十八話 ヴィリスの過去
「私のこの世界の母親はね大竜種の女王なんだ」
どこか気まずそうに小さな声で告げるヴィリス。しかしアダルはそこには気にせず、関心していた。
「じゃあ、ヴィリスは大竜種のお姫様ということか」
最後に凄いなと付け加えて彼女に向けて言うと、ヴィリスは複雑そうな顔をして首を振った。
「そんな簡単な話じゃないよ」
明らかに暗い面持ちのヴィリス。その表情を見てアダルはいつもと違うと感づいた。
「私はね、純粋な大竜種じゃないの」
そういうと、彼女の背中から巨大な翼が現れた。その光景にアダルは呆気にとられた。それは正しく、先程会議場でアダルがやった事と同じだったから。
「この翼はね、私が父親から受け継いだもの」
彼女からその言葉が口に出されて、アダルはようやく思考を取り戻し、その翼を観察した。色は彼女の髪色と同じく至極色。その色が光りの反射によって翼を濡れさせている様に思わせる。思わずその翼に触れようと手を伸ばすと、彼女は慌てた様子で翼をしまった。その光景にまた呆気にとられるアダルはヴィリスに目を向ける。するとそこには少し安堵した表情をした彼女がいた。
「私の翼はね、触れてはいけないの」
思い悩んでいるような口調で彼女はその事実を口にした。
「この翼はね、毒があるの。あらゆる生物を死に追いやる猛毒が」
その発言には彼も驚くしか無かった。そして先程の彼女の発言が気になった。
「さっき、その翼は父親から受け継いだ物だって言ってたよな。その翼の形状。明らかに動物の翼じゃ無い。だけど竜の物でも無い。妖精種の物でも無い。吸血種なんて論外だ。それ以外で翼を持つ種族は一つしかない。だったらお前の父親は」
アダルが確信めいた事を口にするとヴィリスは彼に向って笑みを浮かべる。
「やっぱり、明鳥君は気付くと思った。そうだよ・・・」
この世界で翼を持つ種族は複数有ると言われている。大まかな十種族のなかで飛行が可能なの、吸血種。妖精種。大竜種。そして・・・
「私の父親はね、天使種なんだ」
彼女のその発言によって、アダルは内心納得した。と同時にとある疑問も浮かんだ。
「待て、天使種っていうのは翼が純白じゃないのか? それなのにお前の羽根は紫だ。これはどういうことだ」
アダルは思わず疑問を口にしてしまった。その発言によってヴィリスは悲しそうな笑みを作った。
「私の父親の名前はね、サマエルっていうんだって」
「サマエル。確か、終末に世界の悪意ある者達を毒によって殺戮するというあの罰天使のことか」
彼女はアダルの発言に頷きで返す。
「ということはヴィリスは大竜種の力と罰天使の毒を両方持つハイブリットということなのか」
行き着いたその回答を口に出すアダル。するとヴィリスは再び首を振る。
「私はそんなたいそうな者じゃないよ。ただの中途半端な生物なの。大竜にも天使にもなれない」
暗い声で発せられたその声からは彼女の寂しげな感情が溢れてきていた。
「大竜種っていうのはみんなが始祖の《次元竜・ヴリガス》の血を受け継いでいることに誇りを持っているの。だけどそれ故なのか混血の子は大概疎まれるの。大竜種の中でそういう考え方の竜は純血派って呼ばれていて、その竜達によって迫害は行われていった。それは大竜種の女王の娘である私も例外じゃなかった」
「おい、お前は女王の娘なんだろ? だったらなんで迫害されなきゃ成らないんだよ」
彼の中に宿った正義心がそう言わせた。その言葉に対してヴィリスは曖昧な笑みを浮かべた。
「私の兄姉がその中心的な存在だったの。私は逃れられなかった」
彼女の兄姉。ということは女王の子達。アダルは彼女が逃れられなかった事に納得がいってしまった。
「女王は何も言わなかったのか?」
アダルのその質問に彼女は頷いた。
「もちろん母様は注意したわ。だけどそれが逆効果だったみたいで、余計迫害が厳しくなった」
「そうなのか」
彼女の言葉を聞いて呆然とした感じに返事を返す。アダルのその様子を伺って言葉を続けた。
「兄姉達は私や、他の混血の兄姉達に母に見つからないように危害を加え始めたの。それに習うように純血の竜達も混血に危害を及ぼし始めた」
