二十六話 大母竜の問い掛け
そんな無駄話をしている間にヴィリスとミリヴァは大母竜の前。つまりは玉座の前に到着していた。
「それではまず、かも儀式を始まる前に、我らが盟主。大母竜様よりお言葉を戴きます」
ヴォルテスの声がけによってこの場にいる竜達は一斉に膝を折って跪いた。その光景はまさに圧巻。誰もが不敬に当ると彼女の顔を拝めなかった。だがそれは竜のみの行動。この場にいる他の種族の者達はそこまでは行なわずにただ彼女の顔を見ないように気をつけた。それはアダルも同じであった。だが残念ながらそれを行なわない者も存在する。主に彼の横に座っている傲慢の男とベルティア。そしてハティスもそこに含まれた。
傲慢の男はその不遜な態度を崩さず、ベルティアもさすがに空気を読んだのか、食べるのは止めたが、頭を居下げようとはしなかった。ハティスに到っては単に興味本位でその光景を目に焼き付けようと行なわなかった。この中でたちが悪い者と言ったら全員だろうが、強いて一番を決めるのならハティスであろう。アダルは下げたまま横目で彼を見ながらそう思った。
「・・・・・。楽な姿勢をしてください」
大母竜からの声がけによって賓客達は頭を上げた。しかし竜の者達はそのままの姿勢のまま。それによって彼女がどれほど竜達に崇められ、そして恐怖されているのかが分かる光景だった。
「まずは今日。忙しい中。遠方より我が娘の為に来ていただいた事。誠に感謝いたします」
言い終えると彼女は賓客達一人一人に会釈をしていった。
「そして今日のために運営に回った働き者の従者たち。あなた達にも感謝します」
彼女は運営の方にも感謝を伝えた。しかし今度は身内のためか頭を下げるようなことはしなかった。そんなことをしたら、逆に畏縮してしまうのが分かっているから。
「そして今回この殻割りを受ける我が娘・ヴィリスエル。あなたもよく決意しましたね」
優しい。そして母性を感じるような声を彼女はヴィリスにかけた。
「貴方は自分の行なってしまったことを悔いてここを出て行きました。そのとき。私は止めませんでした。それが貴方のためになると信じていたからです」
その言葉にミリヴァは少し顔を顰め、アダルも少し考える様な顔をした。
「ですが、私は貴方が帰ってくることも確信していました。いつかあなたに大事な者が出来た時。貴方はきっとその物を守る為に力を得るために帰ってくる。そう信じていたのです」
大母竜のその発言はまさにその通りであった。図星であった。だからこそ彼女は反応してしまった。
「私はそのようなあなたに育って嬉しく思いますよ」
「・・・・・・」
やさしい声で伝えられる。だが、ヴィリスはどう反応したら良いのか分からない。ただ困惑していた。この場で声を出してしまったらおそらく反感を買うことだろう。正直言って彼女はもう兄姉達から反感を買うのは嫌だったのだ。それにまだ直接的に接していない弟妹達に嫌われる可能性もある。だからこそ返事が出来なかった。
「優しいあなたの事ですから今日この場に来ること。・・・いえ、ここに帰ってくることも悩んだでしょう。苦しんだでしょう。・・・・・・ですがあなたは強くなりました。どうにか自分と折り合いをつけてここに帰ってきた。凄い事です」
返事は出来ない。だが、母親かラそのような言葉を掛けられて想わず涙が流れそうになった。だがそれはなんとか堪えた。折角して貰ったメイクが崩れてしまうのを防ぐためと目が腫れないように。涙目にすることさえどうにか堪えた。
「貴方が外でやってきたこと。それは私の耳にも届いています。とても偉大なことをしましたね。あなたのその優しさはあなたが導いた者達を助けたでしょう。そんな子を持てて、私は誇りに思います」
