十一話 モチーフの可能性
場所はアダルたち賓客たちがまとめて待たされている小屋の中。ここは異様な雰囲気を醸し出していた。
「はむっ! あむっ! ううぅん! あむっ、ああっむう!」
室内に響く音は灰髪暴食少女の食事音くらいなもの。音が鳴るような彼女の食べ方に不満を持ってはいるのだが、後で何か言われるのがいやだったアダルはそれを無視する方向に行った。
しかし彼としてはこの待機時間は暇で仕方ないのだ。同室に居る者たちを観察使用とするのだが、いかんせんそれなりの実力者がそろっているのか。そう簡単には気を緩めてはくれなかいのか、観察はできなかった。と言うかしようがないのだ。各々が各々を警戒しているからこそ、下手に動くということをしようとはしない。この中で平然と自分で居られているのは暴食少女と爆睡している男くらいなものだ。こんな重い雰囲気の中でよくそ
んな態度でいられるなとアダルは感心している。
「・・・・・・・。暴食・・・と怠惰・・・か。大罪を具現化したような奴らだな・・・」
彼は自分にしか聞こえないようにそう呟くとその二人から目を離した。
「・・・・・・・・・」
次に目を向けたのは部屋の端っこで縮こまっている黄土色の髪を持つ少女。だがあからさまに見ると怖がられるので彼女も気づかないくらいに見続けた。途中でこちらの視線に気づいたのか恐る恐るこちらの様子をうかがっても来たのだが、そこは目線をそらして興味がないと言いたげに別の方向に目を向けていたのでお互いに目が合うというのはなかった。彼女が勘違いだと分かり、視線をそらすとアダルも不意に呟く。
「・・・・・こわっ」
少女から何を感じ取ったのかアダルは呟くと彼女を観察するのをやめた。これ以上は何を失うような気がしたのだ。
「触らぬ神には祟りなし」
独りごちると最後に扉横にいる男に目を向ける。おそらく実力的にはこの中でもっとも強いと思われるのがこの男である。その身にまとっているオーラからは幾千もの戦いをくぐり抜けてきたかのような圧倒的な他者を圧する威圧がある。それをうまく隠せていると言うことはそれを制御できていると言うことだ。
制御できている。つまりは自身の能力を理解して、それを高めたということ。アダルの見立てではおそらく彼はアダルよりも強い。おそらくここに来る前に数体ほど悪魔種の手先たる巨獣を屠ったことがあるのかもしれないと彼は考えた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
それに先ほどから視線をあからさまに向けているというのに其れを全く意に介さない。其れは余裕から来るものなのかは分からないが、その態度はどこまでも傲慢で不遜。
「ここで傲慢が当てはまるとは・・・・・。其れじゃあまるでこっち側が悪魔みたいだな」
大罪と呼ばれる七つの罪。憤怒、傲慢、強欲、嫉妬、暴食、怠惰、色欲。それぞれには司る大悪魔が居るとされている。それを司るがごとくこの者たちの性格が似ていることがアダルは怪訝で仕方がなかった。
「七つの大罪をモチーフにしている? あり得ないことはないが・・・・。何でだ?」
戦うのは悪魔種。いわば大罪の権化のごとき存在。そんな相手に大罪を司るような存在をぶつけてどうなる。其れではどっちが悪魔なのか分からないのではないか。
「それに・・・・・。もし本当に七つの大罪がモチーフだった場合。俺はどの罪を司ることになるんだ?」
ここに三人居ると言うことは残り四つ。黄土色の少女が何を司るのかは今のところ分からないから今は思考からは省くことにした。それに自分が知っている神獣種の者たちがどの罪を司るのかも一応考えてみた。
「嫉妬は・・・・・・。リヴァトーンか?」
案外彼が嫉妬を司るのではないかというのはすぐに思いついた。理由としては嫉妬を司る悪魔とされているのがレヴィアタンと呼ばれる神が作り出したとされる海の怪物。つまりは海関係で彼が一番適任なのだ。
「・・・・・・わからないな・・・・」
残っているのは憤怒、強欲、色欲。自分が何を司っているのか・・・・。そしてヴィリスや黄土色の髪の少女が何を司っているのか。其れはわかなかった。性格からしてヴィリスが色欲はないのではないかとも思うのだが、否定は仕切れない。アダルは自分が強欲であることも少し怒りっぽいことも分かっているためどちらが其れか分からない。もしかしたら色欲を司るのかもしれないとも思ったのだが、あいにくと前世から性欲という者に疎かった身であったため其れはないのではないかとも考えた。だがそれで自分が色欲を担当していたらそれはそれでどうなんだとも思う。
「さぁっきから。何をぶつぶつ言っているの?」
不意に声をかけられてアダルは体を震えさせる。声のする方を見ると暴食少女が笑顔で顔を近づけてきていた。そこまで近づいてみて分かったが、彼女の歯が全部鋭いなことに気づく。明らかに獣人種の物より鋭い其れを見てやはりこちら側の存在なのだなと確信する。それでいて気配を完全に消して近づいてきたことを話すまで気取らせないとなると彼女も相当の実力者である事がうかがえる。
「いや、別に。ただの暇つぶしに思考に耽っていただけだ。其れに・・・・。気になるほど声には出していなかったはずだが?」
警戒心むき出しに口にすると彼女はとても楽しそうに口を開く。
「うん! そうだね。だけどさ、ちょっと気になる単語が聞こえちゃったからさ。思わず話しかけちゃった!」
ここでアダルは内心で舌打ちをする。完全に自業自得ではあるのだが、この空間で声に出して思考に耽っていたのがだめだった。まあ、アダルからしたら本当に聞かれてはまずいことは発言していないからいいのだが。それでも自分にしか聞こえないと思っていたことを聞かれた。それだけで警戒心を表に出すのは正解だろう。
「気になる単語? 別に面白いことを言ってたつもりはないが・・・」
「君にとってはそうかもね! だけどあたしにとってはとっても気になる単語だったからさ!」
そう言うと彼女はアダルの目をまっすぐ見て問いかける。
「あたしさ! なんか生まれたときからいろいろと知っているんだよね? 其れこそこの世界がどういうところなのかとか、自分が生まれた土地がなんて呼ばれているかとかさ! 誰にも教えられていないのにだよ? おかしいよね」
自嘲気味に笑うがその顔はすぐに真顔になった。その豹変ぶりが少し怖く感じる。
「だけどさ。知識にあるのはそれだけじゃないんだ! なんかここじゃないどこかの景色とかさ、言葉とかが不意に頭をよぎることがあるの! 其れはここに居る全員がそうなんじゃないかな?」
彼女の問いかけにその場にいたほぼ全員が頷く。彼女が話し掛けてきた時点で視線が集まっているのは感じていたアダルはそのものたちの頷きを目にした。
「それでね。君がさっき発した単語の中でさ。脳裏に浮かんだ言葉があったわけだよ! もしかしたら君なら知っているのかなっておもって・・・」
言いながらに彼女はさらに顔を近づけてきた。ここまで近づかれるともはや顔全体は見えない。だがおそらく彼女が見たいの顔ではなく筋肉。いわゆる表情筋と呼ばれる物なのだろう。ここまで近づいたのはその反応を見るため。おそらく嘘をつけなくしたのだろう。
「ねえ。七つの大罪ってなあに?」




