三十一話 本気の威圧
ヴァールの鉄槌を止めた右手は徐々にその表面から焦げが剥がれ落ちていった。中から出て来た肌は一切の傷も火傷も見られないほど綺麗な肌をしている。それが徐々に胴体にまで至り、果てには全身から剥がれ落ちた。
「ったく。なんで俺に攻撃を仕掛けてくるんだよ。焦ったじゃねえか!」
嘆息を溢してから起き上がって、彼はあきれ顔でヴァールに文句を入れた。
「お前がいつまでも寝たふりに徹しているのが悪いのだ。そもそもこの様な遊びに付き合ってやる義理もないだろうに」
ヴァールのいった「遊び」という単語に竜達は思わず不愉快そうに顔を顰める。アダルもその単語に反応し、息を漏らす。
「仕方がないだろ。少しでも穏便に行くようと心がけた結果だ。・・・・・・だがまあ、こいつ等の計画を聞いてその考えは改めたがな」
その口からは言葉だけではなく、殺気も間近に交じっていた。それにあてられた四人の竜達は全身から汗が吹き出し、目のが不自然に揺れ出す。
「計画? ああ、こいつ等のやった事を此の屋敷に住む人間達のせいにしようと為たことか。まったく、愚かにも程がある」
「それは同意するさ。昔から若い竜っていうのはたちが悪くて仕方ない。それもこれも古い竜がちゃんと教育しないのが悪いんだぞ?」
やや怒り口調で文句を言うアダル。それにヴァールは乾いた声で笑う。
「それに関して言えば種族的習性ってことで許してほしいものだ。何せ我らの種族は自主性を重んじてる。それは国のトップがそうなのだから変えようもない」
「そこで国のトップを出すのは卑怯だろ。ったく、変わる気は無いのはお前もって事かよ」
何かを諦観したアダルは心底疲れたのかその場で項垂れる。
「おい! 我らの母様を馬鹿にしたな!」
そこで口を出してきたのは四人の内のさわやかな雰囲気を出している男の竜だった。彼はいかにも自分の行なっていることを正義と疑わないと言う性格のためかこれまでは一切口を出してこなかった。しかし大母竜のことを虚仮にされたと思った彼はここぞとばかりにアダルに牙を剥いてきた。
「そうですわ。蛮族の分際で母様を虚仮にするなんて。許される事でありません」
「ははははは! さすがにこれは向かいついちゃうよね・・・」
男の言うことに賛同し出す女竜二人。彼ら二人からは此方に対して完全に敵意を剥き出しにしている。
「・・・・・・。しかたがねえ。これは泥船だが、俺の罪でもあるからな。最後まで付き合ってやろうじゃねえか!」
そういって無骨な竜も立ち上がり、その身から戦意を放ち出す。他の三人の竜より段違いで強い。それにアダルは少し感心する。
「・・・・・・どうする?」
「お前がやりたいようにやれば良いのではないか?」
ここで反撃するのも一つの手だが、それだと過去同様。問題になる可能性がある。それはなるべく避けたいアダルはヴァールに問いを求めた。しかし困って相談したというのに彼から帰ってきたのはあまり参考にならない事だった。それにはアダルもあからさまに方を降ろした。
「っていうか俺なにも言ってないだろ? なんで俺が言ったみたいになってんだよ。お前がなんとかしろよ」
考えてみれば彼は一言たりとも大母竜を侮辱するようなことを発言していない。それを言ったのはヴァールのみなのである。それなのになぜか竜達はアダルが言ったという事にしてきた。
「どうしてもお前を排除したい理由を作りたかったのだろう。このまま物事が進めば裁かれるのは彼奴らだ。それをどうにかして隠蔽したいのであろう」
ヴァールの言ったことに三人の竜が思わず息を呑み込んだ。それから図星である事が確定した。
「まあ、そんな事だろうとは思って居たが・・・・。面倒な奴等だ」
最早何回目か数えるのも億劫になるが、溜息しか出ない。
「如何しろって言うんだと。俺はもうここで問題は起こしたくないぞ?」
「心配するな。そこは自分がフォロー為れば問題無い」
「お前のフォローが信用で気なんだよ!」
