三話 陰竜
ユギルは思考を巡らせる。アダルが誰から殻割りのことを聞いたのかを。しかしどうにも考えがまとまらない。まるでそれについて考えることが妨害されているかのように。
「どうだ? 何か思いついたか?」
まるで思いつかないだろうとでも言いたげな余裕たっぷりな明星を浮かべるアダルにユギルは少し不機嫌な表情を見せた。
「ええ、わかりません。できればヒントを教えていただきたいのですが。」
「ああ・・・・・。だめだな。というかこれに関しては俺もそう簡単に口を割るわけにはいかないんだ。俺のせいで迷惑をかけるわけにはいかないからな」
そう言うとアダルはこの件に関して無理矢理話をおわらせた。しかし、ユギルは止まらない。
「そうですか。それはとても残念です。・・・・・・ちなみに私がその方について調べたらどうなりますか?」
「死ぬな。百パーセントの確率で」
即答された答えにはさすがにユギルも息を詰まらせた。
「まあ、そういう方だってことは覚えておけ。・・・・・・まあ、わかったとしても口にしない方が賢明な判断だ」
そう言うとアダルはユギルの残念そうな表情に目が行った。彼からしてみたら少し興味があっただけなのだが、調べたら死ぬというのを聞かされたらさすがにそれ以上は踏み越えるわけにはいかないというのが残念でならなかったのだ。さすがにその表情を見てかわいそうになったのかアダルはため息をついてヒントくらいは出してやろうと考えた。
「まあ、この場内にいればいずれ会うことになる相手だ。そしてそれは直感でわかる奴だな」
この発言はヒントというか、もはや答えを言っているような者だった。しかしユギルは彼の意図をはかりきれずに首をかしげる。
「・・・・・・・。それはどういうことですか?」
「そう言う奴がいるって話だ。言っておくが、わかったとしても口にはするなよ。自分の命が惜しかったら絶対に口にすべきことじゃない」
「はあ」と曖昧な返事を返すユギルはなんとなくだが彼の意見に従った方がいいと判断し、言われた通りの行動に出ようと考えた。
「そういえばだな。今回大母竜によって招待された奴について、何か情報でもあるか?」
あからさまな話題そらし。しかしこれ以上追求できないとわかったユギルはそれに応じた。
「それが大母竜様が招待された方々についての情報が全く入ってこなかったのです。期待に添えずに申し訳ありません」
「そうか・・・・。まあ、それだけ秘密裏に迎えらたということか・・・・」
そこまで厳重にしてまで迎えたい者達にアダルは興味を抱いた。
「にしても少しの情報も漏らさないのは。さすが大母竜の側近達だよな。主の隠したいことを全く表に出さずに実行できるっていうのは。もし暗殺に特化されていたら俺でも危ないかもしれないな」
陰から大母竜を支えている側近達。陰竜と呼ばれる者達は当然のごとく暗殺も行っている。アダルもそれがわかっていてわざと言った。今も近くのどこかにいる陰竜にあえて聞こえるように。
「・・・・・。誰に話しかけているのですか?」
「いや、独り言だ。気にすんな」
そう言うとアダルはテーブルに置いてある茶菓子を口に運んだ。
「招待を受けた方々のことが気になるのですか?」
「・・・・・。まあ、ないと言ったら嘘になるが・・・。ここまで隠されたんじゃ、どうしようもない。どうせ今夜会えるんだ。そのときのお楽しみにしているよ」
事前にどんな奴らが招待されたのか。それは知っておきたかった。だが、祖0レガかなわないのなら仕方ないなとアダルは内心でそう思うとお茶で口の中の茶菓子を流し込んだ。
「・・・・・・。なんだか私も気になってきました。これほど情報が隠されるほどの方達が招待されたのでしょうか?」
ユギルもアダルと同じような疑問を抱くとアダルは素っ気なく「さあな」と返す。
「アダル様はどのような方々が招待されたか把握されていないのですか?」
「わかりきっていることを聞くなよ。知らないからおまえに聞いたんだぞ?」
その間抜けな質問にはさすがに呆れた。ここまで阿呆な質問をするときもあるのだなとアダルはユギルの年相応なところが見えた気がしたのだった。
「ですよね・・・・。だけどアダル様だったらどのような方々が招待されているのか予想できるかなと思ったのですが・・・・・」
その発言にアダルは思わず吹き出しそうになる。表情も変えずに吹き出す動作もしていなかったため、その事実をユギルが読み取ることはできなかった。
「・・・・・。そんなわけないだろ・・・」
嘘である。ユギルの言ったとおり、アダルは招待客についてはもちろん予想していた。だけどそれはあくまで予想である。だからこそ公にはできないし、外れたときの羞恥がとてつもないことは否応なく予想ができた。
「そうですよね。まあなんの前情報もないのに予想できたらそれはもはや予知ですもんね」
笑顔で言ってくるユギルの表情にアダルは心が痛むのを感じた。正直言ってアダルは前情報を得ていたのだから。彼の脳裏に浮かんだ映像は星の意志の元へ行ったときに見せられたもの。自分と同類と言われている者達のこと。アダルの予想ではあるが、たぶん大母竜に招待されたのはその者達だろう。直感がそう言っている。ただ今回のこれは信用しきれない。何せあの大母竜だ。ただアダルとほかの神獣種たちを合わせるだけが目的ではないはずなのだ。おそらく招待したと言うことはそれなりの危機的状況が迫っていると知っているからの行動なのだろう。それも神獣種一体だけでは解決できないような状況が。アダルとしてもこの予想は外れてほしいと考えている。だからこそむやみに外に漏らせない。言ったら周りを混乱させるだけなのだというのを理解しているから。
「まあ、それができたら俺はもっと強くなっているな。・・・・・いや、もしかしたら予知に頼って今よりも弱くなっている可能性もあるな」
冷静に思考して自分に予知が備わっていた場合。どのような戦闘スタイルになっていただろうかと分析する。アダルの性格からしたら今の発言は完全に的を射ていないなと自分でも思う。だけど予知なんて能力を持っていたとしたら本当に今のような油断をせずに戦えているだろうかと不意に不安になってしまう。
「まあ、そんな能力なくたって良かったんだが」
己の中に巣くう不安心を払いのけるとアダルは不意に立ち上がった。
「じゃあ、俺はこれで」
「もう行かれるのですか?」
カップに残っていたお茶を飲み干し、背伸びする。
「ああ、そろそろ準備でも始めようかと思ってな」
準備という発言にユギルは納得したのかそれ以上は追求しなかった。
「じゃあ、また今夜。その時はよろしく頼むぜ」
「・・・・・。何をよろしく頼まれたのかはよくわかりませんが。お任せください」
「頼もしい」と口ずさむとアダルはその部屋から出て行った。言ってしまうアダルの背中を見送ったユギルは喉を潤すために水を口にする。
「・・・・・・。調べたいけど。情報がなさ過ぎる。それにアダル様は調べると言ってたし」
調べたら命は保証できないと。その発言はおそらく本当のことなのだろう。いくら多少の危険を好んでいても、今回は手をお引いたほうがいいと判断したユギルはあきらめたようにため息をつく。
「さすがにまだ死にたくないし」
先ほどのアダルの口ぶりからしてこの部屋にはその情報を隠そうとする者が潜んでいる可能性がある。だからこそユギルはわざとらしくあきらめたような発言をしたのだった。




