十九話 食事の間
「あのときのあいつの顔は傑作だったな」
「もう笑いすぎだよ」
しばらく二人は前世の話で盛り上がった。再起程まで自分の過去を暗い表情で語っていたヴィリスも零れんばかりの笑みを浮かべている。しばらくそんな時間が続くと、離宮の扉が勢いよく開けられた。
「随分と楽しそうじゃねえか。アダル」
その嫌味切った声を発しながら中に入ってきたのは疲労しきった顔をしたフラウドだった。それはもう彼と分からない程に。そのフラウドの様子ににアダルは思わず困惑した感じで心配の声を掛ける。
「お前、フラウドか? どうした。そんな疲れた顔をして。一瞬誰か分からなかったぞ。大丈夫か」
「そうですよ。びっくりしました。思わず身構えてしまいましたよ」
ヴィリスも心配している旨を伝えた。するとフラウドはアダル達がいる所まで無言で近づき、両手をテーブルに叩きつけた。
「大丈夫だ? だと。な訳無いだろうが!」
鬱憤を晴らすかの様に彼は声を荒げてアダルが会議場を去った後の事を語ってくれた。
「お前があそこから出て行った後、会議場は収集がつかなくなった。お前があそこで頑張ったせいで、王族の皆がお前の力を恐れた」
彼は体の力が抜けた様に椅子に座ると項垂れた。
「そのせいで余計な考えが生れた。お前こそが国を滅ぼす悪魔なんじゃ無いかってな。一部の王族はその考えを持ってしまった」
「悪魔って。そんなの」
ヴィリスはフラウドが語った一部の王族達の言葉に憤りを感じた。しかし悪魔と言われたアダルは複雑そうな顔をするだけだった。
「まさかそこまで考えが発展するとはな」
「そこに関しては同意する。全く何を考えている事やら」
フラウドは軽い溜息を吐き、アダルを睨んだ。
「だが、お前。業とそうなるように仕向けたな」
その言葉を耳にしたヴィリスはアダルの顔を伺った。彼は軽く鼻で笑うと、口角を軽く上げた。
「バレたか。なんで分かった?」
彼はは反省の色を見せずに答えた。
「お前が巨鳥だち証明するにはああするしか無かったんだろう。しかしもう少し加減しろ。だからああいう風な誤解を招くんだ」
「何をしたの?」
困惑した表情を見せるヴィリスにアダルは「内緒だ」と声に出した。その様子を眺めていたフラウドは露骨に疲れた溜息を吐いた。
「お前が余計な事をしたせいで、あの後王族達を宥めるのに苦労したんだぞ。俺はこの通り疲労困憊に成るまでだ。それなのに・・・」
彼は鋭い目をアダルとヴィリスに向ける。
「疲れて離宮に帰ってみて、どうだ! 会議場の混乱の原因は久しぶりに会った元クラスメイトとイチャコラしている。嫌味も言いたくなるぞ。死ね、爆ぜろ。燃え尽きろ!」
最後の罵詈雑言をいうと彼は津からついたように項垂れた。その様子を拝んでいるとさすがに可哀想になってきている。しかしアダルはまだ彼に聞きたい事があったため、それを口にした。
「俺が捜索を依頼した件の取り止め。ちゃんとエドール伝えたか?」
その言葉を聞くと、彼はスッと状態を起こして頷いた。
「その件は言っておいた。その場に付き添っていたユギルは驚いた様な顔をしていたがな。だからあいつにだけ納得のいくような事情は説明した。俺がお前と同じような存在と言うことも含めて」
その言葉を聞いてアダルは不思議そうに彼に問うた。
「言って良かったのか? 知っているのは多くないだろ?」
「今の所このことを知っているのはエドールとユギルだけだ。だが大丈夫だろう。このことは内密にしておくようにと言っておいた。。その方が安全だと言ってな」
彼の不自然な笑みを浮かべる。その笑みに少しだけ寒気がしたアダルであったがひとまずユギルの安全は確立したようで安心したようであった。
「さて、お前ら。もう夜になる。しばらくこの離宮に泊まっていけ。その方が巨大猪王が動いた時に対応しやすい」
彼は有無を言わさずに勢いよく立ち上がった
「取り合図食指を取ろう。案内する。その間に部屋を用意させよう。今から食事を取るから食事の間に案内しよう」
そういうと彼はある方向に足を進めた。アダルとヴィリスはお互いに顔を向け合い、互いに苦笑いをして彼についていった。
夕飯を取るためアダルとヴィリスは食事の間に案内されていた。
「ここをこういう風な作りにいするか。未練がましいと思うぞ」
席に着いたアダルは食事の間を見渡して呆れた様に口にした。するとフラウドはアダルの言葉を鼻で笑った。
「言ってろ。俺はただ落ち着いて食事を取れるように設計しただけだ」
「にしてもやり過ぎです。これじゃあまるで私達が通っていた高校の食堂じゃないですか」
離宮の地下部分に作られたこの食事の間。広さは大体百人が一度に食事を出来るほどあり、そんなに使いもしないであろう長テーブルと長椅子が一寸の狂いもなしに順当に並べられている。壁は清潔感を思わせる純白で高い天井に備わっている電灯の様な物の光りが優しくこの空間を照らしてくれている。その光景を見渡してアダルは意図せずに呟く。
