十六話 リンちゃんの問いかけ
「・・・これ・・・なに?」
リンちゃんが取り出した短剣を見て従者と想われる男は内心動揺する。それは外にも漏れ出ており、彼の顔からは汗が出ていた。
「な、何ですかそれは! 確か武具のたぐいは持ち込みできないことになっているはずですが。・・・・・そのような物を持っていたとは。・・・・すぐにそれをこちらに渡してください」
彼がとった行動はなんとリンちゃんが元々所持していたことにすることであった。たしかにこうすれば彼に非がないように見える。傍目から見ればだが。だが強者が見れば今明らかに挙動がおかしいのはこの従者の方になる。つまりは見る物が見れば怪しいのは従者となる。
「・・・・そんな・・・態度・・・とるんだ。知らないふりする事なんて・・・無理なのに」
彼女は少しあきれたように口にするとおもむろに手に持った人形向けた。
「・・・・? 何ですか、その人形は?」
「・・そう・・見えるよね。だけどこの子・・・・・本当は・・・・妖精なの」
言い終わると同時に人形は独りでに彼女の手の中で暴れ出す。人形としての顔を維持することなくまるで助けを乞うように。
「ほら、しんじた? ・・・・・・この子は・・・妖精。・・・」
彼女は従者の人形が妖精だと信じ込ませるとおもむろにもう一方にも持っていた短剣を妖精に突きつける。
「・・・・・この子に・・・・・・刺したら・・・どうなるかな」
そう言うと彼女は無造作に妖精に短剣を差し込んだ。
「!!!!!!!!!!」
まさに表現できない奇声を上げる妖精は刺された痛みによって叫んでいる者と思われた。しかしそのあとなぜか前進の穴という穴から泡を吹き出して、その姿が溶けていった。そう比喩表現ではなく言葉通り溶けたのだ。
「・・・・・溶け・・・ちゃった・・・。これって・・・毒?」
妖精が溶けたことを見せられた従者はあからさまに慌て出す。
「そ、そのような危険な物をお持ちになられていただなんて! もしや、大母竜様や他の王族方の暗殺でも計画なされていたのか!」
咄嗟に迫真の演技のように声を張り上げてリンちゃんを非難する従者。それに対して彼女は首をかしげる。
「暗殺? ・・・・・・なんでリンちゃんが・・・そんなことする必要が・・・あるの?」
心底不思議そうにいう彼女の姿はそれこそ人形と思えるものであった。
「暗殺を・・・・計画していたのは・・・・そっち・・・でしょ?」
「ど、どこにそのような証拠があるというのですか!」
「? だって・・・・・。その手に持っているの・・・・いまリンちゃんが持っているのと同じでしょ?」
そこで彼はようやく気づいた。先ほど彼女を非難するときに、彼女を警戒して咄嗟に出した物がまさにリンちゃんが所持している紫色の短剣と同じ物であった。
「これでも・・・言い逃れする気? ・・・・リンちゃんたちを・・・襲おうとしたことを」
ここまで証拠がそろっていてもはや言い逃れができる訳がなかった。ここから従者がとる行動はだいたい三択に分かれる。しらばっくれるか。本性を現すか。逆行して特攻をしかけてくるか。
「・・・・・。ここまでばれておいて、今更ごまかせませんね・・・・。そうですね。私はあなたたちを始末するようにある方々に申しつかりまして・・・」
「それで・・・・。リンちゃんたちを・・・襲った・・・・」
彼女の問いかけに従者は頷く。
「さようです。ですがわたくしとしてはいささかこの命には無理があるとは思っていました。ですから玉砕覚悟で来たのですが・・・・・。まさか直前でばれるとは思いませんでしたよ?」
困ったような表情を浮かべて肩をすくめる。
「本当に・・・・・。リンちゃんたちを殺すつもりは・・・・あったの?」
