二十一話 険悪
殻割りの儀の会場。祭祀の間は一定の騒がしさを保ちつつも厳かな雰囲気に包まれていた。その空気にさせている張本人。大母竜は我関せずといった様子で会場に目をやるだけ。彼女にずっと見られていると感じると会場のも竜達。賓客として招かれた他の種族の者どもは体を強ばらせたのだ。しかしそんな中でも一部の者達はそんな重い空気に飲まれる事無く自分を貫いていた。それはこの城の幹部達もそうであったが、一番空気を読まなかったのはアダルを含む神獣種の面々であった。
「いやぁ! おいしいおいしい。少し味は個性的だけど、十分美味しいよ。あっ! これもスパイスがきいていて良い! こっちは・・・・うん見た目ほど油っぽくなくてあっさりしていて・・・。これは人種に味をあわせた? だけどそれが良い。・・・・うん! こっちの草の盛り合わせも上に掛かっているソースが相まって食べやすい。いつも食べている草と違ってこれは草と果実自体に味があるから食べやすいや。・・・・いやぁ! こんな食事を続けていたら元の生活に戻れないな!」
目の前にテーブルに並べられているのは神獣種に対して出されている食事である。しかしそれを口にしているのはベルティアのみ。ほとんど彼女専用に食事となるつつある。
「招待客って、俺たちやユギル意外にも他の種族も招かれていたのか・・・」
そんな彼女に興味が無いのか、アダルは会場に来ている招待された種族に目を向けていた。大凡だが、ここに招かれた種族は人種。獣人種に長生種。おそらくだがほとんど人種と見た目が変わらない吸血種と霊鬼種がいるのであろう。妖精種と存在自体が珍しい怪異種の姿は見当たらない為おそらく招待できなかったのであろう。基本的に地上の物事に関与しない天使種と勿論の事ながら悪魔種もここには姿を見せていない。おそらく悪魔種に対する結界を張ったため侵入為たくても来れないのであろうと思われる。
「・・・・・この結界。・・・・魔王種も阻めるのか?」
祭祀の間を覆うように張られている結界。その強度に少し不安を持ちながらもあまり深くは考えないようにした。
「・・・・・・・身なりの良い奴ばっかだな」
「そうですね。おそらくは我らと違って身元がきちんと判断できる方ばかりでしょう。それこそ。王族は高位の貴族。族長クラスの方々でしょうね」
彼に返答したのはベルティアを挟んで座っていた怠惰の男だった。彼もアダルと同じようにこの会場に招かれた者達の事を観察していたのだろう。
「誰か知ってる奴はいるのか?」
「あなたは?」
「・・・・・・百五十年間洞窟に閉じこもっていたんだぞ。大抵の種族は死んでる。長生種と吸血種はそのくらい時間。たいしたことないだろうが・・・・。残念ながら俺の知ってる奴はここにはいない。霊鬼種も単独では逢ったことあるが、住んでいるところまでいってないからな。面識があるわけ無い」
肩を竦めてここには知り合いが来ていないことを主張すると怠惰の男は含みがあるような声で返事をした。
「そうですか・・・・・。僕もここには。というか面識がある方はいませんよ。・・・・ただ・・一方的に知っているというのならこの邂逅に招かれている方なら大体分かります」
「・・・・へぇ。随分と情報収集に熱心なこって・・」
「情報は宝ですよ? それにこれは僕の趣味みたいなものですから。実益を兼ねた趣味。一石二鳥でしょ?」
そうかもなとから返事を返したアダルは再び周りを観察し始めようとする。しかしその前に自身の真横にいる傲慢の男とリンちゃんと名乗る少女の様子が気になり横目で見た。まずは怠惰の男より奥に座っているリンちゃんの方を確認為ると彼女は相変わらず膝を抱えて体を震わせていた。ここに来たときから明らかになにかを怖がっている。
「それど。どなたか気になる方でもいましたか?」
「・・・・・そういうわけでも無い。ただ単にどういう奴が呼ばれているのかって思ったただけだ」
