四十五話 出生の話し
大母竜の発言にアダルは完全に思考を停止させた。彼女が言ったことが理解出来なかったからだ。彼からしてみれば珍しくその状態が続く。
「それは・・・・・。どういう・・」
思考は止まっているが口は自然とその言葉を発した。なぜか動いた。未だなにも入ってこないことは分かっているのに本能が聞かずにはいられなかった。
「そのままの意味ですよ。私はあの子を魔王種に対抗させるために産みました。わざわざ罰天使の元に赴いて、交わり、あのことを産んだのです」
大母竜の言葉を聞いた後、彼は急に頭が冴え始める。まるでその発言が彼の思考を再開させるためのパスワードだったかのように。
「それは星の意志の指示で?」
「様をつけなさい。と言っても聞かないですね。貴方はあの方のことを信仰する気が無いようですから。そうです。私はあの方から天恵を授かりました。これからくる脅威に備えて罰天使と交わり、子供を授かれと」
思考は完全に再開しているが、感情がうごめいてうまくそれが纏まらない。その間も大母竜からヴィリスの出生が語られ続ける。
「生れたあの子は私より罰天使の血の方が強かった。そのため生れながらに人の姿でした。その時はまだ猛毒の翼をもっていませんでしたが、強力な潜在能力があることは分かっていました。私の血が働いたのは容姿くらいですね。あの子は竜としては異形の姿で誕生した。そのせいでヴィリスは苦悩する人生が始まった」
淡々と物語のように語る。そこには一切彼女の感情が内容に思えた。
「あいつのこと。どう思っていたんですか? いや、どう思っているんですか」
「愛してますよ。それはもう。私が育んだ命。愛していない訳が無いでしょう?」
不思議そうに答える。その姿を見てアダルは一瞬己の中で爆発しそうな感情を必死に押さえ込む。
「愛している。と言うのにヴィリスの状況を放置したのはなぜですか?」
「・・・・・・・・。仕方が無いこと。と言うつもりはありません。あれは私も対応を間違えてしまったことです。それは反省しています。しかしまだ幼い妹を過激に虐待するのは私の想定外のことでした。そしてそのせいであの子は己の能力に目覚めた。結果から言うと虐待していた子達の自業自得とは言え、失わなくてもいい命を失った。ヴィリスに想い十字架を背負わせてまで。私は自分の愚かさを再認識し、どうしようかと考えましたよ。わたしはただヴィリスに優しくする事しか出来ませんでした」
「結果彼女は城を飛び出しました。まだ幼い。そう、人間の姿としても幼い姿で。でも私は引き戻すことなんて出来なかった。あの子のことを考えたら、城の中より、外にいた方が安全だと思ったから」
大母竜の語ったことはおそらく正しいだろう。あのままこの城にいたらきっと彼女は壊れていたとアダルも思う。繊細な彼女はきっと城にいたままだとより罪の意識が強くなる。自分では忘れたくても周りが許さない。常にそう言う目で見てくる。被害者であるはずのヴィリスを加害者として。
「正直言って今回あの子が帰ってくるとは私としても以外でした。あの子はもう帰ってくることは無いと思っていましたから」
「・・・・・・。帰ってこなかったら如何していたんですか?」
険しい表情で聞くと大母竜はカップを持ち上げる。
「無理やりなんてことはしません。そのときは部下からあれを渡すつもりでした」
口を潤した彼女は懐に手を入れてそれを取り出した。
「それは?」
「殻割りの時にヴィリスにいれる大竜玉です。これを入れ、竜の姿となったとき、アンの子は初めて竜として成人を迎える」
大竜玉と呼ばれた球体は藤色に染まっている。そのことからヴィリスのためだけのアイテムなのだと察することが出来る。
「それを使わせるんですね・・・」
「・・・・・。使わせない方がヴィリスのためになることは分かっていますよ。これを入れたらあの子は魔王種との戦闘に参加せざる終えなくなる。私個人としてはこれをあの子にはあたえたくない物です」
