十五話 見物
指名された臆病少女はその場で体を硬直させる。
「おまえが最初に気づいたのだ。おまえが行くのが筋であろう?」
「・・・・・で、でも! その・・・。リンちゃん・・・・弱いし・・・」
おそらく彼女の一人称は自身の名前をもじったあだ名のよう者を使っている野田おる。その瞬間ここにいる全員が彼女のあだ名を知った。
「知らぬ。それに弱いわけがないだろう! ここにいて尚、一切気を失っていないどころか抵抗しているのだ。それで自分は弱いだと?」
笑わせるなと言いたげに男は威圧をかける。その場にいる他三人にはかけずにリンちゃんと名乗る彼女にだけ。それを食らった彼女は一瞬からだが揺らいだ。いや、揺らいだ演技を入れた。その後になんとか抵抗できたみたいな演出まで入れる。その後彼女はアダルに向けて助けてというように涙目まで見せる。だが彼はなぜかそれを見て助けようとは想わなかった。理由としては全くの赤の他人であることと、彼女に対して何かしらの違和感があったから。彼女のその仕草が嘘くさく感じたのだ。そのような相手を助ける気が起きないのはそのせいだろうとも想った。
「・・・・・・。ほ、本当に・・・・リンちゃんがいくの?」
「我は何度もそう言っているのだ。さっさと行け」
おそらく助けが入る事を想定していたであろう彼女であったが一行に誰も助ける気配がない。だからこそ観念したようにその場を立ち上がった。
「・・・・わかった。・・・・・だけど・・・・リンちゃんの戦うところ・・・・は見ないでね?」
そういって彼女は扉に向かう。その足取りは少し遅く感じられた。
「・・・行って・・・・くるね」
扉を開けて外に出ると言うときに彼女はその言葉を呟いて出て行った。
「・・・・・どうする?」
「どうするって言われてもなぁ」
アダルとベルティアは目を合わせて困惑する。
「見るなって言われたけどさ。正直、気にならない?」
「・・・・・・。まあ、気にならないかといわれたら気になるけどさ」
「じゃあ、見に行こうよ! きっと面白いよ?」
彼女の言わんとしている事はわかる。アダルだって彼女がどう戦うのか見たい。だが彼の直感が直接見るべきじゃないと警笛を鳴らしている。このようなとき。警笛に従った方が安全だと言うことはわかっているからこそ彼は行くのを渋った。
「別に直接見に行かなければいいだけで所? だったら方法はありますよ?」
声を上げてきたのは怠惰の男だった。彼は薄っぺらい笑みを浮かべながらそう言うとおもむろに瞳を閉じながら右手を前に突き出した。すると伸ばした先から一本の光の線が走り、それが手の前で四角を形成した。
「・・・・・・映像版か?」
おもむろに驚きの声を上げるアダルに正解と答えると彼はそこに外の景色を映しだした。
「これで直接見たことにはならないですよね? じゃあ、拝見させてもらいましょうか」
悪い顔でそれを見だす怠惰の男とベルティア。なにか悪い予感がしながらも好奇心が抑えられずにチラ見するアダル。そして全く映像には目もくれずに気配だけで外のことを感知しようとする傲慢の男。それぞれがリンちゃんと名乗る臆病少女の動向を見守った。
少女は外に出るやいなや扉の前で立ちすくんだ。ため息をしながら上空に目をやった後に手に持った人形を抱きかかえる。おもむろにそれで遊び始める少女の映像がしばらく続いた。
「・・・・・遊んでいるな?」
「そうだね。だけどよくこんな状態で遊んでられるよね」
「君には言われたくないと想うよ?」
最後の怠惰の男の発した言葉にアダルは内心でおまえもなと言った。思わず口にしそうになったので慌ててその言葉を飲み込んだのだ。
「まあ、何にせよ。これが彼女の自然体なんだろうな」
敵が来るかもしれないという状況において自然体でいることはなかなか難しい。そんな中でも彼女は自然体になることができた。
「口では弱々しく振る舞っていても、わかるもんだよな。戦い慣れているかどうかって」
「同意しますよ。彼女は明らかに戦いなれていますね。それでいて演技力も高い。これで相手も油断を誘っているんですね」
頭がいいのか、天然でそうしたいるのかはアダルにはわからない。だが天然であれ、それを行えると言うことは頭も回るということなのだろう。
「全く。・・・・・油断できないなおまえらは」
「そういうアダくんも油断できるような人じゃないないけどね」
「全くもってその通りですよ。今までの振る舞いといい、その知識量といい。もしかしたらあなたが一番警戒するべき相手かもしれませんね」
「明らかにおまえが一番危ないであろう」
軽口のつもりで言ったつもりがその場にいる全員から警戒するべき相手に自分が認定されていると認識できる事を言われる。彼らの言葉に一瞬呆然とするがなぜか自然と口角があがる。
「そうか。俺を認めてくれてありがとよ」
アダルの言葉に誰も返答はしなかった。今は他に集中するべき事があるからか。それとも取るに足りない発言だとして耳にすら入っていないのか。はたまたありがとうという言葉を送られるのが恥ずかしいのか。それとも他の感情なのか。それはわからないのだが。
「・・・・・。来ましたよ」
「・・・・。気配的にはこいつだな」
映像で映し出された影と近づいてくる気配から来訪者がこの人物であることがわかった。
「見た目は普通の従者に見えるけどね」
「そうですね・・・・。だけどあまり戦闘慣れはしていない様子ですね」
歩き方のぎこちなさ。わずかに漏れ出る殺気。それ以上に漏れ出ている恐怖心。それらから戦闘は初心者だというのが丸わかりだ。
「だがこいつ・・・・・。能力は高いみたいだな」
「そのようですね。戦闘慣れしていないだけで、少しやっかいな相手かもしれません」
彼らは一環としてここにいない一定以上の強者を基準にしている。つまりは自分にはそれが当てはまらない各々が主張しているのだ。
「リンちゃん・・・・」
興味津々に見ていたベルティアが少しそわそわしだした。
「心配か?」
「んんー・・・・・。どうなんだろ?」
自分の今抱いている感情がどのような物なのかいまいちピンとしていないのか曖昧な答えを返す。
「強いて言うならリンちゃんは手加減ができるのかなって。それは少し想ったかな?」
彼女が心配なのはリンちゃんではなく、彼女と対峙する相手の方のようだ。
『式典の準備が整いましたので伺いました』
小屋の前に立っているリンちゃんに気づいた従者は少し驚いた顔をしたのち、その言葉を発した。
『・・・そう・・・なんだ』
『ええ、そうです。ですので中にいる御仁の方々に時間だと言うことを伝えてほしいのです』
明らかに失礼な従者だというのがその時点でわかる。彼は外にいるリンちゃんが中が怖くて逃げ出した人物と写ったようである。それでいて仮にも客人であるのにそのような頼み事をするのはもちろんのこと。それでいて彼の目は明らかに彼女を隠したと認定したような見下す目をしていたのだ。
『・・・・それは・・・・いいけど。・・・・・それだけじゃ・・・・ないでしょ?』
『ん? なんのことでしょうか?』
とぼける仕草をする従者にリンちゃんはため息をして彼に向き直った。
『リンちゃんが・・・・背中を見せたとき・・・・を狙って・・・。その毒のついた・・・短剣で・・・襲うつもり・・・だった・・でしょ』
彼女の指摘に従者は一瞬表情が固まったがすぐに困惑したような顔をした。
『何をおっしゃっているのやら・・』
『とぼけても・・・無駄。だって・・・。ほら』
おもむろに彼女が見せたのは紫色をした刀身の短剣であった。




