二十四話 アダルの所業
「それを教えないといけない理由はあるのか?」
アダルは挑発的に返すとハティスは不思議そうな顔をする。
「おや。貴方ならすんなり教えてくれると想ったのですが・・・。いやはや。ここでそう返しますか・・・」
困った風な顔をしているが、確実に演技だ。
「確かに俺はお前の。いや、もしかしたらお前等の答えをもっているかも知れない。だけどな・・・・・・」
アダルはそこで少し言い淀んだ。咄嗟に言葉を選んだのだ。
「残念ながら俺はそれを話すことが出来ないんだよ」
一切の情報を吐かずに言い逃れできる言葉をつかった。
「・・・・・そうですか・・・・。何か縛られているんですね・・」
頭の良い彼ならこっちの事情を勝手に解釈してくれる。別に嘘は言っていないのだ。罪悪感を抱く必要は無い。
「ごめんな。兎に角俺からはなにも話せない」
この謝罪も嘘では無い。彼なりの優しさだ。
アダルは別に彼らに前世の事を言ってもいいと考えている。だがそれは少しでも自分の事を思い出したら。そうでないと彼らは混乱してしまう。その混乱は何れ彼らを蝕んでいくだろう。前世があるはずなのにそれを思い出せない自分への苛立ち。前世で親交を深めたはずなのにそれを忘れて居た自分への不甲斐なさ。そして一度死んだことを思い出せば彼らは壊れてしまう可能性がある。一見そうは見えなさそうだが、彼らは皆闇を抱えているのは接してなんとなく分かった。本当の事を話して壊してしまう可能性が1%でもあるのなら言わない方がマシだという判断だ。
「・・・・・仕方がありませんね。制約があるなら無理強いするわけにも生きませんから」
もしかしたら彼はアダルの嘘を見抜いている可能性もある。だがそこは深く追求しないのは確証がないからだろう。何せ出会ったのはほんの数時間前。その間にアダルは嘘を言っていない。だったら嘘がバレるような行動を見せては居ないはずだ。
「・・・・・・そろそろ主役が登場してもいい時間帯なんだけどな・・・
あからさまに話題を変えるようにアダルは入り口の扉と大母竜をみた。その二つは真反対の位置にあるために顔を動かして。
「時間はもうすぐ八時半ですからね。いつもはこうでは無いんですか?」
「しらん。俺もこの儀式に参加するのは初めてだからな」
そう言いながらアダルは酒を口に含んだ。
「そうだったんですか。それにしては詳しいですよね。僕でさえ全く情報が得られなかったのに・・・」
「まあ、ここには以前にも来たことがあったからな。そのときに友人に教えて貰ったんだよ」
友人と良い方に言っているが、言ってしまえば少し縁があっただけ。ヴァールと出会うことが無かったらそのときここに来ることは無かっただろう。今にして想えば丁稚が良かったのかなんて分からない。あの時、ヴァールの策に嵌まって無かったら良い思い出で終っただろうなと今更ながら考える事がある。もしくは出会わなければあの惨劇を起こさなかったかなと想ったりする。だがそう言う物は今更変えようが無い。それこそ過去に介入しなければ。
「良い縁に巡り会いましたね」
「これを良い縁って言っていいのかどうかは俺には判断しかねるけどな」
竜達からしたら悪い縁と言っていいほどのことだった。何せアダルはそのとき十体以上もの殻割り済みの竜を殺したから。負傷者でいったら三十体には昇るのでは無いか。もしかしたらそれ以上かも知れないが。詳しいことはアダルも分からない。兎に角大量の竜に囲まれてそれを必死に。無我夢中に応戦した。気がついたら周りには数匹の竜が倒れており、さらに自分を囲うように負傷した竜やまだ戦える者達が睨んでいたのだ。明らかに敵意を抱いてさっきを向けた竜達。さすがにあの時は死を覚悟したほど。再生能力を持つ彼がだ。そのときの視線。殺気。今でも思い出すトラウマである。
「・・・・・さすがに前来たときのことを教えて欲しいと言ってもだめですよね・・」
