三十四話 ある竜の来訪
アダルが竜達から襲撃を受けて三日がたった。あの後どうなったのかというと、彼の使っていた部屋は最早使い物にならなくなったので別の部屋に取り替えても貰った。そのためその後も問題無く休養出来てはいた。しかし竜達の戦闘で、ほんの少しながらも疲労感を覚えた彼の休養はまだ続きそうではあった。あの段階で彼の体調は万全とは言いがたく、むしろ絶不調と言っていいほどだった。幾ら昼間寝過ぎたと言っても夜中の襲撃はさすがに堪えたらしくその後少し風邪に似た症状が出てしまった。やはり自身の能力を使ってしまったのが響いた結果だと言えよう。結界の発動とそれの長時間の維持。それに加えて数々の攻撃技。その全てを使用してしまったため彼の体温は著しく上昇した。普段だったら直ぐに下がる物だったが、間が悪かったようで体力が回復しきらないときに。しかも彼の体が弱っているときの使用なのでそのような症状を出してしまった。
「・・・・・。はあ、・・・・・・・ったく。まさかあそこからますます体調を悪くするとは思わなかった」
寝台の上で腕で目を覆ったアダルはその口から予想外の事だったと疲れた様に声を出す。この言葉から分るように、今回の症状は彼からしても予想外の出来事だったのだ。
「俺の体は再生出来るのに、なんでこういうときはまったく機能しないんだろうな」
彼だって今まで病気を患ってこなかったわけではない。二百年ほど生きて数十回程度だが体調を崩したことがある。そのときの症状はそれぞれだが、ほとんどが風邪と変わらないような物だった。しかしそのたびに再生能力が発動したかと言えばそうではない方が多かった。ウィルスや細菌などでの風邪の場合は発動した。毒やガスの類いでも再生能力は発動した。しかし唯一と言って良いほどその能力が発動しなかったケースも存在する。それは極度の疲労を体にため込んだ時に能力を発動したときだ。そのときの症状は先程から言っている通り風邪と変わらない。熱が出たり、咳き込んだり。たまに胃に入れたものを戻したりするなどがある。だがここで唯一普通の風邪とは違う症状が出てくる。それは異常なほど体温が高くなるのだ。人ではなく、本来の姿が巨大なアダルの体温は人よりも少し高い。人の姿だったらそこまででもないが、本来の姿の場合は触ったら火傷為るほどの体温を彼はもっている。だが調子の悪いときのアダルの体温はこれすら上回る。体温が百度以上に成り、水に触れれば一瞬で沸騰、蒸発するほど高いのだ。
「なるかも知れないって注意していたはずなんだがな。なってしまったよ、熱暴走」
嘆息しながら自身の体温を調べるようにおでこに掌を置いた。本人的には酷かったときよりは大分落ち着いたと自覚しているのだが、実際はまだ人間の状態で六十度近い体温のままだった。この症状を熱暴走と彼は言った。熱暴走とは機械の回路の分野の用語であり、温度が制御出来なくなる現象の事を指す言葉である。確かに彼の症状は熱暴走そのままであるため言い得て妙だとも言える。
「はあ・・・・・。この状態じゃなにも出来ないな。頭もまだくらくらするから本も読む気がしない。ったく、誰か俺の暇つぶしに付き合ってくれる奴はいないかな・・・・」
たしかに風邪ではないため近くにいてもうつすことはない。だが頭に熱を持った状態のため思考力が低下気味で有るため自分でもまともに話せるとはアダルも思っていない。だから今の一個は完全に叶わない願いだと思いながらも独り言ちる。
「まあ、仕方が無い事ではあるよな。ここは黙って休養させて貰うか。ッというか元々そのつもりだったんだけどな。彼奴らが来なければこの症状になることも無かっただろうし・・・・」
呟きながらアダルは何だか段々と怒りがわき出すような様子を見せた。