「まるで前世に返ってきた様な感覚だ」
懐かしさから不意にそんな言葉が出た。
「そうですね。良く窓際の席で一緒に食事を取ってましたよね」
彼女はそう言うと窓際の席に目を向ける。そこに前世での自分たちを一瞬見たアダルは次に窓の外の景色に目を向ける。ここは地下空間であるがなぜか窓からこの世界の自然溢れる光景が見える。その光景がアダル達を現実に引き戻す。しかしなぜこの光景が窓から見えるのかが気になり、思わずそれに指を指すとフラウドは恥ずかしそうに答えてくれた。
「あれはな。・・・映像を流しているんだ」
それを聞いてアダルは納得したように頷いた。
「ねえ、折角だからあそこで食べようよ」
ヴィリスがどこか楽しそうにそこを指した。
「ああ、そうだな。おい!」
フラウドが厨房に向け声を掛けると中から「私の名前はおいじゃ無い」とキーが低い女性の声が聞こえた。どこかで聞いた事があるような声だとアダルは記憶の中の声の主を探した。
「この声は・・・」
声の主に分かったヴィリス嬉々とした目を厨房の入り口に向ける。するとすぐに人影がそこから姿を表す。
「いい加減、名前で呼べって言ってるでしょ。辞めるわよここの仕事」
そう言いながら出てきたのは怒りに顔を歪めている女性だった。メイドを思わせる黒い服をを身に纏った栗色をポニーテールにしている。外見年齢はアダルらと変わらないが身長は女性にしてはは高く、軽く百七十後半に届きそうなほどだった。
「鳴海ちゃん。久しぶりだね」
ヴィリスは彼女の顔を見るなり、彼女に近づき久しぶりに会えた事を嬉しそうに語りかけた。
「あら、来てたのヴィリス。本当に久しぶり。前にあったのは五十年位前かしら。だけどその名前でああは呼ばないでね。今の私の名前はユリハなんだから」
ユリハと呼ばれた彼女はヴィリスが近づくのに気付くと、彼女に優しい笑みを向けた。しかしアダルは彼女の発言に気になり、横にいるやれやれといった様子で額に手を当てているフラウドに耳打ちした。
「おい、あいつは誰だ? どうも聞き覚えのある声だ。それに今五十年ぶりにヴィリスとあったって言ったな。と言うことはあいつも俺たちと同じって事になるけど」
「・・・・。そうか、お前は前世でもあいつとあまり面識無かったな」
フラウドはその子に気付くと疲れたように息を吐く。
「あいつも俺たちと同じクラスにいた奴だ。前世の名前は琴奈木鳴海。名前だけなら聞いた事あるだろう」
「琴奈木・・鳴海? あのバイトを掛け持ちしていた奴か? にしても俺が顔を覚えていないなんておかしいだろ。俺はこれでも記憶力は良い方だ」
何故だろうと首を傾げるアダルにフラウドは小さな声で答えた。
「覚えて無くてもしょうが無い。何故ならあいつは休み時間になると食堂の仕込みのバイトをしていたからな」
「ちょっとそこの男連中。いつまで内緒話しているのさ。見なさいよ、ヴィリスが仲間外れにされたと思って寂しそうな顔をしているじゃ無いか」
「してないよ、鳴海ちゃん」
彼女はからかう様に言葉にすると、ヴィリスは顔を赤らめて反論した。
「おばさんみたいな性格だな」
「思っても言葉にするな」
再び耳打ちすると割と真面目に注意された。何故だろうとアダルは考えたが、馬鹿らしくなりすぐに止めた。
「あれ? 誰か知らない男も連れ込んだと思ったら」
ユリハはそう言いながらアダルに近づき彼を観察するような目を向ける。
「お前、鷹堂明鳥だろ」
「・・・・。お、おぉ」
前世の名前を当てられ、彼は驚くより先に微妙な声を出した。すると彼女は豪快に笑い出した。
「やっぱりな! 聞いているぜ、ヴィリスから。いや、天梨殻って言った方がいいか」
「何を聞いているんだ?」
その発言が気になったアダルは思わず聞き返す。すうrと彼女は徐ろに口角を上げ、それを口に・・
「そんな事より、鳴海ちゃん。お腹空いちゃった。何か作ってくれない?」
出来なかった。寸前で彼女が何を言おうとしているのかヴィリスが察し、それを言わせなかった。
「ちぃ! もう少しで言える所だったんだがな」
それを言えなかった彼女は徐ろに舌打ちをしてヴィリスに鋭い目線を向ける。しかしそれはすぐに止めた。
「まあ、いいや。でなにが食いたい? 何でも作ってやるよ。この世界の物でも、前世の物でも」
その言葉がアダルの中で妙に響いた。
「私は煮魚定食を」
「俺はステーキとライスだな」
「あんたは自分で作れ」
「おい、俺は雇い主だぞ」
フラウドは肩を落として彼女に聞こえるように嘆いた。
「で、鷹堂。あんたは何に為るんだい?」
彼女はアダルに献立を聞く。アダルはしばらく考え込んだ末にある者を頼んだ。
「デミグラスソースのかかったハンバーグをくれ」
「あいよ。しばらく待っておくれ」
そういうと彼女はまた厨房に帰っていった。
「鳴海ちゃんの料理はおいしんだよ」
ヴィリスがアダルの顔を見ながらそういった。
「それは楽しみだな」
彼女の言葉を真に受けたアダルはそっと厨房に目を向けた。




