二十七話 愚かな意見
「それで? 何でその恰好で俺の前に現れたんだ?」
少し話が逸れたのは分っていたのでアダルは自分からそれを戻した。その恰好で現れたのだから話しは二択しか無いだろうというのは分っていた。それでも彼は気になっていた。それはきっと自分にも関わりのある事なのだから。
「分っているだろう。お前の中に封じられている巨人。それについて今まで各階層を納める弟妹。それと大母竜さまと話し合っていたのだ」
「なんだ。考えていた通りか。まあそれも仕方が無いことではあるか。何せ絶賛危機の真っ最中なんだもんな。それでどんなことが話題に上がった? 巨人の倒し方については話し合われたのか?」
ああと返すヴァール。しかしその返答は少し様子がおかしいと感じられる。いつもならしない苦笑いを浮かべながら少し困った様に頭を掻いた。
「その件についても当然の如く話し合われたが・・・・・。少し頭が駄目な奴等がいたようでな。お前を殺してしまえば巨人も死ぬのではないかと言い出す連中が現れたのだ」
言っている最中で呆れた顔を見せる。その様子から言い出したのはどうやら一人というわけではなく複数人いたことを感じとれた。
「言い出したのはまだ齢百も超えぬような半端者ばかり。そのくせプライドだけは高いと来た。同じ種族にいる事さえも恥ずかしいようなひよっこばかりだな」
「そういうな。そう言う奴等を強制していくのがお前ら兄姉だろうが。見捨てることはあの人が許すはず無いだろ?」
「・・・・・。だから困っているのだろう」
会議でアダルを殺せば良いと思って居た奴等はヴァールの様子からして相当多かったのだろう。そうでなければこの様に疲れた表情をするはずがない。
「その意見に同調したの竜達は?」
「若い連中だけだ。お前の実力を知っている。または聞き及んでいる者達は静かにその連中を窘めていたが、納得はしていないだろう」
「そうか・・・・・」
アダルはもしかしたらその意見に同調する竜が若い者達以外にも出てくると予想していたが、それは呆気なく外れた。
「ミリヴァという者を覚えているか? 我ら兄姉の長子であり、次期大母竜候補筆頭の者を」
その問い掛けにアダルは過去の記憶を探る。確かに聞いた事がある名前だ。しかしその者がどのような姿形。顔立ちだったかは正確には覚えていなかった。
「なんとなくだが・・・・。其奴がどうした?」
「ミリヴァは過去の事からお前に相当な恨みをもっている。そんな奴が弟妹を窘めたのだぞ」
恨みを抱かれても仕方が無い事をした自覚があるアダルはなぜ彼女が弟妹を窘めたのかは分らない。想定でしか考えられない。
「どうしてだろうな」
「分っていて聞くのはお前の悪い癖だと思うのだがな・・・」
「俺の考えた事が正解とはかぎらないだろ?」
アダルの答えにヴァールは溜息を吐いて言葉をつづけた。
「きっとお前の考え通りだと思うのだがな・・・・。ミリヴァはお前から弟妹を守りたいのだろうよ。それ以外では考えにくい」
「・・・・・。そうだよな」
アダルの考えた通り彼女の思惑はきっとそこにある。
「ミリヴァはとても弟妹に親愛を抱いている。それはもう過保護なほどにな。弟妹に近付く者は全て排除の対象になる程だ。そんな奴が危険人物であるお前に弟妹を近づけさせたくないのだろう」
その考えも勿論あるだろう。そしてその上でヴァールの言うことが本当であるのならば彼女は他の方法を取ってくる可能性がある。
「俺が彼女に襲われる可能性もあるよな・・・」
苦笑いで告げるとヴァールは直ぐに顔を渋めて首を横に振った。
「それはあり得ないだろうな。ミリヴァは確かに実力者ではあるが、無謀な者とは違う。己以上の戦闘力を有している奴には極力戦闘を仕掛けることはないだろう。なにせミリヴァはかつてお前に敗北しているのだからな」
「ああ。それは・・・・。恨みを買うわけだ」
