二十二話 怠惰の男
そう言うと怠惰の男は立ち上がって、彼あの間に入るように移動した。その間にアダルは怯えているリンちゃんを回収して少し遠くへ移動したのだった。
「り・・・・リン・・・ちゃん。・・・・こ・・・・わい」
「そうだな。だけど、あんたが怖がるほどのことは起きないと思うが・・・」
明らかに小動物を演じているのが分かったアダルは彼女に対して少し冷たく接した。これでも彼女に対して警戒心を抱いているのだ。
「・・・・こ・・・・これ・・・か・・ら。どう・・・な・・るん・・・・・・・だ・・ろ」
「さあ、それは俺にはまったく分からないな。全てはあの男がこの騒動をどうやって収束させるのか次第だな」
沈静化するのか。より面倒になるのか。怠惰の男次第。正直アダルは彼の真意を測りかねている。混乱を愛しているのか。それとも平和に恋しているのか。そのどちらなのかアダルには分からないのだ。彼からしてみればどっちにも見れるのだ。男の振るまいはどこか胡散臭いのだ。
「二人とも。この祝いの場をめちゃくちゃにするつもりですか」
男の声が静かに響いた。その声は勿論ベルティアと傲慢の男の耳にも入った。
「なに? 今こいつと喧嘩中なんだけど。・・・・見えないの?」
「ふん・・・・。巻き込まれても知らんぞ」
明らかな喧嘩腰の二人に睨まれる。しかし彼は気負いせずにため息を吐きながら二人の方に手を置いた。
「だから落ち着いてください。二人が喧嘩をしてこの場に得がありますか?」
力説するが二人には言葉が届かないままお互いにらみ合っている。一色即発だ。
「はあ。・・・・・・仕方がないな」
なにかを諦めた様な表情を作った男は二人に言放った。
「二人が悪いんですからね?」
最初にそれを口にすると彼はおもむろに両手に力を込めた。肩に違和感を感じたベルティアと傲慢の男は怠惰の男を睨む。
「なにしてんの?」
「馬鹿な事をするのだな・・・」
二人の喧嘩の中に入った男だが、明らかに邪魔者だと認識された。
「最初に言いましたよ? 二人が悪いって・・・」
言い終わると同時に二人は体に違和感を感じたのだった。なぜかなにもしていないのに体が少しずつだるくなっていくのだ。だがその原因は直ぐに分かった。
「ライフロブか」
「人の力を奪うとか生意気」
二人から不満を言われても彼はただ笑顔で返した。
「僕に出来る事はこのくらいですから。でも二人からしたら大したこと無いですよね?」
「別に・・・・・・そうだけどさ。何だかこんなコトされてまでこいつと喧嘩するのが馬鹿らしくなってきたじゃん!」
「それが目的ですから」
「・・・・・この程度でほんとに我が止まると思うのか?」
傲慢の男の発する威圧が先程より強くなった。それには少しだけ怒りの感情も感じられる。
「喧嘩する相手がいないんですから。止まって貰わないと・・・」
「いないだと? それこそ笑えないな。我の怒りに誘導したのがこの小娘だけだと本気で思っているのか?」
その発言に怠惰の男は一瞬目を見張り、直ぐに考え込んで、答えを探し出した。
「そうですか。あなたの怒りを招いてしまったのは僕。いや、僕たちって事ですか」
「・・・・ふん」
「案外真面目なんですね。貴方とは縁が無い物だと思ってましたよ」
少しからかう様に言う彼に対して男は足と腕を組んで反論する。
「気を抜きすぎだと言いたいのだ。我はな。ここが敵地であるという事実には変わりがあるのか?」
「はははっ! それもそうだ。少し気が緩みすぎましたね。ですが貴方もお人好しだ。所詮は他人。この先敵になる相手かも知れない相手に注意為るだなんて」
そこまで口にして怠惰の男は笑ってしまった。
「謝罪しますよ。僕は貴方の事、それ程までに感情があるとは思ってませんでした」
彼はあえてそのタイミングで男の神経を逆なでしかねないような声で謝罪という名の挑発をする。
