二十三話 親無し
傲慢の男とベルティアの喧嘩をハティスが止めてから約一時間。時刻的にはもう八時を過ぎている。この時点で始まっていないのを遅いと思うかも知れないが、ここにいる大抵の種族は時間など気にしない。それに加えて殻割りの儀というものは夜の九時頃に始まって朝日が昇る頃に終る。長丁場な儀式なのだ。人種であるユギルたちもここがそういうところである問うのは知っているから文句を言う事は無いのだ。それにその対策はして来ていているのである。
「そう言う物なんですか。初めて知りました。いつになっても始まらないから少し焦っていたんですが、それを聞いて納得です」
心底納得した様子のハティスは珍しくその表情が軽い物では無かった。
「本当に知らなかったのか。情報収集が趣味じゃなかったのかよ」
彼の隣で酒を口に含んだアダルは呆れた様子を彼に見せた。するとハティスは「はははっ」と軽く笑うと頭を掻いた。
「いや、さすがにそこまでは知りませんでした。殻割りという儀式があるのは知ってましたけど、その詳細は他種族には伏せられていますから。僕の情報網でもまったく引っかかりませんでしたから。ここに来るまでどのような物か興味はあったんです」
少し恥ずかしそうに言うと彼も酒を軽く含んだ。すると彼は僅かに顔を歪め、杯に戻す。
「・・・・これは・・・・」
「入ってるな。毒」
それでも尚アダルは毒の入った酒を口にした。
「知っててのんでいたんですか? と言うか飲み続けるんですね」
「別に害は無いからな。まあ、俺に取ってはだけど。それに害があったとしても精々力を無効化するくらいだろうからな。それくらいだったら別に飲んでも良いさ」
彼の発言にハティスは不思議そうな顔をする。
「それはなぜ?」
「俺以外にもいるからだろうな。悪魔種と戦えそうな奴が」
口にしながら彼はハティスに笑みを浮かべた。
「一人だったら絶対に飲まない。だがここには俺以外にも頼れる奴がいるからな」
「・・・・・・信用するんですか? 先程逢ったばかりの我々を?」
確実に聞こえているハティスの問い掛け。アダルはその返答を焦らすように酒を口に含み、それを飲んだ。
「信用じゃ無い。俺はお前達を利用するだけだ」
「利用?」
「そうだ。知ってるだろ? これでも俺は面倒が嫌いなんだ。出来れば戦いたくない。だが時代がそれを許してはくれなかった。だったら頼る奴がいるときくらいは休みたいんだよ」
それはアダルの本心だった。だが真相では無い。
「・・・・貴方は面白い御方のようだ」
「・・・・よく言われるよ」
「ほんとに面白いよね、アダル君って」
話に割り込んできたのはベルティア。テーブルの上にある料理をかたっぱしから口にして空にした彼女が次の料理を待っているようだった。
「ねえ、アダル君ってさ。どこで生れたの? どんな親だった? きっと面白い方達だったんでしょ?」
その発言を聞いた瞬間アダルの表情がす-っと消え失せた。それは明らかに彼女が失言したことが分かるように。
「・・・・・・優しい人達だった。俺がどんなに傷ついて帰ってきても対してお守りも理由も聞かない。人によっては子供に興味が無いという意見もあるけど。俺はそれが嬉しかったな・・・」
彼の頭の中で思い浮べていた親は前世の親。父である烏一と母美羽だった。何せ今世においてアダルは親がいない。気がついたら火山地帯にいたのだ。
「そっか・・・・。親がいたんだね。うらやましいな・・・」
そう言うと彼女は少し寂しそうに呟いた。
「あたしは親らしい親がいなかったんだ。気がついたらどこかの森の中で一人、巨大な猪を貪っていたからさ。周りを見ても誰もいなくて、ただお腹が空いたって言う飢餓感に襲われて。その衝動に従って・・・」
「暗い話しはそのへんにしておきませんか? 折角の祝いの場なんですから」
重い話になりそうなのを察したハティスが気を遣ってその話題を打ち切ってくれた。アダル的にもそれはありがたくあり、ベルティアも自分が場違いなことを言いそうになっていたことにそこで漸く気付いた。
「ごめん。こんな暗い話しをするつもりは無かったんだ。ただ、そんな暖かい親がいたなんてと思って、羨ましくなっただけ。本当に暗い橋をしたかったわけじゃないの」
先程の事を弁解するが如く彼女は口を動かした。
「別に良いさ。お前が謝ることでも無いだろ。だったら謝ることは無い」
「・・・・・そういう物かな・・」
「そういうもんだ。お前が謝ったら俺だって配慮が足りなかったって謝らなくなる。そしたらその先は謝罪合戦のループになる。ベルティアもそういうのは嫌だろ? だったら今はそれで納得しておけ」
そこでアダルはこの話を完全に打ち止めた。ベルティアもその先この件に着いては触れることも無く、そのタイミングで料理がテーブルに並べられたことでそっちに集中し出す。
「それにしても始まるまであと一時間ですか・・・・。先は長そうですね・・」
「そうかもな。まあ、俺たちの力は示せたから面倒事にはならないだろうけど・・」
今の発言がフラグにならない事を祈りつつ、アダルはまた酒を仰いだ。
「・・・・・・・。昔から夢で見る景色があるんです」
不意にハティスが話し出す。
「まったく見たことが無いはずの景色。光景。それなのに僕はそれを懐かしいと感じることがあります」
「・・・・・・俺にもあるよ。そんな事が」
アダルはその答えをもっている。夢の中だから見える前世の光景なのだろうなと予想が出来る。だがそれを教えて何になるのだという話しだ。記憶も無いのに。だから共感はするが答えは出さないと決めた。
「その夢は不思議なんですよ。知らないはずの言葉を知っていたり。訳の分からない物ばかりです。ですがそこはとても面白い居場所です」
「そうか。・・・・・良かったな。で? なんでいきなり夢の話しなんてし出したんだ?」
意図が読めないわけでは無い。この後ハティスが言いそうなことは予想は出来ている。
「アダル君なら、その場所の答え。知っているのでは無いかって想いしましてね・・・・」
予想通り。彼は仕掛けてきた。
「根拠は? どこにあるんだ」
「・・・・先程。僕が言った言葉にまったく反応しなかったこと。それが根拠になると想いますよ?」
彼は何か言ったかなと思い出してみても別に心あたりが無い。おそらくハティスはアダルが気付かないほど自然にそれを口にしたのだろう。
「・・・・すまんな。全く心あたりが無い」
アダルは本当の事なのでそのまま伝えると彼はまたその顔に笑みを浮かべた。それは先程まで彼が浮かべていたまるで人を馬鹿に為るような薄っぺらい笑み。
「先程、僕はこう言ったんです、『実益を兼ねた趣味。一石二鳥でしょ』と」
そこで確かにそんな事言っていたなと想ったアダルは次の瞬間明らかに失態を犯した事に気付き、顔を歪める。
「・・・・・お前。本当に性格悪いな」
「それが取り柄ですから。お陰で貴方から一本取りましたよ」
アダルが犯した失態。それはハティスが口にした言葉に反応せずに自然に流したこと。この世界には一石二鳥という四字熟語は存在しない。
「あーあ。やられたよ。本当に。その言葉、どこで知ったんだ?」
「夢の中でこの言葉をやたら使う人物が居ましてね。そこで辞書らしき物があったのでその単語を調べてみたら意味が載ってました・・・」
前世の記憶の中で意味と使い方を知っていたからこそできること。
「それで? 貴方は知っているんですか? この夢の世界の事」




