二十六話 警戒の理由
アダルが窓辺で巨人の対策を考え込んでいると不意に扉が開く音がした。
「・・・・・・。ヴァールか。何のようだ?」
入ってきたのはこの屋敷の主人であり、アダルの旧友であるヴァール。彼はいつもより仕立ての良い服を着用していた。しかしアダルはそれには全く触れる事無くなぜここに来たのかという本題を投げかける。それには投げかけられた者も苦笑いをするしかない。
「この場合はまず他に言うことが有るのでは無いか? 例えば礼の言葉を贈るとかするのが良いと自分は思うのだが・・・・」
「ここまで無事に送ってくれたこと感謝する。これでいいか? じゃあこっちの質問にも答えろ。なにしに来た?」
いつものアダルからしたら妙に冷たく、とげとげしい態度を取っている。それが何故なのかヴァールには理解しかねるが、幾つか思い当たる節があるのは確かだ。しかしその内のなにが彼をそのような態度にさせているのかは分りかねていた。
「友を心配して見舞いに来るのはおかしいことか?」
そこでヴァールは純粋な感情を見せる。この言葉を投げかけられて返す言葉などほとんどで存在しない。何せ彼は善意の行動をしていて、それを示しているのだ。それに突っかかるのは野暮というものだ。
「別におかしくはない。だが、その恰好でその言葉を贈られることに違和感があるんだよ」
今まで一切触れられることのなかった服装に触れられて、ヴァールは息を詰まらせる。その反応からアダルは彼が何かを企てていることを察した。
「迂闊だったな。純粋に俺を心配したのならその恰好で来るべきじゃなかった。知っているぞ? その服。竜礼服。主に大母竜と会うときに使う服だったよな?」
ここでヴァールはなぜアダルがここまで自分を邪険に扱うのか理解した。彼の言うとおり迂闊だったと言わざる終えない。まさか彼が竜礼服の事を理解していたとは思わなかった。だから少し仕立ての良い服程度にしか認識しないであろうと鷹をくくっていた。しかし実際彼はこの服のことを知っており、どのような時に使うのかを理解していた。
「今度は俺をなにに巻き込むつもりだ? 巨人の討伐についてなら考えるが、その他のことだったら一つのこと以外断るぞ!」
彼の警戒の目は途切れない。それもそうだ。何せアダルは昔、ヴァールに嗾けられてこの城で大変な目に遭ったのだから。
「いつまで根に持っているのだ。昔のことだろ?」
おちゃらけた態度で乗り切ろうと為る。しかしその態度と言葉をヴァールは間違えた。
「ああ、昔のことだ。だが俺は未だにあの夢を見る。あの悪夢をな」
どこか怒気の交じった声がその部屋に静かに響く。
「トラウマものだ。あれが俺が初めて感じた命の危機だったんだからな」
勿論この世界に来てと最初につくのだが、それは今はあえて外した。何せヴァールには伝えていないのだ。アダルが前世持ちであることを。別に言っても良かったのだが、ヴァールと話して彼は自分と同じではないと言うことが直ぐに分った為話すのを止めた。この世界には転生という概念が存在しない。それは過去旅していたときや、ユギルとの会話で分っている。そんな彼に語ったとしても理解してもらえるとはかぎらない。それに加え、その説明が面倒であった。だからこそアダルは彼にそのことを伝えなかった。
「見るたびに最悪の気分になる。だからお前の持ちかけようとする事には警戒する。当たり前の事だろ。前は安請け合いして酷い目に遭ったんだ」
まさに正論。返す言葉もないし、過去に彼を嗾けたヴァールにはなにも言う権利など有りはしない。だが彼にも言いたいことはある。
「鳥人よ。お前も我ら大竜種からしたらトラウマその者だ。わが妹ヴィリスよりもな」
「・・・・・」
アダルは黙る。彼自身それを自覚しているからこそ。
「分っているさ。だから俺も本来ここに来るつもりはなかった。お互いにトラウマを抉るような真似になるからな」
