十七話 戦いの想定
「うわっ! エグいですね・・・」
「そうだな。本当に」
「これは・・・・あの子も大概だ」
外の映像を見ていた三人はリンちゃんの襲撃者にしたことを見て明らかに引いていた。その映像にはもちろん襲撃者がどのような体験をしているのか。というのはわからない。というか映像にはただ二人がたたずんでいるようにしか見えない。だからこそ三人はリンちゃんが何をしているのか把握することができた。
「わずかに震えてますね。顔から見るに痛そうだ」
「幻術で痛みを与えられるってだけでそうとう特殊な目を持っているな」
「うわー! 直視したくないな!」
彼女は見ただけ。それしか行動をしていない。だがだからこそわかる彼女の異常性があるのだ。
「特殊な目。そうですよね。一切動かないで相手の動きを封じることができる行為なんて見るくらいなものです」
「だね! それにリンちゃんはこの中で一番気配察知が早かったのも説明がつくよね。だって直接見たからなんだろうし!」
「それにだ。さっきこの襲撃者の武器を懐から奪ったときもこの目を使ったよね。彼女の目。恐ろしいほどに汎用性が高い代物だな」
各々が彼女の異常性を発言していく。それはまるで彼らがもし敵対したときのことを想定しているかのように。
「・・・・・・・ふん! くだらない」
ただ一人だけ扉の横にいる男だけはこの現状がつまらないというようにつぶやいた。
「あっ、倒れた」
「精神が持たなかったのかもしれませんね」
「実際の時間じゃ数分だが、体感は長く感じてもしかたがないよな」
倒れた従者に同情しながら彼らは映像を見るのをやめた。怠惰の男は二人の興味が薄れたのを感じ取ったのか、映像を消したのだった。
「・・・・・・。襲撃者。これだけなのか?」
ふとアダルが首をかしげつつほかに気配がないか探った。
「ほかにはいないようだね。だけどこっちに数人向かってくるようだけど。・・・・敵対する気配は感じないから多分本当の迎えがきたんだね」
「・・・・・やっときたか。・・・・というかあまりしゃべるのがうまくなさそうな彼女が外にいたままじゃ、誤解を招くんじゃね?」
「それもそうですね。・・・・これは我々も外で待っていた方が良さそうだ」
少々過保護かもしれないと思いつつ、彼らは各々重い腰を上げた。
「だけど直接見なくてよかったかもしれないな。外に目をやっていたら俺たちもあの幻術にかけられていたかもしれない」
「かもではなく。間違いなくでしょうね。別に彼女の目を見なくても声が聞こえていたらとか、展開した領域内に入ったらとか。ほかにも条件が必要でしょうから。外に出ていたら。と考えると恐ろしいですね・・・」
困ったような表情を浮かべるが目の前にいる彼が本心を言っているようには見えなかった。その仕草は芝居のような気がしたのだ。
「・・・・まあ、俺は気をつけないとな」
「ええ。あなたは目がとてもいいですからね。あまり彼女の目を直視市内方がいいでしょう」
しゃべってもいないのに彼はアダルの目のことを知っていた。それは別段おかしなことではないのだが、これで確信した。この男はこのようなだらしない振る舞いをしながらも情報を集めているのだと。
「おや? これはいってはまずかったですか?」
「いや、そうじゃない。ただ感心してただけだ。俺の情報も集めているんだなって」
アダルの発言に怠惰の男は一瞬きょとんとしたが、すぐにくすくすと笑い出した。
「まあ、あなたは有名ですから。いってしまえばこの中で一番の知名度はあなたですよ? これまでの戦歴と伝説を含めて」
どこか含みのある顔をする男にアダルは「そういえば、そんな話もあったな」と警戒した風に返した。
「・・・・・ねえぇ! もう外に出た方がいいんじゃない?」
ベルティアに促されると二人はお互いに顔を見合わせて、目配せをする。
「確かにそうですね」
「もう近くまで来ているみたいだからな。早く出るか」
