十九話 メイクメイド
アダルたち神獣種が会場に入った頃。ヴィリスもまた最終準備をしていた。
「うん! これで完璧。どこから見ても美しいわ。さすがは自慢の妹」
最後に頭に飾りの花をさしたミリヴァはヴィリスの美しさに喜んだ。
「・・・・ここまでする必要。あったのかな?」
「何を言っているの! この式典は言わばヴィリスのためのものなのよ? それだったら主役のヴィリスはうんと着飾らないと!」
興奮気味に語るミリヴァにヴィリスは少し引いたように「うん」と返答した。
「・・・・先ほどより、前向きになってよかった。これでわたくしも安心だわ」
「・・・・・うん。ありがとう。姉様」
一瞬曇ったような表情になりかけたのを自覚してか、不自然に笑ってしまった。それを見逃さなかったミリヴァであったが、あえてもうそこには触れないことにした。
「さあ、後は化粧ね。これは私にはできないからメイドに任せるとするわ」
そう言うと彼女はヴィリスを鏡の前の椅子に座らしてメイドを呼んだ。
「この子をうんときれいにしてください。できなかったら貴女の命はないですからね」
「・・・・かしこまりました」
ミリヴァの雰囲気にメイドは明らかに怖がりながらも震えた声で返事をした。
「それではわたしくはいったんこの辺で。ヴィリス、すぐに来るからうんとかわいくしてもらってね?」
そういうと彼女はその部屋から出て行った。ミリヴァが出て行く様を見ようとも思ったがその前にメイドによって頭を押さえられた。
「ヴィリス様は化粧についてなにか要望はありますか?」
「・・・・・・不自然にならなければ何でもいいです」
「・・・・かしこまりました。では、さっそく施させていただきます」
そこからはメイドの土俵だった。ヴィリスはいったい何をしているのか。何をされているのか。全くわからなかった。
「・・・・・・このような感じでいかがでしょうか?」
元々素材がいいヴィリスだったが、そのメイクした顔はいつもと違って自分から見てもきれいだと思えた。どこにどのようなことをされたのかされているときはわからなかったが、実際に見てみる彼女でもわかるところはあった。
「これは。・・・・・すごいですね。仕事が早い上に、とても丁寧です。それに・・・・私の顔がここまできれいになるなんて。貴女はきっとメイクの魔術師なんですね」
彼女が興奮した表情をメイドに見せた。すると彼女はどこか惚けているように見えた。ヴィリスが不思議そうに声を鳴らすと正気に戻ったのか、姿勢を正して表情を戻した。
「いえ! その・・・・すいません。ヴィリス様がお綺麗すぎて思わず見とれていてしまいました」
メイドは少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら頭を下げた。
「そんな! 確かに私もきれいだとは思いましたけど。それは貴女のメイクの腕がいいからです」
メイドの発言で恥ずかしさがこみ上げてきたのか、彼女も顔を赤くしてメイドの腕を賞賛した。
「・・・・いえ、私がしたことなど些細なことです。ヴィリス様の素材がよかったのでございますよ。私のしたことなど。本当にほんの少しのお手伝いでございます」
恐縮してしまったメイドは一切頭を上げることなくそういった。その自分にとっては歯の浮くような台詞にヴィリスはずっと胸の奥がかゆくなるような恥ずかしさがあった。
「・・・・もう、それでいいですから。頭を上げてください。いつまでもその体勢じゃ腰を痛めてしまいますから」
「・・・・ではお言葉に甘えさせていただきます」
そう言って体勢を直したメイドであったが、その後ヴィリスの顔を直視することがなくなった。おそらく見てしまっては目が離せなくなって、仕事に差し支えが出ると判断したためだ。そんなこととはつゆ知らずにヴィリスはメイドのその対応を不思議がった。
「・・・・・・・・。それでは、私はこれで失礼させていただきます」
頭をもう一度下げたメイドはそう言うと出て行こうとする。そんな素っ気ない態度の彼女をヴィリスは呼び止めた。
「す、すいません! 少し聞きたいことがあるんですが!」
「・・・・何でしょうか?」
さすがにこのまま出て行ったら失礼に値するため彼女は振り返って応対した。
「今回の儀式の参加者のことなんですけど。今回は私が連れてきた人たち以外にも客人がいらっしゃるんですよね。どういう方々なんですか?」
彼女としては母である大母竜が直接招いたその者たちについて気になっていたのだ。
「・・・・・・これは一メイドとしての意見でございますが。少々性格に難があるお方ばかりだと私は思いました」
少し考えた末に彼女が口に出したのは客人の批判をする言葉であった。
「性格に難がある・・・・ですか」
「あくまで私が思ったことでございます。あまり真に受けないでいただけますと助かります」
そう言うとメイドは難しそうな表情をした。
「性格に難があるといっても、あの方々は大母竜さまから招待を受けたお方々であることは間違いがありません。これ以上ご客人方のことを批判してしまったら不敬に当たりますのでこの辺で」
そういうと彼女は今度こそ部屋から出て行った。出て行く間際にヴィリスに向けて深いお辞儀をしてから。彼女はそれを見てただ手を振ってほほえんで見送るしかできなかった。ふと外の景色が気になって窓の方に目を向けるとオレンジ色の夕焼けが空を支配していた。
「・・・・・もうちょっと聞きたいことがあったんですけど・・」
何時から始まるのとか。今回の列席者とか。作法の確認など。まあどれもミリヴァに確認すればいいことなのだが。
「・・・・・緊張をほぐすためにもう少し話したかったのにな・・・」
だが実際はそんなことなどどうでもよくて緊張しているからそれを和らげるためにもう少しいてほしかったのだ。
「・・・・なんか避けられてたし。・・・・まあ私のやったことを考えると当然なんだけど・・」
メイドに避けられていた理由を過去が関係していると考えたヴィリスは明らかに落ち込んだ。メイドとしては自身の職務を全うするためにあえて素っ気なくしていたのだ。そうしなければ彼女の美貌に惚けるしかなくなるから。だがメイドのその気遣いも彼女に伝わるはずがなかった。ヴィリスから見たメイドはただ自分を怖がっているとしか思えなかったのだ。
「・・・・・直前だからもうネガティブに鳴らないってさっき誓ったんだけどな・・・」
思いの外その決意は早く破ってしまいそうだなと思いながらそんな自分がいやになった。
「・・・・・仕方がない。っていうのはあり得ない。だけど、・・・・・・私は・・」
自分がいやになったからこそ、彼女はそこで持ちこたえることができた。自己嫌悪がネガティブになりそうになる自分をつなぎ止めたのだ。
「・・・・それに誓ったんだ。私はもう自分の罪からは逃げないって」
犯した罪はどうやっても償いきれるものじゃない。ましてや同族。それも兄姉殺しは彼女には荷が重い罪だ。今まではそれから逃れるために外に出ていたが、ここに戻ったからにはそれとも向き合わなければならない。
「・・・・・私はいつまでも守られる側じゃいけないよね」
力を持っている。それには理由がある。ただ力を振るっていたらそれは暴力だ。たとえ危険な能力であったとしてもそれを持って生まれたのなら、何かをするためなのだ。この世の中に不必要なものは生まれない。それは生物であろうと。無機物であろうと変わらないことなのだろう。
「だから私は力を持つよ。明鳥くんを助けるためにも・・・」
彼女は心に新たな誓いを立てながら鏡の中の自分に宣言した。