どういう意図でそれを言ったのかは分からなかったが、彼女は純粋に嬉しかった。素直に受け取れた。それはなぜか。この偉大なる母に認められたような気がしたからだ。これが嬉しくないわけが無い。しかしそんな事ヴィリスが思って居るとある事に気付いた。自身の周りの空気が変わったのだ。それは寒く、険しく。そして痛みを感じるほどおもかった。
「・・・・・・・。今から貴方は力を得ることになります。それは貴方を強くしてくれるでしょう」
大母竜の声音が変わった。数拍言葉が紡がれないで、無言が続いた後にそのような声音になっていた。瞬時にそこに居た者達は悟る。それはヴィリス自身も。もう先程の暖かい雰囲気には戻れないと言う事を。そして・・・・。
「その力で貴方は大事な者達を守れるでしょう。・・・・・・しか。同時にあなたをこれまでいじょうに苦しめることにもなる。これは確実にいえる事です」
強い力はより強い力を引き寄せる。それによって不幸になる者も存在する。これまでも自身の能力によって苦しんでいた。この強力な毒の力。自分じゃ制御出来ない力。それによってこれまで殺してしまったのはなにも兄姉だけじゃ無い。襲ってきた動物や、怒りにまかせて殺してしまった奴隷商人。どれも旅に出た初期にあやめてしまった者達だ。彼らに対しても彼女は罪悪感を覚えてしまう。たとえ本能的に襲ってきたとしても、殺すまででは無かった。だがそのときは咄嗟に命の危険を感じたために翼を出してしまった。それに触れたその動物は即死した。彼女はそのときに気付いた。その動物の腹には新たな命が宿っていたことを。そして近くにはその動物の子供が居たことも分かってしまった。そのときも心が痛んだ。
奴隷商人の方だってそうだった。彼女はなんとその奴隷商人に捕まって、あわや奴隷にされそうになった。奴隷商人はヴィリスが大竜種だとは気付かなかった。気付いていたら彼女には手を出さなかったであろう。だがそれが災いになって、ヴィリスは見目麗しい美少女として売られそうになった。そのときも怖かった彼女であったが、どこか諦めめいた者を抱いていたため、抵抗をしなかった。このまま辱めを受けるのもありだと想ってしまっていたのだ。自分が犯した事の報いを受けているのだと。そんな諦めの心情だった。だが、周りの売られた子供達の扱いを見て、彼女は激昂してしまった。激昂のままに己の毒をその場にいた奴隷商人全員に浴びせた。彼らは藻掻くことすら許されずにその場に溶けていった。そのときは抱いていた怒りの感情のせいでなにも想わなかったが、後になって彼女は当然後悔した。怒りにまかせて力を振ってしまったこと。幾ら相手が裁かれるべき事をしたとしても、それを自分が自分の尺度で勝手に系を処してしまったこと。そして、命をあやめることまでしなくても良かった事。
いくら罰すべき咎人であっても裁いて良いのは自分じゃ無い。そして感情のあまり命を奪ってしまったことで、彼女の罪悪感がさらに増した。このとき彼女が使ってしまった毒は生物を一瞬にして熔解為るほど強力な物。使わなくても対処出来たはずなのだ。彼女なら。だがそのとき彼女が抱いた怒りはどうしても収まらずに、使用してしまった。このときのことがきっかけで彼女はあまり感情的にならなくなった。大樹城で起こしたことも、襲ってきた動物を殺してしまったこと。そしてこの奴隷商人の件。そのどれもが感情を荒げた結果起きてしまった悲劇だったからだ。
「・・・・それでもあなたは。今夜力を。その身に強力な能力を。宿したいですか?」
大母竜からの問い掛け。これだけは答えないといけないような気がした彼女は顔を上げて、母の表情を見た。まるで決意を促しているような表情に見えたヴィリスは一瞬息を飲んだ。しかしすぐに立て直して、落ち着くために数回深呼吸をした後に彼女は口を開いた。




