十七話 愚痴
コールドに幾つかの質問をしている内に二人は離宮前にたどり着いていた。彼が扉を開けるように促すと、その令に従って瞬く間に扉は開かれる。その様子を投げてていると、コールドは申し訳なさそうに頭を下げる。
「私めの先導はここでございます」
「ああ、いろいろとありがとう。質問に答えてくれたおかげである程度の疑問は解けた」
アダルが彼に謝辞を述べると、慌てた様子で頭を上げ申し訳なさそうな顔つきになる。
「そのようなお言葉を頂けるとは思いませんでした。私達執事は客人の要望に従う物ですので」
「それでも助かったよ。コールドは物知りみたいだからな。おかげで後でフラウドによる説明という仕事を増やすと言うことはなくなった」
アダルがそれを言いのけると、彼は含み笑いをする。
「それは、良い事をしました。執事として、主には少しでも休む時間を作ることが出来たのですから」
「ああ、あんたは執事の鏡だよ」
二人は少しだけ声を張って笑い出す。その時間はとても短かったが、それでも彼らに友情が芽生えたのは誰の目から見ても明らかだった。
「じゃあな。聞きたい事があったらあんたの元に訪れるよ」
「それは。そうでございますか。ではおいしいお茶と菓子持って楽しみにお待ちしておきます」
言葉を交わして、アダルは離宮内に足を踏み入れた。そのすぐ後に扉は閉じられる。コールドは彼の背中に目を向けながら最後に又、頭を下げた。
離宮内に戻ってくると、アダルは先程フラウドらと話し込んだテーブルに足を進める。数時間前来たときとは違く、周りの景色に目を奪われる事は無かったため少しの時間でそこに辿りつくことが出来た。そこでアダルは呆れる光景を目にした。
「なにやってんだ。こいつは」
それとは前世から二百年ぶりにあったクラスメイトの天梨。いや、ヴィリスがテーブルに体を預けて、睡眠をしていた。アダルはその光景を目にして、まず最初に溜息を吐く。そして徐ろにコートを脱ぎ、彼女に掛ける為に近づく。
「そういえば。前世でもこんなことしていたな」
彼女の寝顔を眺めて、不意にそんな事を思い出す。アダルはコートを掛け終わると彼女の寝顔が見える席に腰を下ろし、しばらく彼女を観察した。一番最初に思った事は寝ていてもその美貌は崩れないのかという驚きだった。大理石を思わせる肌色に少し大きめのまぶた。それだけで彼女が目が大きいことが分かる。それを引きだたせるように長いまつげ。そして筋の通った鼻にぷっくりとかわいく膨らんだ唇から少しの寝息が聞こえる。アダルはそこで前世の事を思い出していた。
「そういえば、こいつは前世でもこのくらいの美人だったよな」
彼の記憶に残っている前世の彼女の顔もこのように美人の顔つきだった。身長も前世とはあまり変わっていない事は最初に会った時に確認していたが、その他の所もあまり変わってないことをアダルは認識した。
「変わっているのは俺と同じで髪の色くらいか」
アダルは自然に彼女の髪に目を向ける。前世の彼女は明るい栗色だった。しかし今の彼女の髪色は艶やかな至極色。その引き込まれるような綺麗な髪をアダルはいつのまにか触っていた。
「!」
自然に出た行動だったため彼は慌ててそれから手を離す。しかしそれが悪かったらしく。彼女は呻き声を上げる。
「ん、んん~!」
徐ろにまぶたを開き、状態を起こしながら背伸びをする。その時に先程彼女に掛けたアダルのコートは彼女の体を離れ、地に落ちた。
「あら?」
それに気付いたヴィリスは座ったままの状態でそれを取り上げる。
「これは・・・・」
寝起きの瞳で有るため、焦点が合わないのかそれを顔の近くまで近づける。
「それは俺のコートだ」
やれやれといった様子でアダルが口を開く。その声を聞いた彼女は驚きで肩を震わせ、咄嗟にそのコートを抱き寄せ、辺りを見る。そこでようやく彼女はすぐ近くにアダルがいることに気付き、顔を赤らめる。
