八話 邂逅
ヴァールの屋敷から出発して約六十分が経過したこのとき、アダルは大樹城内を歩いていた。正確には大母竜が管轄する階層にある城内を歩いていると言うべきか。薄暗く、かすかに先が見える程度しか明かりが置かれていないこの通路。彼は何度かここを通った事があるため不安という感情はない。しかし初見でこの通路を通ったら怖いだろうなと考えてしまう。まるで人を不安にさせる通路。そういえば自分も初めてここを通った時は不安だったな思いだし、つい笑ってしまう。
「どうしたのですか? 急に笑い出して・・・」
静かに顔だけで笑ったつもりがどうやら声に漏れていたらしい。今後は急に笑うのも自制しないとなと思い浮かべつつ、彼は口を開く。
「いや、別に。初めてここを通った時のことを思い出してな。そうしたら急に顔が緩んだんだ。気にしないでくれ」
返答すると少年はそうですかと言うとその後も黙って先導してくれた。初めてではない通路。それでも薄暗いことから前に通った時にわからなかった所が見えてくる。それが妙に面白く、目線だけで初見の物を探る。前をいく少年に気づかれないように。それでいて悟らせず、見失わないように気をつけながら。
初見の物は面白いほど見つかる物だ。明かりの燭台の蝋の形が飛龍の形だったり、薄暗く見えづらいが、壁全体が絵画になっていたり。天井にも明かりを入れるためのランプがあるはずなのにそれには全く光がともっていなかったりなど。最後のは何故という疑問のほうが強いが、そこは大母竜の考えがあってこその行動なのだろうから深くは考えないようにした。
「・・・・・・・・・ここです」
急に立ち止まり、手で促されたのは何の装飾もない扉。彼はそれを引き、中に入るように促してくる。
「ここは?」
「アダル様たちの控室になります」
様たちという単語に引っかかる。しかしすぐに中からの気配に気づくと彼は納得した。
「なるほど。俺たちは一か所にまとめられるわけだ」
「・・・・・・ご気分を害されたのでしたら謝罪いたします・・・」
自然と顔が無表情になり、少年の下げられた頭を見つめていた。
「・・・・・・・。俺は別にいいんだが・・・・。これはあの人の指示なのか?」
「・・・・はい。そうでございます」
そうかと返すとアダルは中に入っていく。その際に少年の頭を軽くなでていく。
「なら文句はないさ。中の奴らもきっとそれを了承してここに入ってんだろうし」
手で扉を閉めるように促す。少年は「申し訳ございません」と謝罪の言葉を言うと案外その扉は早くしまった。
中は煙。いや霧に包まれていた。おそらくここも前に大母竜のもとを訪れた時のような外とつながっているのだろうと思われる。アダルは何の恐怖心もなく足を進める。歩くこと五分。霧は晴れ、歩いていたのが庭園だということがわかる。ここは彼も初めて訪れた場所。しかし不思議と初めての気がしない。歩いていくと少し大きめな小屋が見えた。そこからはとてつもなく強い気配が複数放たれていた。
「・・・・・。数は四人。か」
扉の前で中の気配を探ったアダルは一瞬入るかどうか悩む。ここで会ってしまっていいのだろうという風に思ったからだ。しかし彼は決心をして、扉を開ける。瞬間気配は殺気となってアダルに注がれる。
「・・・・・」
おそらく四人合わせての殺気。おそらく本気のものではない。それでも並大抵のものなら瞬時に倒れてしまうほどのすごみ。だがこの程度であったのならアダルにとっては何のストレスでもない。自分の殺気を中に向け放つ。数秒間放ち続けたことでそれは弱まった。そのタイミングで中に入ると気配通り、四人の人間が各々離れたところからこちらを観察していた。一番近くで扉の真横にいすを置いて座っていた黒い髪を短く刈り込んでいる男は一目アダルの姿を見たら興味なさげ目を閉じた。
