二十二話 反撃の対処
自分に向かってくる鱗の顛末は目の前で目撃する事が出来た。詳しく言うなら目を瞑り暇もなかったため、見るしかなかったのが正直な話しだ。自身の腹に直撃するはずだったそれは寸でのところで透明な壁のような物によって阻まれた。それは不思議な光景だった。なにせ直前まで高速で迫っていた鱗の運動エネルギーを完全に0にしたのだ。そんな不思議な事が出来るのは今は隣にいる彼しかない。
「・・・・・・・。さすがに結界は貫通しなかったか。これならあっちの方も安心だな」
額に僅かに出来た汗を拭うアダルの様子から見るに結界を張るのは結構ギリギリだった様子だ。それでも苦労を惜しんで態々張ってくれた。どんな目的があったのかは知らないが、自分を助けてくれたことは事実である。
「私まで結界の中に入れてくれたこと。感謝いたします」
目の前に壁がある事から当ることを避けるため僅かに後ろに下がってから軽く頭を下げた。彼女のその対応にアダルはどこか居心地が娃悪そうに目を細めて反らし、頭を掻き始めた。
「それがユギルとの約束だからな。それを果たしまたまでだから気にするな。っていっても無理だよな」
「殿下との約束? いつそのような事を結んだのですか?」
二人だけになる瞬間など合っただろうかと記憶の中を探っているとそれは確かに存在した。レティアが部下達を説得していた時間が。
「あの時殿下とそのような話しをしていたのですね・・・」
「心配為ていたんだろうよ。君のことは姉のような存在だって言っていたからな。身内の安全じゃない状況に飛びこもうとしていたからこそ俺に頼んだんだろ」
「・・・・・・・。まったくあの子は」
こめかみに手を添えながら言葉を吐く彼女はどこか呆れていた。なぜ呆れているのかはアダルには判断がつきかねない。だが彼女とユギルの間には二人にしか分らないような空気や信頼がある事だけは理解出来る。そうでもなければ親戚とはいえ、自身の護衛を姉とは言わないだろうし、心配だから守ってくれなんてことも頼まない。今のレティアの反応も呆れながらもきちんとユギルの思いを受け取ったのか少し嬉しそうに見えた。まあこれはアダルの主観が入っている物で、正確に彼女がなにを思って居るかは分っていない。しかしいつもは殿下呼びしているのに今は「あの子」と言っている当たり、案外自分の考えは当っているのかも知れないと考える。
「まあ、礼を言うんだったらユギルに言え。あいつがなにも言わなかったら俺は態々助けようとは思わなかったかも知れないからな」
自分でもあり得ない事を口にしている自覚はあった。目の前で失われようとしている命を見捨てることはアダルには出来ない。だがレティアはきっとアダルの事について詳しくは知らないだろう。主に人柄などは。アダルがお人好しの部類と言う事は彼女にはバレていない。だからこそ言える事だって存在する。もし彼の人柄を分る人物に言ったとしても笑い事にしかならない。それはあってはならない。今だけは、彼は今言ったことがジョークだと言うことを気付かれてはならないのだ。判明した瞬間にユギルの言葉が一気に軽くなってしまう。彼の言った言葉にかけた想いがレティアの中で響かなくなってしまう。それだけはしてはいけないのだ。そう考えるとアダルは今は自分を詳しく知るものがいなくて良かったとすら思って居る。今自分が言ったことを笑い事にしない為に。彼女が生きていられるのはユギルの判断が正しかったと思わせるために。ユギルの想いが重くなるように。
「あいつはこの攻撃をどうしのいだかな?」
ヴァールの方を向くアダルの言葉は全く心配という物をしている様子はなかった。彼ならこの無差別攻撃を受けたところで問題ないだろう。
ヴァールの様子を目にしたところ、彼は大してダメージを負ったような事は無かった。背中の大砲を切り離したことによって俊敏性が上がったのか、高速で隙間無く迫りくる鱗の槍を回避していた。回避しきれないと踏めば腕の大砲で処理をして隙間を作るといった動きを見せている。あんなに高速で迫った来る攻撃に正確に攻撃し、しかも破壊に成功していることにレティアは関心した。
「アダル殿もあのような動きが出来ますか? 私はまずそこまで速く動くことすら不可能なので無理ですが」
「・・・・・・・・・。無理だな。俺にはやれない事だ」
少し考えた末にアダルが答えたのは自分には出来ないという否定。一瞬その言葉に思考が停止して反射的に彼に顔を向けようとしたがそれはなんとかしなくて済んだ。何回も何かあるたびに彼に驚いた表情を見せるのは恥ずかしいという想いが咄嗟に生じたために出来た事だった。自分にも羞恥心があったことは意外だがそれに従って良かったと思うレティアはアダルの言葉を待った。
「高速で避けることは可能だろうさ。いつもやってることだからな。目にも自信が有るから迫り来る攻撃を見切ることも可能だろうさ。だがあそこまで細かい攻撃に対処する技を俺は持っていない。あったとしてもあそこまで細かい攻撃に一つ一つに正確にあてる技術を持っていないからな」
アダルの技は確かに威力があり、見た目も派手だ。しかし本人が言うとおりそれは技術が伴っていない。数撃てば当る物や速ければ避けられないという考えの元作られたものばかりといって過言ではない。何せ牽制用の光弾は無駄撃ちが多い。敵に当る事無く地面に直撃している弾がほとんどであり、当っている弾など全体に三割ほど。それを数で補っているのだ。
「俺が見せた切り札の技もな。光速だから逃げられないだけだ。当れば必殺だからどうやってあてるかを考えた末に、速ければ避けられないという馬鹿な考えに至って作った技なのさ。あれに技術なんて言う物は一切使っていない」
自分で言っていて少し悲しくなったのかその声は最後の方は少し小さくなっていた。勿論それは本人談で有り、光神兵器を使う際に器用さを発揮している。というかテクニックを持っていなければ光神兵器を作ることさえ難しい代物なのだ。投げるにしろ放つにしろ、相手に当らなければどんなに速く撃ったとしてもそれは意味を成さない。少なくともアダルには正確に的にあてる位の技量を持っていなければ成立しない技なのだ。
「そう考えればあいつは一番自分に適した姿になったわけだ。一発も無駄に出来ないあの兵器をあいつは文字通り無駄にしないで活用できるからな」
「あそこまで正確に狙い撃つ技量を持っているからこそあの姿を選べたと言う事なのでしょうか?」
そこでレティアは有る疑問を抱いた。喩え知識があったからといってなぜヴァールはあのような姿なのだろうかと。そこに目が行ってしまうと彼女は不思議で仕方が無くなった。
「ヴァール殿はなぜあのような姿になれたのでしょうか? 殻割りという物が大竜種にあるのは知っていますが、それによってなれた物なのでしょうか?」
彼女はアダルに気になった末に問うた。その質問にアダルも困惑した様に眉を下げる。
「俺もそこまでは知らない。ただ昔あいつに効いた話しだが、殻割りの儀っていうのはそれを行なう者の能力が最大限発揮出来るように適した体になると言うことは聞いた事がある。ヴァールの場合はあの半機械生命体の姿が適した姿だったって話しなんだろ。どんな姿になるのかは殻割りが終るまで周囲の者達も。勿論本人も分らないらしい。誰かに姿を与えられるわけじゃないからな」