「それはもう。そういう命を受けましたので」
「・・・・・そう。・・・・だったら・・・手加減する必要・・・・ないね」
少し悲しそうに目元を歪ませたリンちゃんはその顔を伏せた。
『私は魅せる。私は魅せる。祝福の者に楽園を。私は魅せる。私は魅せる。敵対者に地獄を。あなたはどっちを選ぶ? 祝福か敵対か。楽園か地獄』
突如として彼女の声が二重に重なったように聞こえる。その重なった声もそれぞれ声音が低音と高音で分かれて聞こえてくる。
「・・・・しゅ、祝福のほうで・・・」
明らかに雰囲気が変わったリンちゃんにわずかに恐怖を抱いた。だが彼の選択は無駄に終わった。
『私は魅せる。私は見せる。敵対者には地獄を』
彼女は別に従者に聞いているわけではなかった。彼女があなたと言った存在は自分自身。つまりはどちらにするかを自身に訪ねただけであった。
『敵対者には地獄を。敵対者には地獄を。これより刑を執行する』
瞬間彼女をは顔をあげて目を開く。すると彼女の瞳が赤く輝いていた。それもきれいな赤ではなく、血のような赤。それを目にした瞬間従者は平衡感覚を失うような感覚に襲われる。まるで混乱して落下している状態になったように上下左右がわからなくなったのだ。
『罪は廻す。地獄を廻す』
声を聞いているうちに彼は突如として胸と腹部に痛みを感じる。その痛みは徐々に強くなり得、ついには声を上げたくなるほどの激痛が彼を襲った。
「!!!!!!!! な、なにがっ!」
痛みの原因を調べるべく、従者は自分の腹部に目をやった。するとあらびっくり。胸部から腹部まで裂け、内臓が飛び出していたのだ。だがそれだけではなかった。なんと飛び出した内臓を先ほど見た人形妖精と同じ種族であろう妖精が数匹近づいてきて、彼の内臓で遊びだした。ある妖精は内臓をさらに引き抜こうとしている。ある妖精は一部を完全に抜いてそれで遊び出す。はたまたある妖精は内臓を掴むと、それをかじり出す。とにかく比喩できないほどの痛み。従者も思わず痛みのあまり開け部。そして涙を流したのだった。
『罪は廻る。罰を回す』
気づいたら妖精はいなくなっていた。そして痛みもなくなったことも理解してそこを見ると先ほどまで避けていたのが嘘かのように一切の傷がなくなっていた。その代わりに感じたのは息のしづらさ。いつもしていたはずの呼吸がだんだんとできなくなっている。そのうちに完全に呼吸ができなくなった。ふと目の前に泡が出現する。それが自身の口から出ている事がわかった。自分はいつの間にか溺れていたのだ。まるで時間を飛ばしたかのような感覚が彼を不安にさせる。夢のたぐいでも観ているのではないかとも疑ったが、それはないと断定できた。なぜなら先ほどの痛みも。今感じている苦しみも。どちらも紛れもなく本物だから。彼の忍耐力はたった二つの事だけで限界を迎えそうだった。だがそれは許さないと言わんばかりにリンちゃんの声がまた響いた。
『罪は廻る。火が回る』
次目を開くと彼は十字架につるされて、火あぶりにされている。手と足には逃げられないように杭が刺されている。だが刺さっている物はそれだけじゃない。胴体には剣や槍度言った物が十本以上も刺さっていた。刺された痛みなどは感じたのだが、それはなぜか慣れた。それよりもつらかったのは焼かれる痛みであった。皮膚が焼かれ。のどが焼かれ。臓器が焼かれる。のどがだめになっているため叫ぶこともできない。
「な・・・・なん・・・なの・だ」
かろうじて発言できた言葉がそれであった。先ほどから襲いかかる拷問。いや、これは拷問という生やさしい物じゃない。人を彼を確実に殺そうとしている。まるで罪人を処刑するときの刑罰のような物である。従者はそう思ったのだった。