テーブルで爆食していた灰色の短髪少女も一瞬だけアダルを見たがその後再び食事に戻った。
部屋の隅で縮こまっている黄土色のぼさぼさ髪の少女はアダルの放った殺気のせいで余計に彼のことを怖がり、震えている。
最後に部屋の奥に備え付けられたソファに寝転がっている青髪長髪を結んでいる少年は眠たそうな眼でアダルの姿を確認するとすぐにあくびをして目を閉じ、寝息を立て始める。
「・・・・・」
自由な連中だなという感想が頭をよぎったがそこは口にしないのが大人というもの。各々に目を向けても一向に合わせようとしない。警戒している故なのか。皆が皆人見知りなのか。どっちかは判断しかねる。部屋を見たところ空いている椅子はテーブルのところにしかなかった。そこに座るのかと悩むが、よく考えればそれを適当なところに移動させればいいだろうと思いつき、それを実行に移すことにした。
「入るのならな早く締めてくれないか? そろそろ外の風が不愉快なのでな」
「ああ、すまない」
真横にいた黒髪の青年が不機嫌そうにそういうとアダルは謝罪の言葉を入れつつ、先ほど見つけた椅子のところまで歩く。
「いらっしゃーい!」
「歓迎、感謝するよ」
暴食少女が歓迎の言葉を言いながらも口に物を入れていく。細身で小柄に見えるのにいったいどこにそんなに食べ物が入るのか疑問に思いながらもそういうと少女は口笛を鳴らす。
「ひゅー! イケメンだね! 顔もだけど言葉遣いもだ。だけどそれは作っているものだ。素じゃないんだろ?」
「・・・・・初対面で素の自分を見せるのもおかしいと俺は思うが?」
随分と人の懐にずけずけと入ってくる。おそらくはそういう人種なのだろう。だからこそアダルは軽い反撃をする。それを言うことによって彼は示したのだ。自分はそう簡単になれ合うような性格ではないと。
「まっ! そういう人もいるよね! あたしはすぐに仲良くしたいけど!」
だが彼女にはあまり通用しない様子だった。いや、ある程度は通用したのかもしれない。現にそれ以上彼女は何も言ってこなくなった。
「・・・・・・・」
「・・・・・・くぅ・・・」
「あーんっ! おいしい!!!!! これ!」
「・・・・・ひっ!!!」
「・・・・・・・・・」
この部屋はまさに混沌といえるのかもしれない。おそらく殺気立っているアダルともう一人の男。我関せずといった感じに暴食する少女と爆睡する青年。そしてそんな彼らに明らかに恐怖して縮こまっている少女。何故かこれはこれでバランスが取れているのが不思議で仕方ないとアダルは思ってしまう。
そんな彼はてテーブルからイスをもって、なるべく誰もいない壁側にそれを置いて腰を下ろす。ここではだれにも接触しないほうが吉と考えたから。それに今変に接触してこの者たちの不興を買うのもリスクがあった、折角大母竜に招待されたもの達同士。彼女に紹介されたほうがいい。まあ、後でお互い紹介してもらうのだったらその時初対面でもよかったんじゃないかともおもうのだが。それは言わないお約束だ。きっとここにいる誰もがその疑問を抱いている。
「・・・・・。ああ、あいつはあいつか・・・」
彼にしか聞こえないほど小さな声で囁くように口に出す。今彼はこの小屋の中にいるのが前世では誰だったかを特定している。自分とお同じように神獣種に転生したものは顔つきが前世に似ているという特徴があるのがわかっている。そんなわずかな特徴で彼はなんとだれが前世どのようなクラスメイトだったのかを特定してしまった。そのようなことができるのはアダルが前世の記憶を持っていることからこそできること。だがそれだけではない。本人に自覚はないが、記憶力がいい。それは前世でどのように死んだのかさえ覚えているほどに。そのような能力を持っているのはアダルとヴィリスくらい。だからこそ前世のクラスメイトの顔を覚えているためできることだということをアダルは自覚していないのだ。




