をしてしまったしな」
そう言いながらアダルは悲鳴を上げ続けるヴィリスの方に顔を向け、悲痛な表情を浮かべた。
「なあ、ハティス。お前は痛みに強い方か?」
「ん? それは体のですか? それとも心の方ですか?」
確かにどっちかはあえて聞かなかった。そんなの聞かなくても大抵心の方は言わないだろう。
「・・・・・あえて言うなら、どっちもだな」
アダルが答えを示す。彼の言葉にハティスは少し悩んだ。
「如何なんでしょうか・・・・。体の傷だったらある程度までは強いと想います。まあ、さすがに四肢の欠損や、内蔵の損傷などは答えそうな気もしますが・・・。心の方はなんとも言えませんね。何せ僕はあまり他の者達と関わりを持つような機械が少なかったですから・・・。そのような経験をした事がありません」
「・・・・・そうか」
話を聞いてアダルは彼が精神が強いと感じた。なにせ、彼は悲観しなかったのだ。
「俺も体の痛みには強い方だ。まあ、言ってしまえば痛みに慣れてしまったんだ」
これまで数々の戦闘を繰り返してきた。その中でも彼は数々の傷を負ってきた。中には致命的な一撃もあった。だがそれで命を失うような彼では無い。彼には持ち前の再生能力がある。だからこそ大抵の傷は直ぐに塞がる。どんなに大けがをしたって、直ぐさま再生する。一見痛みとは縁遠い存在にも見られる。だがしかし、彼ほど痛みに敏感な者は存在しないともいえる。彼の再生能力はアダルも言う通り、完璧じゃ無い。一見為ると羨まし柄レルが、何のデメリットも存在しないわけでは無いのだ。再生する損傷が大きければ大きいほど彼は瞬間的に成長痛を引き起こしている。人間でさえ成長痛に悩む者がいる。それくらいいたいものなのだ。アダルの場合は普通数日掛けて襲われるそれが一瞬にして訪れる。それはもう激痛である。だがこれは仕方が無いことだと割り切るしか無い。どんなに辛くてもこの痛みに関して言えば体に害が無いのだ。だから我慢するしか無いのだ。あまりにも痛いときは鎮静剤を打つこともあるが、そもそも鎮静剤を打つほどの痛みでは無い。我慢できる程度の痛みなのだ。だから彼はずっと我慢をし続けた。その結果、アダルは傷みになれてしまったのだ。決して痛覚が無いわけではない。むしろ人よりも敏感に反応してしまう。もちろん成長痛もきちんと痛い。だが、それを一切痛がらなくなった。むしろ受け入れている位なのだ。
「痛みって言うのは人それぞれで感じ方が違う。全く痛みを感じない奴も居るくらいだ。だからどんなに痛がっている人物が居ても、その痛みを共有することは出来ない。あいつが幾ら痛がっても、俺はあいつの痛みを理解出来ない。明らかに苦しんでいる。それは分かっているのに・・・・・だ」
目線の先には痛みに耐えながらも、悶えているヴィリスの姿がある。先程より少しは落ち着いたが、その表情から見るとまだ痛みを抱えている様子だ。
「・・・・・耐えたか・・・・・」
その表情からは明らかに安堵の感情が溢れている。周りからも同じように安心したような声が上がり始めた。
「・・・・・よくぞ耐え抜きました」
大母竜も安堵したような声音で彼女を褒めた。それを聞いたヴィリスは呆気にとられた様子だ。無理もない。これまで心配を掛けてきた母に漸く褒められたのだ。それをすぐ理解するのはさすがに漸く痛みが治まってきたというタイミングで言われたのだ。褒められたと気付くのはさすがに直ぐには行かない。数秒して彼女はようやく少し嬉しそうな表情をしたのだった。
「あ、ありがとおう・・・・ございますぅ」
明からに疲れが下に回ったのだろう。しなくても言い発音をした。それにはさすがに会場が笑いそうになったが、直ぐにそうは言っていられなくなった。彼女は全身から力が抜けてその場に倒れた。倒れる際に頭をぶつけるとかは無く、ただ静かにその場に横たわった。それには会場中が一気に喧噪にになった。そんな中直ぐに行動を起こす者が二人居た。彼女の姉であるミリヴァとアダルだ。二人は急ぎ彼女の元に駆けよってヴィリスの体に触れようとする。
「心配はいりませんよ」
その言葉にアダルとミリヴァは立ち止まって声の主。大母竜に目をやった。彼女は少し微笑みながら膝を折って屈み、ヴィリスの頭に手を置いた。
「息はあります。死んではいません。おそらく初めて味わった殻割りの痛みで体力が持って行かれたのでしょう」
その言葉を聞いた二人は漸く安心したような顔つきをした。だがミリヴァは自分がなにをやっているのかと言う事に気付き、慌ててその場で膝を付く。アダルも失礼の無いように大母竜に頭を下げた。本来大母竜の下には居ないアダルが頭を下げると言う事をしなくても良いはずだ。だが彼としても大母竜は敬意為るに値する人物であり、殻割りの進行を危うく邪魔する事になりかけた事への謝罪の意味を込めたアダルはあえて頭を下げるだけに止めた。
「二人とも。謝罪はいりません。今は持ち場に戻ってください」