「ごめんなさい。少し眠ってしまったみたい」
「まあ、それは良いんだけどさ。起きたんだったらそのコート返してくんない?」
「へ?」
アダルはコートに指を指して返却を要望Sすると、彼女は一瞬呆けた様な顔をする。その顔のまま顔をコートに向けると、自分が抱いていた物がそれだったと気づき、再び顔を開かれ目、強引にアダルに突き出した。
「にしても意地悪。来ていたんだったら起こしてくれても良いのに」
コートに袖を通すアダルの姿を伺う彼女は恥ずかしそうに目を鋭くする。
「起こしてもと思っただけだ」
彼は何気なくそう言うと、ヴィリスは何か思うことがあったのかフッと息を吐き、言葉をつなげる。
「ねえ、謁見はどうだった?」
少し暗めのトーンで彼女は訪ねる。するとアダルは疲れたように溜息を吐いた。それにはさすがに心配した様子で「どうしたの?」と彼女は聞いてきた。語ろうかと少し悩んだが、もう後には引けないと悟り、アダルはそれを語り出した。
「実はな。国王との謁見じゃなかったんだよ」
「なによ、それ」
くたびれたように背もたれに身を預けながらそう口にするとヴィリスは少しだけ笑いを含みながら思った事を言葉にした。
「案内された場所が謁見の間じゃなくて会議場でな。国王には一応謁見できたが、その後そのまま報告会というのに巻き込まれた。あれは久しぶりに疲れた」
彼はそう言うと、テーブルに倒れるように身を預けた。
「災難だったのね?」
一応は心配してくれてはいるようだが口端に笑みを零れていた米、面白がってもいたようだ。
「全くだ」
口にしながら、アダルが顔の向きを変えて話の続きを語った。
「報告会のはずなのに所々で野次は飛んでくるわ、話は脱線するわであれじゃあ、進む話も進まない」
「そうよね」
「あれは荒れた状態の日本の国会と変わらない」
「そんなになの?」
その言葉に彼女は首を傾げた。どうやらヴィリスはあのような会議のような物には参加したことがないらしい。だから乾いた反応しか出来なかったが、その言葉には驚いていた。
「それは愚痴を言いたくもなるよね」
彼女は乾いたように納得するとアダルも「そうなんだよ」と同意をする。
「ああいう会議のような物は金輪際参加はご免被る」
彼はそれを口にすると、背もたれに体を預け次の話題に移る。
「そういえばな、ヴィリス。お前は何に転生したんだ? 百年以上生きていてその姿を保っているんだ。人間じゃないだろ」
アダルがその言葉を発すると彼女の口端が一瞬歪んだ。彼が百年以上ヴィリスが生きていると知ったのは数時間前の彼女との初邂逅の時だ。その時にフラウドと彼女は口を滑らせた。『百年ぶり』と。その後、彼女は少しでも良い言い訳を思考したが最後には諦めたように溜息を吐いた。
「やっぱり聞き逃さかったのね。正直聞き逃して欲しかったけど」
最後の方は音量が小さすぎたため、聞き取れなかったが彼はそれは気にしない様子だった。
「どうしても聞きたい?」
顎を引き、上目使いで彼女はアダルに問うた。その様子はとてもかわいらしい物出会ったが、アダルはそれに何の反応も見せずに答える。
「ああ、聞きたいね。どうしても無理って言うなら適当な種族と認識しておく」
そこから彼は顎に手を置き、頭を巡らせた。
「下半身が蛸の海人・・とか?」
悪戯な笑みを向けながらそれを言ういうと、彼女は徐ろにアダルの腕を掴んだ。
「それだけはやめて。私が蛸苦手なの分かっているでしょ? 教える。教えるから」
涙目に成りながら彼女は必死に懇願する。
「じゃあ、勿体付けずに教えろ」
「うぅー。意地悪な所は変わんないのね」
そう言うと彼女は徐ろ溜息を吐いて、小さめな声で答えた。
「私のこの世界の母親はね大竜種の女王なんだ」