「それでもお前は来た。それは我が妹ヴィリスがいたからなのだな?」
試すような物言い。アダルは少し返答を考えてから渋々といった様子で頷いた。
「あいつの事情も分っていたからな。一人で行かせるのはどうかと思った。そこで彼女からついてくるように頼まれたんだ」
本当に一人で行かせていたら彼女の心は崩壊していたかも知れない。そこまで位には彼女の心は弱り切っているのが窺えた。だからこそついていくことを了承した。彼女のトラウマの地であり、自身にとっても根深い禍根があるこの場所に。
「その話しぶりからして、お前は我が妹ヴィリスと以前から面識があったような口ぶりだが。一体どこで出会った? 妹が生れたのはお前が引きこもった後だ。出会う菊花絵など無いはずだが?」
当然そのことに気が行くだろうと言うことはアダルの想定内だった。ここで本当の事を話すのもいいが、説明が面倒である。だからこういうときの答えは事前に用意していた。
「要請を受けた俺はクリト王国の王宮に招かれた。そこで会ったフラウドと息が合ってな。直ぐに打ち解けた。まるで親友のようなもてなしかたで接してくれてな。そんな彼から紹介を受けて会ったのがヴィリスだ。なぜだか彼女とも直ぐに打ち解けてしまってな。いろいろと荒事を共にしている内に彼女の事情も知った。弱っている者を見捨てることは出来なかったからおれは彼女の要請をうけたんだ」
少しできすぎで矛盾も存在する説明。それをアダルは全く悪いとは思わずに言いとげた。
「・・・・・・・・ふむ」
今の言葉に何かあるのでは無いかとヴァールも考えた。確かに矛盾も存在する無理やりなところもある。まずアダルがそこまで簡単に人と意見が合って直ぐに仲良くなるのかと言うことだ。ヴァールの知っている限りそれはないと言いきれる。何せ彼は初対面ではまず警戒を怠らないからだ。かつてはそうだった。それなのに出会って直ぐに息が合うと言う事がアダルにかぎって出来るのか。しかも相手はヴァールでも知っている切れ者のもと国王。策謀ひしめく王宮のなかで何十年もトップで有り続けた人物。そのような者と警戒を示すことなく話す事が可能なのか。それはヴィリスにも言えた。彼女は自分が行なった事が行なったなのでアダルと同じように常に周りを警戒。というか怯えている風に接している。誰かを殺してしまうのではないかと自身の能力を怖がっている。そんな彼女がアダルに直ぐに気を許す事はあり得るのか。ヴァールは自身だったらどうかと考えて頷いた。
「そんな経緯があったのだな。すまぬな。どうやら自分は変なことを言ってしまったようだ。そして我が妹が迷惑を掛けたようで・・・」
自身だったらどうかと考えてヴァールは直ぐに打ち解けるだろうと判断した。自身がまさにそれだったから疑う気持ちが薄れたのもある。確かにアダルには人と直ぐに仲良くなれる魔法の力が備わっているのはヴァール自身理解していた。過去共に旅していたときでさえ、彼の意向であまり人とは接する機会を設けなかったが、少ないながらも接していた。旅をする上で絶対に人と接しないことなど不可能だからだ。その中でも最初はアダルの異形さに驚く者ばかりだったが、なぜかそのような者達とも彼は直ぐに打ち解けることが出来ていた。なにがそうさせるのかはヴァールには分らなかったがそれが可能なのがアダルなのだ。おそらく彼は心の底から人垂らしなのだろうという考えにしか至れなかった。おそらくそれによってフラウドもヴィリスも誑し込んだのだろうと判断できただからこそ納得したのだ。
「いや、俺とヴィリスの関係を疑うのは間違い無いことだ。だから謝罪はいらないぞ。俺とお前の仲だろう」
アダルは内心で歓喜した。この様な説明でヴァールを納得させることが出来て。だがそれを顔に出すことはなく優しく笑った。




