二話 殻割りとは
「大祖父王は今回の式典には参加しないそうですよ」
昼過ぎにユギルと共に取っていた昼食にて。彼はアダルにそう切り込んだ。
「そうか・・・・・。理由は聞いているのか?」
問いかけられたことにユギルは頷くとすぐに返答を返した。
「どうやら、私がいるから今回は向かうつもりはないとのことです」
返された答えにアダルは納得してみせる。つまりは今回の訪問はあくまでユギルにゆだねるということなのだろう。
「了解。ほかに何か言われたことは?」
「せいぜい生き延びろ。とのことですが・・・・」
「ずいぶんと物騒だな」
フラウドいったことに不穏な気配を感じながらもアダルは笑った。
「アダル様。今夜行われる殻割りの儀というのはどのようなものなのですか? 自分はヴィリス様がそれを行うことぐらいしか理解していないのですが・・・」
今夜行われる儀式のことをいまいち理解し切れていないのかユギルは質問する。
「殻割りの儀っていうのは言ってしまえば大竜種の成人式みたいなものだ」
おおざっぱな説明と聞き馴染みのない言葉でユギルはさらに困惑する。
「おまえらの国でも成人するときに行う行事みたいなのがあるだろ?」
「成人式という言葉には聞き馴染みはないのですが、なんとなく言葉からどういうものかはわかります。しかし大竜種にもそのようなものがあるのですか?」
「あるさ」
即答するアダルは一度お茶で口を潤して、説明に入る。
「さっきも言ったとおり、殻割りの儀って言うのは大竜種の成人式みたいなものだ。だけどな、この儀式がそれを行う竜達にとって一生の問題になってくる。何せこの儀式で奴らはその後死ぬまで一生過ごす竜の姿を定められるんだからな」
「っ!」
その発言はあまりにも衝撃だったのか、ユギルは口を開けて呆然としていた。そんな彼に気づいていながらも、アダルは発言を続ける。
「そもそも竜って言う生物は子供の時と大人の時では全く別の生物になる。奴らはそのまま成長するんじゃなく、環境に適合して進化していく生物」
その進化するタイミングが殻割りと言われる。
「殻割りっていうのは言葉のごとく己の殻。あるいは物理的な殻を割って進化すること。その方法は簡単に見えるが、それを行う者達は尋常じゃない体力を消耗する。滅多にないが、これに失敗して質奴らもいる。言ってしまえば危険な儀式ともいえるな」
説明し終えると彼はもう一度口にお茶を含んだ。ユギルの様子を観察しながら。彼は未だに呆然とし続けている。なにやら考えがまとまらないのか目を回せているのかとすら思える。
「ひとつ・・・・・。いや、いくつか質問させてもらってもよろしいですか?」
アダルはただ頷くとユギルは口を開き始めた。
「ありがとうございます。ではまずは一つ目。先ほどの話ですとヴィリス様はまだ大竜種的には子供。ということでよろしいんですか」
「まあ、そうだろうな。あいつは人の姿でしかいないからわからないかもしれないが、殻割りをしていないってことは子供って言ってもいいんじゃないか? まあ、それは種族的なことであって、長寿で知られる大竜種の血を引いているからだいぶ行ってるがだろうが・・・・・・。あいつに俺が今した年齢の話をするのはやめてくれよ?」
焦ったように口に人差し指を当てるアダルの姿にユギルは吹き出しそうになった。
「ええ、しませんよ。それにわかっています。女性の年齢のことを話したら、大変なことになりますからね」
言いながら含み笑いをするユギルだが、どうやらその話に関することの恐ろしさはわかってくれている様子だ。
「さて。それでは二つ目。その命を落とすかもしれない儀式だそうですが。それをヴィリス様に受けさせるつもりですか?」
「・・・・・・・。何を言うかと思えば。この儀式を受けるか受けないか。決めるのは俺じゃない。持つ論おまえでもない。決めるのはヴィリス本人だ。あいつが決めたことを俺がやめさせられるわけないだろ」
一度決めたらやり通す。彼女の頑固さはアダルが一番わかっている。だからこそ行っても無駄だというのも理解しているのだ。
「それともあれか? おまえはヴィリスの意志を無視してまでそんな危ない儀式を受けるのを止めたいと思っているのか? それによって今後あいつがいつまでも殻割りをしない臆病者と竜達に罵られる可能性があるというのに」
アダルの言葉にユギルは息を詰まらせる。確かに危険な儀式だ。だけど竜にとってそれは成人の儀式。それをいつまでも受けないというのは臆病者でいつまでも子供でいたいと思っている軟弱者扱いをされる。今までは外にいたからそのような扱いをされなかっただけで、大樹上内にはそう思っている竜達が少なからずいたのだろう。だからこそ大母竜はヴィリスにこれを受けるように帰ってくるように催促した手紙を何回か送っているというのをアダルは彼女から聞いていた。あくまでヴィリスの意志を尊重するかのように最初の方はまだやらないという彼女の返事を受け取っていたのだとも。だが次第にその声が大きくなったのであろう。それは大母竜も抑えきれないほどに。
「あいつは別に自分だけのために殻割りをしたいわけじゃない。そうだったら得のとうにやっているだろうからな」
「・・・・・・・。他人のために・・・・。ですか?」
アダルは彼の問いに曖昧に笑ってみせる。
「そこまでは俺が語ることじゃねえよ。あいつも語らないと思うけどな」
これでこの話は終わり。暗にそう言われたユギルはそれ以上追求できなかった。正直言いたいことはあったのだが、それを切り上げて次の質問に移る。
「最後になると思うのですが。なんでアダル様は殻割りのことに関して詳しいのですか?」
蛇足になるだろうな。そう思いながらも聞かずにはいられなかった。
「・・・・・・・はあ。その理由。わかっている・・・・・というか検討はついているんだろ?」
あきれ顔を向けられるがユギルは黙って目をそらさなかった。それにアダルが根負けした形で口を開いた。
「聞いたんだよ。というか教えてもらった。この城に住むある竜から」
「・・・・・それはヴァール様ですか?」
「違う」
即答すると彼は明らかに疲れ顔を見せた。
「あいつがそんな面倒な説明してくれると思っているのか? 自分が楽しめばいいと思っているような快楽主義者が優しく教えてくれるわけないだろ」
アダルの主張から完全にヴァールが選択肢から外された。ということはヴィリスだろうかとも思った。彼女ならアダルに今回行う儀式のことを教えていそうだなとも。だけどその場合先ほどのアダルの反応が気になるところである。先ほど彼は殻割りの儀のことを淡々と冷静に語っていた。それもわかりやすく。もしこれがヴィリスの受け売りだった場合、こんなにわかりやすく説明されてもらえただろうか。別にヴィリスの説明の仕方が悪いとは言わない。ただ彼女だったら、アダルに心配させないように、危険な儀式と言うことを隠す可能性があるのだ。だけどアダルはそれを知っていた。もしかしたら彼女はそのことまで言ったのか。はたまた誤魔化して怪しんだアダルが追求したのかと言うことになる。もしくは誤魔化された後に彼が独自で調べた可能性もある。ユギルのかんがえた線としてはこんなものだった。彼はアダルからほかの竜達とは折り合いが悪いというのは聞いていたので、最初からほかの竜に聞いたというのは残していなかったのだ。
「・・・・・。まあ言ってもいいが。たぶんおまえは気を失うだろうな・・・」
半笑い気味に言うアダルの表情は悪い顔になっていた。




