十話 悩んだ者たち
ヴァールの発言にヴォルテスは呆ける。
「力の意味に・・・・悩んだもの?」
彼からしてみればヴァールの言っていることが全く分からなかったからだ。
「そんなもの考えて。悩んだとしてどうなるというのです」
言葉通りことをヴォルテスは考えている。考えたとしてどうなのだ。己が持っているものに意味を持たせることが分からない。それは彼が生まれながらにして。いや、自己が確立されてから周りにそのようなことを考える者が居なかったからこそそう思ったのだ。大竜種は《次元竜 ウルガス》の力を継いでいる種族。つまりは自分たちが持つ力はウルガスから受け継がれた力である。そういう考え方が一般的だ。誰も己の力がどこから来ているのか。なんて悩む者は居ない。いや、悩む必要がないのだ。だがそれは彼が竜だからこその考え方である。だが神獣種は彼らとは明らかに違う。
「悩んでも仕方がないか・・・・・。確かに自分もあやつらが同じ種族だったらいえるだろうな。・・・・だがあれらは明らかに我ら大竜種とは違う。全く別の種族だということなのだ」
そこまで言われてもヴォルテスは首を捻る。
「違う・・・とは?」
「神獣種はな。ある日突然この世界に現れた存在。つまりは《次元竜 ウルガス》と同じ系統樹が存在しない完全なオリジナル素体。なにやらこの世界の動物は混じっているらしいのだが、突然変異というわけではないらしい。それにおかしな話だとは思うのだが・・・・」
そこで切れ悪く言葉を切るヴァール。少し言葉を選びたいらしくそこで切ったのだが。どうやら言葉が見つからなかったらしく、そのまま言うことに決めたのかあきらめた様に口を開いた。
「あやつらは生まれたその瞬間から。つまりは幼体のときから確固とした意識を持っているらしいのだ。それもなぜかこの世界の知識。大まかだが生まれた場所がどこ大陸のどこにあるのか。自分は周りの生物とは少し違う程度のことはその瞬間から頭に入っていたようなのだ」
「・・・・・・・は?」
生まれたその瞬間から確固とした意識を持っている。あり得ない話だ。そんな生物が居るはずがない。というか本当に生まれた瞬間から同じ意識を保っているなんてことできるのか。
「・・・・。まあお前の言いたいことは分からんでもないのだ。自分も話していてそんな生物が居るのか疑問に思う。だが自分が話を聞いたやつはそうだったと言っていたのだ。おそらくはほかの神獣種の者も同じと考えていいだろう」
彼が基準にしているのはもちろんアダルだ。ヴァールもアダル本人からそれを聞いたときは大変驚いた。そして不思議なことも聞かれたのだ。『東京って知ってるか?』と。それは彼なりにヴァールが転生者かどうかを確かめるものだった。まあ実際意味がなく、『なんなのだそれは』と返されてこの話は終わった。その後そのことについては何も教えられることなく、彼も忘れてくれとしか言わなかったからそれが何なのか分からなかった。だがヴァールはこのことからある推察を起こした。
「これは自分の考えなのだが、神獣種。おそらくあやつ等の精神はこの世界で体を構築される前に確立されていたのだろう。それが体ができたと同時にそこに入った」
ほぼ正解の考えをヴォルテスに教えると彼はまた首を捻る。
「その精神が確立した場所とはどこなのでしょう?」
「それは自分も分からぬ。あいつもそれは教えてくれなかったのだ。ほかの奴らに関しては記憶がないと言っている。おそらく体に入ったときに記憶が飛んでしまったのだろう」
正解を口にしていることを分かっていないヴァール。だがこれは彼の言ったとおり、ほかの神獣種が前世の記憶を持たない理由なのである。
「だから聞こうと思っても無駄なのだろうな。唯一知ってそうなやつは知っているが・・・・・。おそらくはそいつも話すことはないと思っていていい」
彼の脳裏に浮かぶのはもちろんだがアダルのことである。共に旅をしていたとき、度々聞いたこともない言葉を発していたことを思い出すヴァール。もちろんそれが何かは聞いたことがある。それに対してアダルは少しだけ答えてくれたのだ。『俺の故郷の言葉だ』と。それ以上は答えてくれなかった彼だが、何らかんだヒントをくれるあたりは彼らしいとヴァールは思った。
「とにかくだ。あまり神獣種たちの生い立ちについて迫らない方がいいだろう。あやつ等の今があるのは力の意味を考えたから。ただそれだけだ」
話が脱線して、無理矢理閉じられる会話。だがヴォルテスの疑問はまだ終わっていない。確かに彼ら神獣種についてもさわりだけは聞いた。だが、疑問については全く答えられていなかった。そして何よりも。
「力の意味を考えたってどういう意味なのかは教えて欲しいのですが?・・・・」
そこから立ち去ろうとしたヴァールの肩をつかんで、さらに問いただす。彼も彼でそこで話が脱線して肝心なところを話せていなかったことを思い出して、少し反省する。
「・・・・・・簡単に言うとあやつ等は自身の力を当たり前とせずに、その力をどういう風に使ったらいいのかを考えた者たちと言うことだ。思考しているときは悩んだだろう。ほかの種族とは違うことで差別されてであろう。だがあやつ等はそれでも今この星のために立ち上がろうとしている。何を思ってそれをなそうとしているのかはわからぬが・・・・・。我らに力を貸してくれる。今はそれだけ分かっていたらいい」
そう話を切り上げると彼は再び歩き出し、あるところに向かう。それは藤色の球体の下。ヴァールはその下で立ち止まり、それを見上げる。
「・・・・・・。今回の殻割りの儀。この時期に行うのだからただで済むとはおもえないな・・・・・。何か重要な儀式になるのかもしれない。そして今回竜玉を受け取るヴィリスも。何か役割をもった存在なのかもしれないな」
そう呟きは駆け寄ってきたヴォルテスの耳にわずかに届いた。
「役割・・・ですか」
「・・・・・・・ヴィリスもまた、神獣種と同じような存在なのかもしれないな」
そう呟くと彼は手に持った資料に目を向け始めた。
「無駄話はここで終わりだ。早くしなければ準備が終わる前に時間が来てしまうぞ」
急かすような言葉でヴォルテスは急に現実に引き戻されたのか顔を青くした。急いで腕時計に目をやると開場まで二時間を切っている。
「青ざめていないでさっさと行動したほうがいいと思うのだが・・・・・」
「分かっていますよ!」
そう言うとヴォルテスは慌ただしくある方向に走っていく。その途中であらゆる資料を持って。おそらく指示するための資料なのだろう。その後ろ姿を眺めてヴァールは溜息を吐く。
「まったく・・・・。慌ただしいやつなのだな・・・」
呆れたように呟くと彼も自分の仕事に手をつけた。ヴァールが行っている仕事。それは会場内の警備見直しである。今回の殻割りは特別な式典。それを邪魔させないようにするために彼はこの会場に強力な結界を張ることになったのだ。
「・・・・・真面目にやらぬとな・・・・」
かれは大母竜から全魔皇帝から接触があったと聞かせている。そのために今回の処置をすることになったのだ。
「・・・・大母竜が恐れるほどの実力を持つ者からの接触。・・・笑い話だったらよかったのだがな」
全魔皇帝の怖さを幼き頃から聞かされていたヴァール。だからこそこのタイミングでの接触になにかいやな予感を感じていた。
「・・・・・無事に今回の殻割りが終わるといいのだが・・・」
自分が想定している最悪の事態が杞憂で終わって欲しいと願う彼はそのタイミングで会場全体を覆う強力な結界を作り出した。