「・・・・・・・。随分と意地悪なことをするじゃん」
「そうですか? 僕的には素直に謝ったつもりなんですけど・・・」
「それがよ。その言い回しがこっちを馬鹿にしているようでむかつく!」
今日何回思われて。そう言われたのか分からない言葉。
「別に僕はなにを思われても構いませんよ。そう言う話し方をするように心がけていますし・・・・」
話術において絶対に有利に立つには常に相手の言動を先読みしてそれを潰してしまうののが一番だ。そうすれば何れ相手は話すことが無くなり、自然と黙る。先程この男がやっていたことはまさにその行為を逆手に取って的外れな事を言ったのだ。そうすれば相手は口を動かすことすら忘れるほど呆れる。つまりはこの男がやった行為は先程のライフロブと呼ばれる行為をしたときと目的は一緒。相手のやる気を失わせる事だった。
「・・・・はあ。貴様の策に嵌まったと言う訳か。・・・・・・貴様の目的道理、我は猛貴様と言い争う気が無くなったぞ」
「それなら良かった。ベルティアさんももう喧嘩する気は無いですよね?」
笑顔で聞かれたベルティアだが、彼女は少し複雑そうに表情を歪めた。
「正直嵌められたみたいで気分が悪いよ」
「そうですか。ですがここで僕と闘ってもなにも産まないと思いますけど?」
男の発言に彼女は首傾げで微笑をする。
「そうかな? 案外楽しいと思うけど。・・・・それに君はとても美味しそうだからさ。正直食べてみたいんだよね・・・」
ふふふと笑うベルティア。だがそんな彼女を止めたのはまたしても傲慢の男であった。
「ここはお前の領域じゃ無いのだぞ? だと言うのに暴れると言う事は討伐される口実を与えるだけだろう」
彼の穏やかな口調で諭すとベルティアは不服そうに頬を膨らませる。
「別にあたし的には良いんだけど・・・。だってここにいる竜達も美味しそうだし!」
「物騒すぎますよ。もう少し穏便にいきましょうよ」
さすがにこの発言には怠惰の男も引いたのか諭すように宥めた。
「むう・・・・。はあ。じゃあいいよ。今度もし悪魔種の先兵が来たとき、其奴を譲ってくれるなら」
「・・・・・・断言は出来ませんが。それを言う相手は違うのでは? 僕はまだその存在と対峙していませんから。それはアダル君に言ってくださいよ。きっと譲ってくれると思いますから」
怠惰の男はアダルに目を向けながらそう言った。
「・・・・・そうかな? アダルってなんか討伐に関して言えばうるさそうじゃ無い? 今まで一人でやってきたからさ」
「そうでもないと思いますよ。アダル君は今まで仕方が無く一人でやってきただけ。他に討伐する者がいれば喜んでその場を預けると思いますよ。アダル君は言ってしまえば僕よりも面倒な事がきらいな方なので」
本当にこの男が言っているとおりなのか不安に思いながら首をかしげるベルティア。
「・・・・分かった。じゃあ先兵に関してはいいや。他の事で埋め合わせして貰うから」
「戦闘や貴方の食事対象になる事以外でしたら喜んで受け入れますよ」
先を読んだ男の発言にベルティアは明らかな舌打ちを鳴らした。そのタイミングで離れていたアダルとリンちゃんが戻ってきたのだ。
「そろそろ収束したか?」
「ええ。たった今収束させたところです。ですがすいません。力を示すことは出来ませんでした」
胡散臭い笑みを浮かべた男はそのまま頭を下げたのだった。
「謝ることじゃないだろ。頭を上げろよ」
「ですが・・・・」
「別に俺はあんたが素直に自分の力を見せるとは思ってなかったからな」
アダルから発せられる言葉に男は一瞬だけ顔を歪めたが直ぐに声を出して笑い出した。
「はははははは! まったく貴方も中々曲者のようですね」
そう言うと彼は徐ろにアダルに手を差しのべた。
「ハティスです。これからよろしくお願いしますよ」




