四十四話 できた従者
庭園の中心にはお茶会などで使われるであろう建物があった。ガゼボと呼ばれるその建物の中に入ると既に燕尾服を着た従者がおり、想定される一通りの準備を済ませていた。半分竜のため性別までは分からないが多分男性だろうということだけ思った。
「適当に座ってください」
そう言った大母竜は従者が引いた椅子に座る。どうしようか悩み、従者からしてみればどの席に座っても失礼ではないかとも考えた。考えた末に話すのならば正面に座った方が話しやすいだろうとそこに座ろうとする。すると従者は速い動作で椅子のハイドに周りそれを引く。
「どうも」
「お礼など不要ですよ。これの仕事のうちですから」
愛想良く答えてくれる従者。その声は低くダンディな物だったから男性である事に確信を持てた。
「お飲み物はいかが致します?」
「いつものを」
従者の問い掛けに大母竜は淀みなく即答する。彼女がいつも飲むものに興味はある。不味い物では二のだろう。だが同じのを頼むのも面白くないと考えたアダルは思い切って聞いてみることにした。
「飲むものは何があるんですか?」
「お客様の趣味趣向を考慮いたしましたからお好みの物は用意出来ると自負しております。種類としてはコーヒー紅茶緑茶。それに新鮮なフルーツを使った清涼飲料も準備できます」
清涼飲料。つまりはジュースも準備可能。それを聞いて内心感心する。だからといってそれを頼むわけじゃないが。
「コーヒーを。ブレンドはよく分からないんであなたがやった奴で結構なので」
「畏まりました。ミルクと砂糖はいかが致します?」
ブラックで良いですと答えると従者は再び畏まりましたと頭を下げコーヒーメーカーの方に向って行く。
「コーヒーですか。私あれ苦くてあまり好きじゃないんです。飲むと寝れなくなってしまいます。昼に飲んでもその効果が消えないから結局寝ないで朝を迎える結果になる事もありましたし」
あまり好き嫌いが無さそうな彼女がコーヒーが苦手だと言う事を呟く。
「意外ですね。むしろ好んで飲んでいると思って居ましたよ?」
彼女に苦手な物があったことに顔には出さずとも内心で驚愕する。
「私は結構好き嫌いが激しいんです。育ちが良いせいかそういうのを選んで食べてきましたし・・・」
「じゃあ喰わずきらいも多そうだ」
苦笑いをして返した言葉に大母竜は困った様に眉を下げる。
「言ったとおり多いですよ。年長の者として恥ずかしいですが」
「良いんじゃないですか? 無理に治さなくても」
アダルはあえて彼女の好みを否定しない。自分もそこまで人のことを言えないから否定出来ないと言った方が正しいが。
「貴方も食わず嫌いが?」
「無いとは言いませんよ。見た目が少し気味が悪いフルーツなどは苦手ですから」
アダルはかつてヴィリスと飲んだジュースのことを思い出す。彼女が選んだジュースはマジックオレンジとブラッドグレープとどちらも見た目が悪い者だった。味が良いのとジュースにしたら目為などは関係無くなるためよく飲まれるのだとか。だが彼は飲むときにその見た目が頭を過ぎるためあまり進んで飲もうとはしない。
「確かにそのようなフルーツを忌諱する方もいますね。正直言って私もあのままでは食べられないの」
「じゃあ仲間ですね」
そうねと返答されると同時くらいに従者がお盆をもって帰ってきた。
「大母竜様。こちらを」
彼女の前に出されたのは紅茶の類いだろう。目の前に置かれたそれは少し甘い香りが強く、真っ正面に座っているアダルにもその香りが堪能できた。甘い香りながらもそれで気分が悪くなるような物では無く、むしろその香りがより紅茶を上品に感じられる。
「アダル殿には此方を・・・・」
自分の目の前には頼んだコーヒーが置かれた。テーブルに置かれたときにそのままの状態で一嗅ぎしたところ、彼はそれだけで飲んだ気分になり、満足してしまった。臭いだけで味がわかったのだ。それだけでコーヒーの味が最高品質であることが分かったアダルはコップを手にして、口にする。その間も今度はクチの中でさきほど臭いだけで感じ取った味を堪能できるのかとわくわくした気分だった。
「・・・・・さすがは先生の従者殿。ここまで美味しいコーヒーを淹れられるのは世界広しといえど限られます。自分もここまでの品質の物を飲んだことがない。一度これを飲んでしまえばもう他の者が淹れた物を飲める自身が無いですよ」
感動のままに自分が言える最高の褒め言葉を口にする。従者はその言葉に僅かに笑みを向けて軽く会釈した後に大母竜の後ろに戻っていった。それがこの和やかな空気感を終らせる合図だった。
「星の意志とあったそうですね」
突如切り出された言葉にアダルは言葉を飲む。
「ええ、この城内で休養していた時にあの空間に呼び出されました」
彼女がなぜ星の意志を知っている事などあえて追求したりはしない。話しが遅れるから。それだけ時間が喰えば肝心なことを伝える時間が無くなる。
「伝えられた情報は?」
「悪魔種の進行が異常なほど速いこと。魔王種の存在の事。そして俺のような存在が他にもいることの三つですよ」
カップを置き、その上で腕を組むアダルの表情は険しい物だった。
「それだけ?」
「ではないですが、重要なのはそのくらいです。あとは・・・・・・・。個人的な事を少々聞きました」
個人的な事。アダルは心底そう思う。前世での死因やヴィリスの事。それらは伝えて良いことなのか分からない。正直言って死因のことは伏せるにしてもヴィリスの事は言った方が良いのでは無いかとは思って居る。しかしその判断がつかない。
「何のことで悩んでいるかあてましょうか?」
不意に飛んできた大母竜の言葉で正気に戻るアダル。だが彼は直ぐにその意識が再び思考に飛ばされる結果になる。
「ヴィリスのことはどのように伝える? あの子が貴方と同じ神獣種の類いとい宇治実をどう伝える? と言う事を思い悩んでいるのでしょう?」
衝撃のあまりアダルはその場で音を立てて勢いよく立ち上がった。その表情は驚きと困惑の表情が両立したなんとも言えない物となっている。
「なんで・・・・。分かるんですか?」
必死に冷静を保とうとしているが、動揺は続く。一向に落ち着ける雰囲気は見えない。
「心を読んだ。と言ったら信じますか?」
一切感情の含みが無い顔。平坦で特徴が無い声質。真面目とも冗談とも聞こえる言葉。それら全てを加味しても彼女がどのような感情でそれを言ったのかが理解出来なかった。
「・・・・・・降参です。俺のなにが到らなかったんですか?」
「あらつまらない。そんなに速く降参されてはこれ以上からかえないじゃ無いですか。もうちょっと粘っても良かったのに」
嘯く彼女は一度ため息を吐き、座るように促す。彼女の指示に従い、チャク生起したのを見計らって彼女は口を開く。
「貴方がよほど言い反応をしたのでそのまま続けてしまいました。言っておきますが私は心が本当に読めます。しかし今はその術は使って居ませんよ。これは星の意志様に誓って言えます」
「・・・・・・・。じゃあ何で俺の考えて居る事が分かったんですか?」
彼女は一度カップに入った紅茶で口を潤した。その時間はまるで技と焦らしているのでは無いかという位に長く感じる。大母竜はカップをテーブルに戻したと同時に真相を話してくれた。
「それは私も星の意志様に聞いたからですよ。あなたに娘のこと。ヴィリスの事を話したからと」
「じゃあ貴方は彼女の事も知っているんですね?」
「当たり前じゃ無いですか。そのために産んだのですから」




