九話 ヴォルテスと少女
祭祀の間では今現在もヴィリスの殻割りの儀の準備が進んでいた。ここでその準備を取り仕切っているのはアダルが世話になっているヴァール。そしてもう一人の竜。彼はこの間自身を慕う弟妹をアダルに仕掛け、その思惑を大母竜に見破られたヴォルテスという名前の竜であった。彼は今回の殻割りの儀の実行委員を任されていたのだ。それはアダル襲撃事件よりも前に。だからここに彼がいて現場を仕切っている姿は何の違和感もない。だが思う者は思うだろう。何故あのような事件を起こした者がそのまま何の罰も与えられずにのうのうと仕事しているのであろうと。だが違う。彼はきちんと罰を受けたのだ。それは本人にとってはとても不本意でとても苦労することになる罰を。
彼はあの一件の後、しばらく謹慎を食らった。それでもさほど反省した様子がないことを感じ取った大母竜はかれにあることを命じた。内容はとても簡単で今回殻割りの儀に参列する神獣種の一体をもてなせという物であった。本来大竜種の成人式に当たるこれを。それも大母竜の血を受け継ぐ者の儀式にほかの種族の者を参加させるのを反対していたヴォルテス。今回も彼は大母竜に抗議の意見と彼女から受けた命令をいやがった。しかしつい先日自身が起こしたことが響いたせいか問答無用で押しつけられた。その際に大母竜の放った威圧は今思い出しても失神しそうになるくらい強かった。そこまでされてノーとはヴォルテスはいえなかった。
彼がもてなすことになったのはアダルが今現在小屋で会っている灰色の短髪大食い少女。最初に彼女との邂逅からヴォルテスの苦労が始まったのだ。
『ねえぇ! お腹すいた! なんか食べ物ない?』
自身の屋敷の前で彼女を迎えたヴォルテスにむかって馬車を降りた瞬間に言った一言がそれである。それにはさすがに彼もというか周りにいた彼の従者も思った。この女は非常識なのかと。だが彼女の目は本気の様子だった。どうやらそういう冗談ではなく本気で初対面の相手に食べ物を要求しているようなのだ。ヴォルテスは一度頭に手をやり、彼女に返答する。
『お前のような非常識な者にやる食料なんて持ち合わせていない! 今は我慢しろ!』
言った。彼は言ったのだ。この目の前の少女に向かい我慢という言葉を。彼女の正体を知ろうともせずに自身の感情のままにそういった。それが彼女の一番嫌いな言葉であることを知らずに。
『ふーーーん! そんな態度とるんだ! あたしお客さんなのに。もてなすつもりはないんだ。・・・・・あーあ、残念。おいしいものが食べられるっていうからきたのに・・・・。それができないんだったらあたし帰ろうかな・・・・』
その発言にヴォルテスは一気に肝を冷やした。このまま帰らせたら自身は無能の烙印を押されてしまう。それだけは回避しようとどうにか言葉を紡ごうとする。しかし己のプライドが邪魔をしてなかなか口に出せないでいた。
『それが嫌だったらさ・・・・・。ねえ、わかってるでしょ? 何か出してよ。食べ物を・・・・』
こっちの心を知ってか知らずか。おそらく知っていてこれを発言しているのだろう。口角が微妙に上がっている。これは明らかにヴォルテスの反応を楽しんでいる。
『じゃないとさ・・・・・。あたし・・・食べちゃうよ?』
彼女の体が震えているように見える。それは恐怖によって震えているのでもない。おそらく怒りでもない。悪寒のたぐいでもないであろう。
『君たちを』
その発言で空気が震える。同時に従者たちも何かを感じとったのであろう。恐怖で立つことがままならなくなってしまい、ほとんどの物が腰を抜かす。そのなかでヴォルテスだけが立ったまま彼女と相対している。もちろん彼女に対して恐怖は抱いている。その証拠に彼の額から汗が滝のように流れ止まらない。
『ねえ。何が良い? あたしがこのまま帰るか。・・・・・君たちが食べられるか。それとも私に食べ物を献上するのか・・・・・。ねえ、どれ?』
瞳はまっすぐヴォルテスの目に向けられている。彼女の目からはハイライトが消えている。いや、そもそも目に光りが宿っていたのかさえ怪しい。今見せられている彼女の瞳からは漠然とした表現になるが、混沌とした何か恐怖を抱かせるような物しか宿っていない。
『・・・・・わかった。今すぐにあなたに食べ物を与えよう』
彼らを食べると言った目の前の少女。つまりは竜を食べられるほど強い存在なのだと言うことがすぐにうかがえた。そんな存在に反抗でもしたらそれこそ彼らは彼女の胃の中に入る結果になる。プライドはそのような高慢な発言をした少女を許さないが、命がかかっている状況ではさすがにそれを捨てざる終えない。それに彼女を代えられるわけにもいかないのだ。それはヴォルテスが使えない存在だと大母竜に認識させる結果になってしまう。これからも大樹城内の中心で生きていきたいと考えていたヴォルテスはそのような判断をして、決断をした。
『ふふーん! 最初から素直にそう言っておけば良いんだよ!』
そう言うと彼女は威圧をやめてヴォルテスに向け手を差し出す。
『よかった。じゃあさ』
今までの威圧やがさつな態度だったのが嘘だったかのような品のある動作とあまりにも急な雰囲気がわかっていくのを感じ取ってい。だが彼の脳が追いつかないのか、ヴォルテスはしばらく彼女を見てフリーズしてしまう。
『エスコートしてくださる?』
悪戯っぽい表情を浮かべる少女は淑女としか思えないほど気品ある行動に出た彼女の姿を見てようやく先ほどまで目の前にいた少女と現在目の前にいる少女が同じ人物だというのを認識したヴォルテスは彼女の豹変ぶりに困惑しながらもその手を取った。
『・・・・・・わかりました。それではまず仲に案内させていただきます』
混乱はしているが、彼はなんとかこの少女を帰らせずに済んだという事に気づき、少し安堵する。
『ふぅふーん! どんな物が出るのかな! すごく楽しみになってきた!』
先ほどの淑女の表情はもうとっくに消えうせ、最初に見せた天真爛漫な見た目に合った笑顔を浮かべている。先ほどの表情のままだったら態度を改めるのになと考えたヴォルテスであったが、もう案内すると丁寧に言ってしまっているのでもはやその手を無造作に離すことはできないという事に気づいた。その後も彼はその少女に振り回される結果になる。プライドの高い彼としてはそんな何者かもわからない相手。しかも普段はがさつな少女をもてなすということは罰としては拷問より苦しいことだと思った。
「何をぼーっとしているのだ?」
資料を持ったまま一方を眺め続けていたヴォルテスにヴァールは心配したように声をかけた。
「・・・・・いえ、少し考え事を・・・」
素っ気なく返すと彼はまた資料に目を向けて以後とを使用とする。しかいs頭が有働にもそっちの方向に向かってくれない。
「・・・・あの。・・・・・・あの女・・・。いえ、神獣種とは何者なのでしょうか・・」
明らかに自分たち竜よりも力を有している存在。おそらく今回招かれたほかの物たちも同じくらいの強さを持っていることが窺えた。それは彼自身がさんざん悪く言っていたアダルも含まれている。結局彼は一人であの巨人を仕留めてしまった。もはや実力は疑う余地もない。
「・・・・さあな。自分もそこは分からぬ。ただ可能性として言えることがあるとすれば・・・」
そこで一度言葉を句切ったヴァールは遠い目をして口を開いた。
「自らの力の意味を悩んだ者たちというのは確かかもしれないとは言えるのではないか?」