そこから大母竜の葛藤が見える。彼女としては傷つけた娘をこれ以上傷つけたくない。しかし竜達を納める君主として。そして星の意志の信者としてはこの世界を守る為に強力な戦力を作らなければならない。彼女は今その狭間で悩んでいる。
「先生の行動が善か悪かは俺には分かりません。結局結果が全て語ると思うので」
「・・・・・貴方は達観していますね。まあそう言う考え方も出来ます。結果が全てですか。それも良いかもしれませんね」
今言った言葉は所詮彼女には届かない。大母竜は大母竜の中で答えを得ているから。アダルが行った事はただの自分の主張だ。
「与えるだけ与えてみましょうか。使うかどうかはヴィリス自身に任せるとします」
すました顔でそう言うと彼女はカップに残った紅茶をゆっくりと飲み干した。
「ヴィリスがどのような決断をしても貴方はヴィリスの意志を尊重するでしょ?」
「当たり前です。俺とヴィリスの友ですからね。無闇に否定する事はしません」
アダルの主張に大母竜はにっこりと微笑む。
「あの子は外の世界で言い出会いを見つけたようですね。この様に言ってくれる友をもつことが出来たのなら母親として安心です」
「・・・・・。そこまで言ってもらえるとは思いませんでした。だけどそのように評価されるのは素直に嬉しいです」
素直に嬉しいと言っておきながらその表情はまったくそうとは感じさせなかった。彼としたら素直に嬉しいが、顔に出すのは自分のキャラ的に違う事は分かっているためあえてその表情を浮かべている。決してその表情を大母竜に見せるのが恥ずかしいというわけでは無いのだ。
「それで今日は貴方にお願いがあるのですよ」
「それが本題ですか?」
ゆっくりと頷くとアダルは肩の力が抜けた。今までのは前座だったのかと。彼としてみたら本題をずっと話していると思って居たのだ。ヴィリス出生の時の話しが前座とは思わないだろう。
「それで? お願いって何なんですか?」
背もたれに体重を預けて態度悪く聞く。大母竜はそれに対して嫌な顔一つせずに答える。
「実は近々、ヴィリスの殻割りの儀を行なおうと思って居ます。と言っても先程言ったとおり、私は渡すだけ。後はあの子の意志ですが、それでも儀式をしようと思って居ます。それはもう盛大に。あの子の兄姉弟妹は勿論、私のコネクションを使って有望な参加者を募って」
「そこまでするって親ばかですか。いや、でしたね」
大母竜の野郎としている事を聞いてアダルは呆れる。一切感情を出さない真顔でそれをやるというのだ。それにはアダルはどのような反応をすれば良いのか分からずに呆れるしかなかった。
「貴方にはそこに参加して欲しいのです。ヴィリスの友人として」
言われた瞬間アダルの体は固まる。
「えっと・・・・・つまりは。俺をその式典に招待するって事ですか?」
「そうですよ? 友人の晴れ姿。貴方もみたいでしょ」
表情から見るに彼女はアダルのトラウマを分かっていてそう言っている。だからこそたちが悪いと思った。
「・・・・・・・。分かっていますよね? 俺が参加したらどうなるか」
「別に問題はないと思うのだけど。貴方の実力は皆が認めている」
「舐められないだけです。俺が参加したら空気が悪くなる」
「元々悪くなることは想定されているのよ。そこは気にしなくても良いでしょう。だけど空気が悪くなるというのは悪い言い方です。もっと良い言い方に変えてくださいな」
なぜか叱られてしまう。叱られて尚アダルの硬直は解けない。しかし崇光だけはずっと働いている。
「これはチャンスですよ? 貴方の認識を変えるチャンス」
その言葉はとても魅力的だった。だけどなぜかうなずけない。
「それとも先程言ったことは嘘ですか? ヴィリスの意志を尊重するというのは?」
「嘘じゃないですよ! 俺はあいつのためになる事をしたいんです!」
彼の主張に微笑む大母竜は決定的な言葉を使った。
「では貴方は彼女の意志がどのくらい強いのか見届けなければなりませんね」




