七話 暇
夕時になって、アダルは空割りの儀に参加するための準備を終えていた。後は呼び出しが来るのを待つだけの状態となっている。まあ、準備と言っても風呂に入るだの、歯を磨くなどの身支度を調えただけのような状態だった。一応紳士服には袖を通す可能性がいるため、ワイシャツには着替えており、ネクタイも結んでいる。紳士服にしわが入る可能性があるため、直前で着ようとハンガーに掛けてあるそれに目を向けた。もしかしたら必要がなくなるかもしれないなという思いながら、それから目を外すと彼は背もたれに体を預けて、天井に目を向ける。
「・・・・・・ひまだな・・・」
迎えが着たらすぐに行けるようにと早めに身支度を済ませてしまったため、彼は暇をもてあましていた。普段なら本を読むところだが、生憎と彼はしばらく読書を絶っていた。さすがに活字が嫌になったのだ。いや、これは性格ではない。もう何回も読み返している本を読むのが嫌になった。というのが正しい表現である。彼は自分で持ってきた本はもはや何回も読み返された物ばかり。それに加えて大樹城の中で手に入れた本も読み飽きてしまったのだ。その中には殻割りの儀のマナー本のような物もあったのだが、数回読んだだけで、それが完全に頭に入ってしまった。ヴァールにマナーが正しいのか。どう動くのかを確認もしたのだが、彼からは完璧のお墨付きがもらえてしまったので、それ以上それを読むこともなかった。今更緊張とかそんな物は起きないため、不祥事を行うことはないだろうと思っている。
「まあ、大竜種じゃない俺が覚えたって意味がないんだけどな・・・」
ほかの参加者はマナーがあることすら知らないというのをヴァールから聞いた。大竜種としてもほかの種族にまでそのマナーを強要させようとも思っていないらしい。だからアダルがどう振る舞おうと向こうからしたらどっちでも良いことなのだ。彼がマナーを覚えたのは完全に暇つぶしの一環だったということだろう。
「・・・・さて。何をするかな・・・」
暇つぶしの思考はするがいかんせんこの格好じゃやれる事が限られる。あまり汗をかくような事はできないし、ワイシャツが汚れる事はできない。そのため筋トレのたぐいはできない。自然とおとなしいことに限られる。部屋を見渡すと暇つぶしになりそうな物は確かにある。チェスや将棋に似た盤と駒を使った物から、手先で遊べる物。だが彼はそれに手を出すことをためらう。彼は何というか一人は好きで、一人でもできることを好むことがある。だが、それは他人のいるところではできないのだ。人目があるから、一人でそのようなことをやっていると、友達ができない寂しいやつという風な目で見られるのが耐えられない。だからこそ、それらをやろうとは思わないのだ。
「・・・・・・・ああ、だめだ。何も思い浮かばない。ここは無難に本でも読んでいた方が良いのか?」
思考がマンネリ化していると感じつつ、これではいけないと思って彼は思考を無理矢理変えることにした。
「いったい誰が招かれているのか。っていうのは情報がまったくなかったから予想が難しい。・・・・・やっぱりこれからの戦い方を考えるか?」
これからは光神兵器を使うことがはばかられる。星の意志との会話ではあれはアダル自身の魂を削ることによって使用できるとのこと。それを聞いてしまってはアダルとしても使用を控えざる終えないと考えている。全く使わないわけではないが、これからはそれに頼らないで悪魔種の手先との戦いを制していかなければならない。
「これから一人で戦う場合。の話なんだが・・」
彼の予想が当たっていれば今日。この後にほかの神獣種との面会があるだろう。
「誰が誰か・・・・わかればいいな・・・」
神獣種はアダルらと共にこの世界に転生した物たち。つまりは彼の前世のクラスメイトなのである。幸い彼はクラスメイトとは仲がよかった。そのため今から会うのが楽しみではあるのだ。しかし同時に向こうは前世の記憶を持っていないことを知っているので再開したという感覚を味わえないなと感傷的にもなっていたりしているのである。
「まあ、あっちが忘れていてもまた前世みたいな関係を作れれば良いだけのはなしなんだが・・」
転生して性格が変わったやつもいるかもしれないから、そう簡単にいく物ではない。
「はあ・・・・・。なんでフラウドのやつは記憶のないあいつらを見つける事ができたんだ?」
再び持ち上がる疑問。考えてもわからない。本人に聞いてもきっと答えてはもらえないだろう。
そんなことを考えていると、扉がノックされて数秒おいて開かれた。
「アダル様。お時間ですので伺いました」
現れたのは見た目からして若い竜人。きっとまだ殻割りも終わっていないような少年の姿だ。
「わかったよ・・・・・・」
返事をすると彼は立ち上がって自室から出る。少年はアダルが出るまで扉を開いたままにし、彼が部屋から抜けると音も立てずに扉を閉めて、アダルを先導し始める。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
二人の間には会話がなかった。アダル側からしてみれば別にしても良いのだが、話すきっかけがない。それにこの少年に何かを問うても淡々と返される未来しか見えない。それに何より、アダルは彼にあまり興味がない。だからこそこのように移動中も無言でも大丈夫なのだ。少年側からしてみればお客人に招く立場の。それも下っ端の自分が話しかけるなんてもってのほかである。彼からしてみればアダルは興味のある存在であることには違いない。いろんな経験をしているであろうアダルには聞きたいことは確かにあった。だが今は自身の仕事を全うしようと心がけた。
二人の心中はある意味お互い話かけないという答えでシンクロしている。そんなことを考えているうちに二人は屋敷の外に出ていた。玄関前のエントランスには何台かの馬車が用意されており、アダルはその中の目の前の馬車から二つ後ろの物に乗ることになっている。少年は「しばしここでお待ちを」といって、その馬車に一人で向かっていく。
「・・・・・・。まあ、まだ夜になるには早い時間だが・・・。あっちにつく頃にはそれくらいの時間になっているか・・・」
夕時とは言っても未だに空は青さを保っている。まあこの青さは完全に作り物であるため城の外は薄暗くなっているのだろうなと想いをふける。そんな考えても仕方がないことを思考してしまうのは自分が完全に暇をもてあましているからだろうなという風に思っているからだろうなと自嘲気味に笑う。
どうでも良いことを感あげていると目の前に自分が乗るであろう馬車が現れる。
「どうぞ。ご乗車なさってください」
先ほどの少年が扉を開けて乗車するようにうながさる。その言葉に従うように馬車へ向かうアダル。しかし乗車する手前で立ち止まって少年に顔を向ける。
「・・・・何でございましょうか?」
「・・・・・・。いや、別に何も? ただここまで歓迎されると少し勘ぐってしまうんだ。もしかしたら、このまま車内に押し込めて俺を殺すつもりじゃないかって・・・・な?」
その発言に少年は驚愕したように目を見開く。しかしすぐに真摯な目をアダルに見せて返答した。
「ご冗談を。我々従者はそのような野暮なことは行いません。それも大母竜様が招いたお客人に非礼なことをすることなど。あの方の名前を汚すことと一緒です。私たちはそのようなことはなさりませんのでご安心を」
そう言うと彼は頭を下げると、今度は手で乗車するように促す。
「たしかにそうだな。・・・まあ、この車内で俺を倒せるわけがないのはお前らが一番知っているからまあ、その心配はないか・・・」
「おっしゃるとおりでございます・・」
少年の言葉を聞ききるまえにアダルは馬車に乗り込んだ。少年は彼が座ったのを確認すると扉を閉める。
「・・・・・まあ、車内で俺を殺そうとするなんて。そんなことは思っていないんだけどな」