「本当に間が悪いな。なんでこんな時に襲ってくんだよ。というかなんで襲ってくんだよ。確かにそう言う意見があるのは聞いていたぞ。だからってそれを実行するなよ。反対され鱈そこで諦めろよ。何でそこで粘って本当にやるんだよ。しかも今回の計画の犯人を一緒にいただけのユギルたちしようとしたんだよ。本心はどう思っているか分らないが表向きに彼奴らが俺に殺意を向けるわけ無いって事なんで理解しないんだよ。彼奴らの頭の中は都合の良いことしか直結しないのかよ。もし本当にそれだったら彼奴らの頭は人以下だな。それもこれも若い竜を教育しようとしないここの上が悪いって事だよな!」
早口で博し立てるように紡がれる愚痴。悲しきかなそれは全て独り言にすぎないのである。なにせいまここには彼一人しか存在しない。盗聴されている可能性もあるが、彼が気配を探ったところそれも可能性としては低い事だった。それに別に今のことを気か荒れて不味いともアダルは思っていない。何せ彼は今熱があり、周りから見たら熱が思考力の低下した男が言ったただの戯言に過ぎないのだ。勿論行った事は本心であり、今の音源が公表されたら多少はアダルの立場が悪くなるかも知れないが、そのときはそのときで対処法をもう考えている。
「こんなくだらないことに巻き込んで、俺に全て罪をかぶせようとしてもそうはいかないぞ? あの馬鹿竜ども」
アダルは自分でも気付かなかったが自然と悪い笑みを浮かべていた。
「わたくしの前でそんな下品な表情を浮かべないでくれる? ただでさえあなたの顔も見たくないのに来ているんだから」
完全に一人でいるつもりだったアダルはその声に虚を突かれ完全に体を硬直させた。固まっている間彼は色糸な事を考えた。この声の主は誰かとか。なぜ声が聞こえるほど地下塚入れているのに気付かなかったのかとか。そのような事を頭の中で考えを巡らせている。しかし今の状態の彼では幾ら考えても答えは出ない。何せ脳みそがオアか敷く鳴る寸前まで温度が上昇しているのだ。そのような状態で動かしても急には良い考えなど思いつく所かまともに動かすことも出来ないはずだ。そのような考えに至り、考えてもしょうが無いと思ったアダルは素直に声が聞こえた方。つまりは窓側に顔を向ける。正直言って誰が話しかけてきたのかなんてそんな短時間で分るはずがなかった。開け放っている窓辺に立っていたのは白銀の長髪を靡かせた女騎士を思わせる恰好の人間の女性だった。その姿は誰が見ても美人だと見惚れる容姿をしている事は間違い無い。だがアダルはその容姿を見てもただ眉を顰めるだけだった。
「あんた・・・・・。だれだ?」
高圧的な態度をとっていることから明らかに人間ではない事はわかる。おそらくはこの城に住む竜が人化した姿なのだろうと言うことは察することは出来た。その表情からはヴィリスとヴァールの面影も感じることが出来る事からおそらくは兄姉なのだろうと言うことは分った。ただそこからがまったく分らない。先程の言葉からしておそらく昔逢ったことがあるのだろう。
「・・・・・・・はあ。そうだったわね。わたくしはあなたに名乗りもしていない事をしつねんしていたわ」
アダルの反応に一瞬困った様な表情を浮かべた彼女はす濃い考えて何か答えを得たらしく曖昧な表情を為て頭を抱えた。
「昔、貴方に最初に向って行った白銀の竜。といえばわたくしのこと思いだしてくれるかしら?」
彼女からの問い掛けにアダルは忌々しそうな表情を浮かべた。
「そうかあんたがあの厄介な竜か。今でもあんたの悪夢をみるぞ?」
「そう。それは光栄な事ね。貴方のトラウマになる事が出来たのだから。わたくし的には貴方の夢に出ることなんて不愉快でしかないのだけれど」
お互い言い合いながら睨みを効かせている。人の姿で初めて会った二人だったが、元々の印象がお互いに最悪だったのもあり、殺意をぶつけ合っていた。
「・・・・・。とりあえず名乗っておくわ。わたくしは大母竜の長子。ミリヴァよ。どうせ貴方の鳥頭じゃ覚えることなんて出来ないだろうけどね」
彼女は好戦的な表情でそう名乗った。この瞬間室内は異様な緊張感が支配したのだった。




