三十九話 対抗策
星の意志から発せられた返答にアダルは溜息を吐いた。それは彼としても聞きたくない返答であったのと同時にスケールが大きすぎて頭の整理が追いつかなくなっていたことから無意識に出た物だった。
『・・・・・・。どのくらい強いのか正確には分らなかったが、全生物が絶滅するっていうのはヤバいな。是が非でも其奴らには地上に出て来て欲しくないが。まあ、無理な話か』
半ばヤケクソで口を動かす。心中もとても穏やかではいられない。何せ彼は分ってしまっているのだ。自分はそんな強敵たちとも闘って、勝利しなければならないと。今からそれを考えるととてつもないプレッシャーに押しつぶされそうになる。
『なんだい? 随分と弱気だね。君らしくもない』
挑発するような発言を受けたが、アダルはそれに言い返さない。何せ彼自身自分らしくないと感じているから。
『そうだな。あんたの話を聞いて少し弱気になってしまったのは事実だ。ったく、敵の正体が分ったのは良いが、いくら何でも強すぎなんじゃないか?』
アダルの言葉に星の意志は愉快そうに笑った。
『同意するよ。まったく彼らの恨みは凄いね。その想いだけで化け物を何体も作り上げてしまうって言うのは。そこまで一途に恨まれ続けると恐怖を覚えるよ。彼らの精神性に』
先程とは違い、最後の方は困った様な声で空笑う。
『それで? あんたは何か対策をしたのか? まあ、今困っているって言っている状況で何かしていたとは思わないが』
返答に期待はしていない。魔王種の出現はおそらく星の意志すら予想外の出来事だった事だろうからその対策をしてきたとは思えなかったから。
『失礼な。僕なりに対策をしてきたつもりなんだよ』
期待してなかったからこそ、星の意志の発言に耳を疑った。
『そこまで驚かないでよ。僕だって暇なわけじゃ無いんだよ』
『信用出来ないな。そもそもあんたは見るからに自分から仕事をやるような奴には見えない』
図星だったのか星の意志は肩を一瞬揺らす。
『そ、そんな事無いよお! さっきも言ったとおり、僕は僕で忙しいのさ。それはもう真面目に働いているんだよ!』
明らかに動揺した上に上擦った声で発言していることからどうやら自分の考えは間違っていなかったのだと判断するアダル。しかし今は追求しても仕方が無いことが分っているためそれ以上なにも言わなかった。そのタイミングで星の意志は咳払いをして話しを戻そうと試みた。
『それで、対策のことだけど。実はもう仕込みは完了しているんだ』
『切り出したって事はそうだろうな。で? 仕込みって言うのは?』
星の意志はおもむろにアダルを指した。
『・・・・・・は?』
自分の後ろに何かあるのかも知れないと振り返ってみてもただ白い空間が拡がっているだけ。もしかしたら遠くから何かが迫ってきているのかと期待してしばらく眺めてみたが何か来る気配はなかった。
『あんた、なにを指してんだよ』
『鈍いな! 鈍すぎるぞ! だからあの女の子の気持ちが分らないのか』
小言を口にして肩を竦ませる星の意志は言葉をつづけた。
『僕が指しているのは何かじゃない。君だよ。君』
その言葉にアダルは数秒呆ける。その後どうにか頭の中にその言葉を入れる事は出来たが理解を拒んでいるように混乱する。聞き間違いではないかと頭を巡らせたりしたが結果は変わらない。何せ指された上で言われたのだから間違いの訳が無いのだ。
『俺・・・・・。俺が魔王種の対策?』
『そこまで言ったら分かるだろ。普段の君なら。まあ今の君は普段とは言えないかも知れないけどね。それに君はどうやら自分のことに対しては鈍くなるようだから理解が遅くなるのかもね』
やれやれと言いたげに首を振ると星の意志はアダルに近付いて拳を胸に当てる。
『言い間違いでも人違いでもない。僕が魔王種への対抗策は君だよ』