彼女は悔しそうにそれを口にして、アダルの顔を見つめてきた。
「そして、事件は起こったの」
「事件?」
思わず首を傾げたアダル。ヴィリスはその言葉に頷いて詳細を語ってくれた。
「あれは、今から百二十年程前の事。私はまだ兄姉達に逆らう力を持ってなかった。逆らわない私を良いことに彼らは余計混血への迫害を過激にしていったの。ある時は爪をはがされた。四肢を壁に杭で打ち付けられたりもした。一番酷かったのは私を殺して混血の竜達に見せしめにしようとした時。あの時は凄く怖い思いをしたの」
彼女は徐ろに震える体を押さえる様に自身の体を抱いた。
「兄姉達が揃いも揃って私に鋭利な爪を向けながら近づいてくるの。私は怖くなって後退りしたんだけどそれでも彼らは逐ってきたの。もう逃げ場が無くなって私は死を覚悟したの。その時なんだ」
彼女は悲しそうな表情をした。
「この父から授かった毒の天翼が私の意志とは関係無く勝手に広がったの」
それを口にしながら彼女は顔を俯けた。
「私はその毒で兄姉を殺してしまったの。それ以来私は実感した。自分は何も出来なかった事こそが幸福だったんだって」
諦めたような顔つきで彼女はアダルに語りかけた。
「幸いなのかな。母様は私を咎めるような事はしなかった。それどころか謝ってきたの。『守れなくてご免ね』って言いながら私の事を強く抱きしめた。そのことが余計私を罪悪感に落としてしまったんだ。優しい母様に迷惑を掛けてしまったんだって。私は生れてくるべき存在ではなかったんだって」
どこか贖罪を求める彼女の声にアダルは何も言えなかった。
「私はその事があってからすぐに旅に出たの。故郷から逃げ出すようにね」
彼女は乾いた笑みを浮かべながらそう言った。
「王来君に会ったのは旅に出てから十年経ったくらいの時かな。だけど驚いたな。まさか私以外にもこの世界に来ていた人がいたなんてね」
驚いた様子を再現するヴィリス。そんなこの所の言葉を耳にしたアダルはある疑問を思った。
「お前はあの不思議な声を聞かなかったのか?」
「不思議な声? 何のこと?」
彼女が不思議そうな顔で返答するとアダルは思わず息を止めた。
「聞いてないのか? 本当に?」
「多分聞いてないと思うな。私は物心ついた時に記憶を取り戻してたから」
アダルは今度こそ驚愕の表情をした。
「その不思議な声がどうしたの?」
「・・・・・いや、何でも無い」
心配げに此方を眺めるヴィリスにアダルは何も問題は無いかの様に答えた。するとヴィリスは少し暗い表情をした。
「明鳥君は前世とあまり変わらないんだね。やさしい所とか」
突拍子もなく彼女は暗い声でそれを発した。その言葉にアダルは一瞬呆れた表情を見せた。
「変わらなくもないさ。俺だっていくつもの命を奪ってきた」
「だけどそれは人を守るためにやったことでしょ? しょうが無いよ。明鳥君はお人好しだから。見過ごせなかったんでしょ?」
彼女は優しい笑みを浮かべながらそう答えた。しかしアダルはそうは考えていなかった。
「しょうがないっていうのは所詮他人がその行動を肯定しようとする言い訳だ。世の中にしょうが無い事なんて無い」
彼の語ったその言葉がヴィリスは重く心に響いた。
「お前はそれが分かるだろ?」
その問いかけに彼女はただ頷くしか無い。アダルはそこで溜息を吐き、言葉を続けた。
「だからお前の事を聞いても俺はお前を同情はしない。それがお前の重荷になると思うことは俺はしない」
ヴィリスはその言葉を耳にして、少し暗い表情をした。そんな彼女にアダルは「ただ」と言って続きを口にした。
「お前が何かに困ったら助太刀する。それが友達として俺が出来る事だからな」
アダルがそれを口にすると、ヴィリスは目を見開いた。しばらく為ると、その目が潤みだした。
「やっぱりアダル君は優しいね」
「ただの偽善行為だ。気にする事はない」
彼はどこか気まずそうに立ち上がり、天井を見上げた。
「ここまで話したのは君だけなのに。相変わらず鈍いのも変わらないんだね」
そんな彼を見ながら複雑な顔をして自分にしか聞こえない声で彼女はそういった。