思わず嘆息を溢すアダルは頭を抱える。
「ったく。お前が責任取れよ。そもそもお前が仕掛けたことだろうが」
窓枠に体を預けて天井を仰ぐ。
「無茶をいうのだな。あのような事を行なったのはお前だ。自分はなにも悪くはないぞ」
涼しい顔をして自身の非を認めないヴァールをキツく睨む。
「お前の責任でもある事を忘れるなよ。ったく。あの人がいなかったら俺はあの時に殺されていた。何度も死ぬなんて御免被る」
「何度も? おかしいことを言うのだな。お前は死ぬことは無いではないか」
その言葉に引っかかったヴァールに突っ込まれるまで自身が失言をしたことに気付かなかったアダルは体を硬直させた。
「・・・・・。言葉のあやだ。それに俺だって不死身じゃないのは理解してんだろ? 死ぬときは死ぬさ。現に何回か仮死状態にまで追い詰められた」
言い訳としては上出来だろうと自分で評価したい。現に本当の事しか言っていないのだ。
「お前がそこまでなる程の敵か。どのような者だったか興味がある」
不敵な笑みを浮かべて彼は続きを要求するような顔つきをした。
「言うのはいいが、近付くなよ?」
「どうしてそのような事を言うのだ?」
彼は真剣な表情をヴァールに向けて言放った。
「其奴は闇そのもの。近付いても厄災しか招かないようなやつだからな」
「・・・・・・。闇か。まさにお前と反対の存在というわけだ。超人がそこまで言う者だ。きっと相当な危険人物なのだな」
ヴァールの言葉にアダルは重く頷く。
「それはそうだろう。何せ奴は今悪魔種に手を貸している。なにを考えてかは理解出来ないがな。きっと巨人もあいつがあの場所に転移させたんだろうさ」
アダルの発言にヴァールの目つきも変わった。
「それは本当か?」
「十中八九」
アダルの答えに彼は天を仰いだ。
「これはまた大母竜さまに伝えなければいけないことが増えたようだ。全く何故この様な面倒事ばかりが起るのだろうな」
「悪魔種がこの地上に戻りたがっているからだろうな。迷惑な連中だ」
ヴァールは嘆息をしながら踵を返して部屋から出ようとした。
「自分はこの事を今から伝えにいく。お前は如何する? 行くか?」
「冗談言うんじゃない。殺されるよ」
「それだけはないと確信できるがな」
それだけ言うと彼は部屋から出ようとした。しかしなにかを思い出した様に足を止めて振り返る。
「大母竜さまからお前に伝言を貰っていたのを忘れる所だった。『近いうちに逢いましょう』とのことだ。あの人から近いうちに誘いがあるだろうからそれは断るなよ?」
悪い笑みを浮かべて忠告を口にすると彼は今度こそ出て行った。彼の発言にアダルは小さく溜息を吐いて困った表情をする。
「別に逢いたくないわけじゃないが。さすがに逢いにくいだろ」
頭に浮かぶのは自身がこの城で起こした過去の惨状。最近夢で見たばかりだからか鮮明に思い出せる。
「あんなことをやったって言うのに俺に会いたいとか。あの人も相変わらず優しいようで。なんやかんだお人好しだよな」
大母竜の事を思い出して思わずにやける。しかしすぐにそれを止めた。
「・・・・・・・・ヴィリス。お前が言っていたことが理解出来た気がするぞ。あの人の優しさがまさか重く感じる日が来るとは思わなかった」
この城内にいるであろうヴィリスに問い掛けるように空に向かい放つ。その表情を少しばかり浮かない物だった。
「あの人のことだから別に俺に恨みをもっているというわけではないだろうけどな。やっぱり逢いづらいよな。まあこうなるだろうとは予想出来ててきたから心構えは決めて来たはずなんだが・・・」
それが少しばかり揺らいでいる実感があった。それをさせている原因も既に分っている。それは罪悪感。ヴィリスと同じようにアダルもまたこの城にて大母竜に対して同じ様な罪悪感を抱いていた。
「なんで俺に会いたがるんだ? 俺はヴィリス以上にあんたの子供を殺したんだぞ?」