「当たり前だ。良い物だろうと悪い物だろうと。これは俺の思い出だからな。他人に話すことでも無いし、無闇に話したく無い」
本当に話すことでは無いのだ。何せ自分が行なった事はまさに罪その物。それを話したがる奴はあまり居ないだろう。もしそれを武勇伝といって辺り一体にばらまく奴が居たとしたら、其奴は馬鹿以外の何物でも無い。自分の行なった事を良いこととしてしか捉えられずに、その裏にある悲しませた者達の事を考えもしないのだ。そう言う人物がアダルが一番好まない人種と言っても過言では無い。そう言う意味ではまだ数時間でしか無いが、自身の自慢話をしてこない辺り、神獣種の面々は好ましい方なのだろうとは考える。
「・・・・・そういえばハティス。お前は今回始めてきたんだろ?」
「ええ。そうですよ。前から一度来てみたかったんで大母竜殿から招待状を戴いたときは直ぐさま駆けつけました」
よほどそのときの興奮が忘れられないのか。思い出すやいなや早口になった。
「来てみて如何だった?」
「それはもう興味があることでいっぱいでしたよ。この城の構造やどのような政治体制をもっているのか。そいてどのような術を使うのか。それなりに知れて満足はしています。・・・・・ただ・・・」
そこまで勢いのあったハティスが珍しくそこで言い淀んだ。これまで接してきて言い淀んだことが無い彼がである。
「・・・・少しここの住人。と言うか竜達ですかね。態度が悪いのでは無いかとは想いました」
ここに来たことがある他の種族達が皆思うこと。それはあまりにも接客態度が悪いことだろう。ハティスも例に漏れずにそう言う感想を抱いた。
「・・・・・まあ、仕方が無いことではあるんだけどな。なにせ若い奴ら。と言うか大母竜の庇護下にある竜達は外の世界を知らない者達が覆い。と言うか多すぎる。この城の中だけが世界だと考える奴だって居る。それに奴等はこの大陸を作ったとされる竜の血を引いていることを誇りに思っている奴等ばかりだ。だからこういう考えをするやつらもいるのさ。『自分たちがこの大陸で一番尊い種族である』ってね」
自然とそう言う考えをもつ奴は出てくる。
「そしてそれ故に、俺たちを格下だって考えるのさ。仕方が無いって片付けて良いことなのかどうかは分からないが・・・」
自然と小さくなったその声には説得力があった。それは誰もが陥りえることだから。
「俺はそういう気持ち。分からんでも無い。力を誇示するっていうのは気持の良いことだし、自分のやった事を誰かに自慢したくなるときも無くはない。・・・・・だがそれは自分から発したら終わりだよな」
それこそ自分の嫌いな分類の者達と同じになってしまう。
「そうはなりたくないから俺はしない。だけどここに居る大抵の竜達は外を知らない」
知ってしまったらこの様な態度は取れないのだ。幾ら最強の種族と言ったって、無敵というわけでは無い。他の種族の中でも竜を屠ることが出来る物は存在する。それこそ人間でさえもそれを行える存在も居るのだ。今ユギルの護衛をしているレティア。彼女もおそらくは竜を殺せる。その技術は持っていると推測できる。根拠としては彼女が所有しているあの剣。あれはアダルが与えた物である。元々この剣を与えた者はかなりの実力者だった。それは初見でアダルは見抜いたのだ。その者に興味をもったアダルは一つ質問をした『これまでどんな種族に勝ってきた?』と。するかその者は少し気恥ずかし雄にこう言ったのだ。『大竜種の殻割りの者と一対一で戦い、勝利した事があります』と。あの時はアダルもさすがに声を上げて驚いた。
「外を知ってしまったらもう以前のようには振る舞えない。ですか・・・・・。そうかも知れませんね。皮肉なことに彼らは知らないからこそあのような態度をして仕舞っている。何だか可哀想になってきました」
そう口にするハティスであったが、どうにもその仕草と口調から嘘っぽさがにじみ出ていた。




