四話 黄金の球体
大母竜はこの前アダルと共に訪れた庭園にいた。優雅に紅茶を飲む彼女だが、本来この日、大母竜は休む暇すらないほど忙しいはずなのだ。いくら事務能力に長けていたとしても、今のようにゆったりとしたような雰囲気でお茶を飲めるような時間はできないほどの激務なのだが、今の彼女を見るに忙しさとは無縁な存在なのだろうと思えてくる。
「・・・・・・・・・。この書類は正しく計算されていませんね、やり直しを。・・・・・これの招待状もなっていません。何ですかこの他種族に喧嘩を生むような内容。このような招待状見たことがありません。書き直してください。・・・・・なんでここの料理人は竜達ばかり喜びそうなものばかり作りたがるのかしら。もっと他種族の客人にも食べやすいような献立に直すことを要請しなさいな」
雰囲気だけだと優雅に振る舞っている大母竜であったが、その実手伝いを欲しているほど忙しかった。
「ああ、毎回毎回なんで殻割りに儀の日に限って問題を起こすのかしら。我が子達は。本当に面倒ったらありゃしない。ミリヴァに叱ってくるように言った方がいいかしら?」
そんな忙しい身とも知らないで問題を起こすのは自分が血を分けた一部の息子娘達。大母竜は今そんな彼らに殺意を覚えたが、自身のそんな感情よりも解決策を練った方が時間が無駄にならないことに気づいて彼らのことを考えるのをやめた。
「・・・・・・。数人断られてしまったけど。六人も来てくれるのなら戦力としては期待はできそうですね」
意味深な言葉を吐くと背後に気配を感じたのか少し顔を上げる。
「今この忙しいときに何のようですか?」
『そのように邪険にするでない。これでも余はそなたよりも年上なるぞ』
年を言った渋い声が返される。だが彼女はわかっている背後には声の主などいないことを。
「貴方たちのせいで忙しいんですよ。ならば文句くらい言わせてくださいな」
振り返らずに会話を続ける大母竜は以上に喉が渇いたことに気づくとお茶ではなく、その隣にあった水に手を伸ばした。
『はっはっはっは! 確かにそうであろうな。だがおぬし達が我らを閉じ込めたことがおぬしを苦しめているのではないか』
「残念ながら私はあのとき貴方たちを閉じ込めたことを全く後悔していませんよ? 貴方たちは地上を自分の物のように扱っていた。そのことを嘆いた優しき星の意志様が貴方たちを封印すると決めたのですから」
そう言うと彼女はおもむろに体を伸ばして立ち上がった。
「あなたは私たちの自業自得と言うかもしれませんが、私たちから見れば貴方たちこそ自業自得です。自身の本能に身を任せて地上を種族を辱めた。そのせいで閉じ込められたのですからね」
彼女は椅子の向きを声のする方にむき直して、腰掛ける。そこで初めて声のする黄金の球体に目を向けた大母竜の顔つきはまさに能面のような全く感情を見せないものだった。
『はっはっは! 言うようになったではないか、小娘』
愉快げに笑う黄金の球体に大母竜は含みのある笑みを浮かべる。
「ええ。これでも貴方たちを封印した者の一体ですからね。それに私は今竜達を束ねる女王です。このくらい口が回りませんと」
挑発するように言葉を述べると、彼女の反応を愉快と感じた黄金の球体はまた笑う。
『全くもって愉快だ。余達がいない地上で最強を名乗っていただけのことはある。という訳か・・・』
不意に球体の雰囲気が変わる。大母竜もすぐにそれに気づく。まるで空気全体が重力を帯びたかのように周りが重い。それでも彼女も黄金の球体に負けじと自信の雰囲気を変えた。
『その増長しきった自信。すぐにたたき壊してくれよう小娘』
「やれるものならどうぞ? ただ五百年前。あなた自身がこの私に敗北したことをお忘れなきよう。全魔皇帝」