「誰が来ていようと別に良いじゃん! どうせあたし達に挑戦しようっていう奴なんかいないんだから」
アダルの発言をばっさりと切ったのは未だに食事を続けているベルティアだった。彼女は行儀悪く口にものを入れながら発言したために食べかすを吹き飛ばした。
「おい。さすがにそれはアウトだろ」
「ん? なにが? 行儀? それとも発言?」
「どっちもだ。それにお前の行った事は的を外しているぞ。別に俺はそんな事を考えて居たわけじゃないからな」
良いながらアダルはまるで彼女の保護者のように汚れた口を拭いて、食べかすもかたづけようと中腰になったのだが。そのタイミングで従者が現れた。新たな料理をもってきた彼らはそれをテーブルに置くと既に空になった皿や、食べかすなどを綺麗にしていった。その缶も中腰だったアダルは異様な恥ずかしさを覚えていた。片付けるために腰を上げたのにそれをする前に綺麗に片付けられたのだ。恥ずかしさで震えつつ、彼はその腰をゆっくりと下ろした。
「だっさーい」
ケラケラと笑うベルティアにアダルは反論できなかった。
「あまり笑うものじゃ有りませんよ。これを仕掛けたのは貴方なのですから」
擁護してくれているのかと思ったのだが彼の表情を見てみるとどうやら馬鹿にされたらしい。
「あまりお人好しに振る舞うのは止めるか・・・」
「えー! それじゃあ、つまらないから今まで通りで良いよ?」
笑いまじりでそういう彼女にアダルは一瞬だけイラッとする。だからだろう。彼は手を上げた。
「いたっ! なにするのさ!」
「躾け」
アダルの返答に怠惰の男が吹き出す。
「随分と古典的ですね」
「悪ガキにはこれが一番だろ?」
アダルもそうだと返した男の表情は愉快げであった。
「そろそろ黙ったらどうだ? 空気の読めぬ者どもよ」
そこで発言をしたのは傲慢の男。彼の発言でこの場の空気がさらに重くなったが、直後にそれは無くなった。
「別に良いじゃん。まだ始まってすらいないんだから。今は気を抜いてたって」
反論したのはベルティアであった。彼女は少し不機嫌そうにそれを言うとまた口に料理を入れた。その発言によってほんの。ほんの一瞬だけであったが空気は軽くなった。だがそれもつかの間、神獣種達が座しているところの雰囲気が殺伐とし始めた。
「こわっ! 間に居る俺のことも考えて欲しいな」
いつの間にか二人の間にいたアダルは怠惰の男の背後に立っていた。そのことに声をかけれて漸く気付いた男は顔を少し歪めたがそれは一瞬。直ぐに表情を戻した。
「いつ移動したんですか?」
「今だよ。あの間にはいたくないんでね」
「・・・・同感です。ですが、そろそろ仲裁した方が良いですよね」
二人は同時に会場を観察し始める。ベルティアと傲慢の男の威圧が会場にまで影響を始めた。まったくそう言う物に体勢の無い者達は二人のぶつかり合うそれに気圧されて、倒れる物さえ出てくる始末。それに耐えられる者であっても膝を付いている者もいた。そして実力者と思われる者達は二人を警戒し始めて、攻撃を仕掛けようとする者もいた。このままではこの会場が戦場と化すかも知れない。
「確かにな。で、どっちがやる?」
「・・・・。貴方じゃ無いんですか?」
男はわざとらしく驚いた振りをする。
「主催者達は介入する気は無いみたいだしな。どっちかが止めないととは思って居る。別に俺がやっても良いが・・・・。ここは一つ俺たちの力を示した方が良いんじゃ無いか」
そう言いながらも目ではお前がやれと訴えていた。言ってしまえば、この城に来て、彼だけが力を示していない。アダルは巨人退治で。リンちゃんは襲撃者撃退で。そしてごう慢の男とベルティアは今この瞬間にその実力をさらけ出していた。残りのこの男も何かしなければ侮られ続けるだけだった。
「・・・・・。別に僕はそのままでも良いんですけど。その方がやりやすいですから。・・・・ですがここは貴方に乗っておいてあげますよ」