ここまでされては彼としてもとぼけられないし、現実を受け入れるしかない。
『・・・・・嘘じゃないんだよな』
未だ頭が混乱している中、無意識に口を動かして紡がれたのがそれだった。
『正確には君たちといった方が良いか。まあ君が含まれている事は嘘じゃない。現実だよ』
『そうか・・・・・』
この辺りからアダルの頭が漸く整理され始める。
『詳しく聞いて良いか? 俺たちと言ったが、俺の他にも魔王種に対抗出来る奴がいるって事だよな?』
『そうだよ。じゃなきゃ態々こんな言い方しない。僕は正直に言っちゃう方だから腹芸とか苦手なんだよね』
星の意志が言葉を言い切るとは映写機を操作して違う映像を流した。
『ぶっちゃけるとさ、魔王種に真っ向から対抗出来る種族なんてのは存在しないんだよ。一部の突出した才能を持つ者達だったら可能性があるかもだけど、絶対じゃない。だからこそ作らなきゃならなかったんだ。新しい種族を』
映像で流されていたのは明らかに既存しない種族の者達ばかり。上半身がミノタウロスで下半身が牛の胴体を有している者だったり、尻尾が蛇になっている巨大な狼だったりと見たこともない生物が映っていた。他にも気になるような容姿の生物も映し出されてい。だが二人だけ明らかに見覚えのある人物が写っていた。
『リヴァトーン』
おそらく今の彼を映しているのだろう。彼はトリアイナを使いこなす特訓をしているようだった。アダルが言葉を失ったのはもう一人映し出された知り合いの姿を見たからだった。
『・・・・・・。お前もなのか・・・・』
悔しさと怒りが混じり合う曖昧な感情が渦巻いた。なぜならアダルはその人物には戦闘に参加して欲しくないと思っていたからだ。その人物は自分も戦うと言ったこともあった。だがアダルはその人に。彼女には闘って欲しくないという想いをそのとき抱いた物だ。
『そういえば君はもう二人とはこの世界で面識があるんだったね』
悪びれる言うすもなく単に興味本位で聞いた事なのであろう。しかしそれが癇に障ったのか大股で星の意志へと詰め寄った。
『なんで。なんで彼女が魔王種への対策されたメンバーの中にいるんだ』
静かに。しかしその場に響くような声から彼が怒っていることは明白だった。それには星の意志も対処を間違えたなと思いながら宥めるように口を開く。
『ごめん! まさか彼女がメンバーに入っていることをそこまで怒るとは思っていなかったよ。これは此方の対処が間違っていたね。配慮が足りなかった』
『そんな事を聞きたいんじゃない! なんで彼女が! ヴィリスがそのメンバーに入っているのかが聞きたいんだよ!』
謝罪したものの、アダルの感情は収まらない。逆にさらに激昂させてしまった。これには星の意志も困った様に頭に手をやる。
『怒るのは尤もだ。だけど話を聞いてくれ。と言ってもこれを聞いたらさらに怒るだろうけどさ』
そう言うと星の意志はその場に座り込んだ。
『別に僕は君たちを選んだとか言うつもりはない。こっちにも選ぶ権利があるんだ。だけど今回はそうも言ってられなくなった。さっきも言ったとおり今この星には正直言って魔王種に真っ向から対抗出来る存在はいない。だから作るしかなかった。だけどそれには一つだけ足りない物があったんだ』
『なんだそれは・・・』
普段だったら考えそうな物だが、今のアダルは怒りで思考を放棄している。そのためにそれを聞いたのだ。
『魂だよ。体は作れる。だけど魂だけはそう簡単に作れる物じゃない。それに僕はそういうのを作るのが苦手なんだ。体を放置して自我を目覚めさせるのも良いけど、それじゃあ時間が掛かりすぎて魔王種に対抗する前にこの星は滅ぼされてしまう。どうしようかと考えて考えて。考えても答えは出なかった。そのタイミングだった。君の元いた世界の星の意志が君たちの転生を願い出たのは』