言葉を交じらせると三人は外に出て行こうとする。当然ながら途中傲慢の男の脇を通ることになる。二人は彼に気にせずにそのまま素通り下がアダルだけは彼のまあ横で足を止めた。
「・・・・・なんで彼女を行かせた。・・・理由は?」
アダルは気になったのだ。確かに最初からリンちゃんと名乗る彼女の強さを疑うことはなかった。何せ強者しかいないこの部屋にいるということだけでそれだけの実力者だということなのだから。だが、それだけだ。アダルは正直言って彼女のことを見くびっていたのだ。怯えているのは男性であるアダルから見たら本当に怯えているようにしか見えなかった。ベルティアは違うように見たらしいが。とにかくアダルはリンちゃんが枯れ基準からしたら潜在能力は高いが戦闘力は低いと思ったのだ。だがこの男は違った。確実にリンちゃんの実力を見抜いていた。おそらくは彼女が持っている能力も。
「・・・・・・。別にそう難しいことではない。ただ、あやつが自分で見つけておいて他人にそれを投げるという行為が許せなかっただけだ」
明らかに話をはぐらかされた。本心ではいっていないにがわかる。
「・・・気をつけるのだな。・・・・あの女。明らかにおまえを標的としていたぞ」
「そうなのか。全くもってわからなかった。女は見た目じゃないってことか・・」
アダルが気づかなかったことをこの男は気づいていた。おそらくは悪意にとても鋭いから気づけたのであろう。そして今の発言でもう一つわかったことがあった。彼はこのように不遜な態度をとるが、その本質はお人好しと呼ばれるものだろう。だが不器用なため、それを表になかなか出せないのだ。
「あんたも疲れるな。俺たちがだらしないから」
「・・・・全くもってそのとおりだ。なるべく我の足を引っ張らないことを祈るぞ?」
気をつけるよというとアダルは外に出た。その後、背後で動く音が聞こえた。おそらくは彼が立ち上がったのだろう。
「・・・・・・・」
無防備な背中を見せてもおそってこない。おそう価値がないのか。襲う気がないのか。おそらくは後者であろう。
「我を試すか?」
「あれ、ばれた。まあいいや。どうせ言い訳しても無駄だろうし」
「・・・ふん」
男が不機嫌になるのを背中で感じとるアダル。
「ねえ! はやく! もう見えてきたよ」
ベルティアの催促する声を聞いて男は小屋から出て、無造作に扉を閉めた。
「これはこれは。さすがにここまでお客様方に気を遣わせてしまうとは。我々が出向くまでくつろいでいただいてもよかったのに・・」
姿を現した数人の従者のうち、先頭に立っていた老齢の従者が申し訳なさそうにそういった。
「・・・・こちらとしてもそうしたかったんですがね・・・・」
態度の男は含みある言い方をして目線を下げる。そこには倒れている襲撃者の姿があった。それを見た瞬間にその場にいた全従者が目を見開いて驚く。
「・・・・・・。これはこれは。このものが無礼な行いをしたこと。深く謝罪いたします」
彼がそう言って頭を下げるとほかの者たちも彼を習って同じように深く頭を下げた。
「別にいいさ。こういう扱いはなれている。それよりこいつの手当でもしてやってくれ。・・・・・まあ、目覚めてもその精神が正常かどうかは判断しかねるが・・・」
「はっ! ではお言葉に甘えさせていただきます。誰か、このものを救護室に運んでやれ!」
おそらくこの指示を出している老齢の従者はかなり格の高い人物なのだというのはほかの者たちの動きを見てわかった。
「・・・・再びになりますが・・・。今回。お招きしておいて、このような愚か者を出してしまったこと。深く謝罪します・・・」
彼は悲しそうにしながら頭を下げる。今度はほかの者たちも悲しそうな表情を浮かべながらも追随することは許さなかった。何を隠そうその従者がほかの従者が頭を下げようとすることを止めさせたのだ。その指示にそのものたちは複雑な面持ちで従うしかなかった。先ほどは招いた側としての謝罪。これは個人的な謝罪という意味なのだろう。