アダルはその場で頭を抱えたくなる衝動を必死に抑えてヤケクソ気味に立上がった。
「信じるからな。今度こそちゃんとフォローしろよ?」
意を決したアダルはやや荒い口調でヴァールにそれを言うと、そこで漸く竜達の方に目を向けた。それは鋭い殺気と様々な感情を織り交ぜた混沌と言うべき代物で目のあった者達はその場に倒れそうになるくらい気味の悪い物であった。それに加え彼はそこではあ締め手自身の存在感という物を一切抑える事無く発しだす。
「くっ!」
「な、何なんですの!」
「はははは! こんな奴がいるんだ!」
「化け物だな」
各々アダルとの実力の差をそこで漸く理解した。存在感を表に出すだけでそれを分らせてしまう程アダルと彼らでは大きな差があった。分かりやすく言ってしまえば子供が砂で作った山と富士山くらいの差が彼らにあった。
「へえ、これでも倒れないか。お前らくらいの実力の奴なら普通これだけやれば即倒するんだけどな。さすがは竜って言ったところか。いや、竜だから倒れられないのか?」
種族の本能に助けられたなと付け足すと三人の竜は歯を剥き出しにした。
「さっきから偉そうに・・・。何様のつもりですの! 下等な蛮族の分際で私に指図するなんて。死ぬほど不愉快ですわ」
先程アダルが言ったことが相当気に喰わなかったのかその中から一人。プライドの高い女竜が一歩踏み出して牙を見せ付けてきた。
「ははっ! 俺は本当の事を言っただけだぞ? それのどこが間違いだって言うんだ?」
「間違いだらけでしてよ。私が倒れなかったのは高い実力をもつから。下等生物である貴方の威圧程度で倒れるわけがないでしょう。身の程をわきまえてくださる?」
虚勢だと言うことは直ぐに分る。彼女の体は先程から細かく震えていて、全員から汗が噴き出している。表情もやや硬い。
「言いたいことは分った。つまりは俺がお前等より弱いって言いたいんだな?」
「そもそも竜より強い生物がこの世界にいるわけ有りませんわ。上の世代の竜達はなにをそんなに怖がっているのか分りませんが、私は決して騙されませんわよ!」
そこまで竜に対して誇りを持つというのは凄い事だとアダルは思った。だがそれで他種族を見下すというは間違っている。この世界に生きているのなら種族に囚われずお互い助け合って生きなければならないとアダルは考えている。もしそれが出来ない種族が自分勝手に過ごしていたらほかの種族によって抑圧されるという結果が待っている。それは歴史が証明している事である。ある意味悪魔種は被害者であるとも見れる。しかしその前には絶対的加害者であるからそのような結果になったのだ。
「・・・・・・。はあここまで言っても。これほどまで見せ付けても駄目となると。これはもう仕方が無いよな・・・」
アダルは心底疲れた表情を浮かべて独り言ちる。その様子を不愉快そうに見ていた女竜はそんなアダルに抗議の言葉を吐く。
「なにを勝手に一人で完結させていますの! そもそも下等生物の分際で偉大なる《次元竜》様の血を受け継いだ私達と同じ空気を吸うことすらおこがましいですわ! さっさと失せて二度とその姿を見せないでくださいまし!」
彼女の抗議にアダルは一切耳を傾けていない。彼女の言いたいなど最早耳を貸さなくても分っていたから。彼はそっとヴァールと目を合わせる彼は最早あきらめた様な表情を浮かべてただ頷いた。
「・・・・・。ったく、止めもしないのかよ。本気でやっちますぞ?」
「ちょっと! 話しを聞いていますの! さっさとこの場から失せろと私は申したのっ」
不意に近付いてきた彼女の言葉は最後まで言えなかった。なぜならアダルがその口を防いでしまったから。
「さっきからうるせえよ雌蜥蜴。少しは黙らないと淑女に見られねえぞ。発情期にでも入っているのか?」
普段の彼からは考えられないほど荒い口調のアダル。その瞳からはもはや混沌ではなく純粋な怒りの感情が見れた。