間接的とはいえ、地上の勢力と悪魔種の勢力。両方の最強が接触した。お互いの威圧市合っているこの空間が徐々に震え始めて、それは地震と思うくらいの揺れになり、そしてついに空間が二人の力に耐えきれずに崩壊を始める。
『・・・・。残念じゃ。この空間がもろくなければ今ここで退かなくても良かったというのに』
「あえて脆く作っているんですよ。その方が後片付けが簡単ですから。下手に堅く作ってしまったらその分片付けが面倒になってしまうでしょう。こう見えて私は面倒ごとは嫌いなんです。だからできれば貴方たちにはこの先ずっと閉じ込められたままだったらと思っていましたよ?」
大母竜がかわいげを見せるためか少しあざとく首をかしげる。そのような態度が気に食わないのか、全魔皇帝は喉を鳴らした。
『くっ! まあ、今は引いておこうかの。だが近々には地上にいる全種族に対して宣戦布告をさせてもらう。そのときこそ我らは地上に戻って、あらゆる生命を虐殺する。五百年も閉じ込められた悪魔種達の恨みは根深いぞ?』
『くっくっく!』と笑い声を上げた全魔皇帝の黄金の球体は徐々に靄のように消失していった。
「・・・・・。これは今夜の式典の警備を強くしていった方がいいかもしれませんね。・・・・・・だれか!」
彼女の呼び声にこの間アダルを接客した従者が彼女の陰より飛び出てきた。
「はっ! わたくしめはここに」
現れると同時に膝をついて頭を垂れる従者に彼女は命令を出した。
「今宵行われる祝典。警備の増強を。それと結界班を集め、会場全体を覆うようにしてくださいな。いいですか?決してどこの誰にも干渉できないようなものにするのですよ。そうでなければ今宵の祝典は台無しになってしまう可能性が出てきましたから」
従者は何も余計なことは言わずに「かしこまりました。大母竜様の思いに答えられるよう努々努力するように伝えます」と言って姿を消した。そのタイミングで彼女はどっと疲れが出たのか背もたれに体重をかけて安静できる体制をしながら遠くを見る。
「まさかこのタイミングで接触してくるとは。・・・・・いやなものですね。こういうとき私は地上の王者として振る舞わなければならないというのは」
誰にも見ていないのをいいことに彼女は普段なら絶対にしないだらしない体勢で弱音を吐いた。
「私には荷が重いと思うのですが・・・・。仕方がありませんね。ほかに任せられる存在などいませんし」
過去。そして今に至っても自分の代わりとなり得る存在は大竜種内では見られない。惜しいところまで行く者もいるのだが、結局はそこ止まりで自分の代わりにこの重責を背負えるほどの人材ではない。それでいったらほかの種族の方がまだ見込みがある。たとえば長生種の長や賢者たち。それに獣人種の王やクリト王国の元国王で今はご意見番のフラウドなど。彼らなら自分の役目を代わりに行ってくれると確信している。その中でもフラウドのことを彼女はとても評価している。人間の国のなかで唯一といっていいほど悪魔種の進行に対して対策をとっているのはクリト王国くらいである。その対策を主に取り仕切っているのがフラウドであることを彼女はわかっている。そしてその対策で確実に犠牲者を減らしている。彼女はフラウドの手腕によって犠牲者を減らしているという事実を評価している。
「・・・・・・・。今の状態でも大変なのにこの役目まで彼に乗せることはかわいそうなのでやりませんが。それにこの責任は地上最強種族を謳う我ら大竜種が追うべき責任ですしね。やはり任せるわけにはいきませんか」
彼女は疲れた様子で天を見上げる。
「まったく・・・・。地上はこの様に大変なときだというのに。天使種は何をしているんですかね・・・・・」
いつまでも動かない天使種に対して不満をつぶやく。しかし独り言であるそれは誰の耳にも入ることなくむなしく消えた。彼女は仕方がなく、ため息をつきながら椅子の向きを戻して仕事に戻るのであった。




