十八話 不調の理由
『わかりきっていたことだが硬いな。さすがは鳥人とあの騎士が手こずるだけのことはある』
砲火を続けるヴァールは思った事をそのまま口にした。だが口にした声からは全く負の感情という物が感じられず、むしろ喜びのような物があった。
『これほど優れた的はないだろうな。幾ら撃っても壊れない無限に撃てる的。そう言う物は早々現れる事が無い。だからこそ撃ちがいがあるという物だ!』
普通の物だったら心が折れるだろう巨人の皮膚をヴァールは嬉々として受け入れた。何故そのように考えられるのか不思議思うかも知れないが、これは案外単純な花井で、彼は常に娯楽に飢えていた。これは大竜種全般にいえる事だろうが、彼らは他の種族より明らかに大きい力を持っている。そしてそれ故に、心がけていることがあった。この力を無闇に周囲の物に振うことは悪であると言うことを。だから自身の力を使うことを極力控えているのだ。しかしそれを使えるときが来たとき、彼らは必ず初っ端から全力で使う。しかしそれでも尚強すぎる力によって、大抵の敵はその初撃で打ち負かしてしまうのだ。ヴァールもそんな経験を過去に何度もしてきた。つまりは全力で闘ってしまえば一撃で倒してしまうような敵にばかり全力をぶつけていた。それによって溜まるのは一撃で倒れてしまう相手への鬱憤と自身の高まった興奮を収める際に生じる不快感。これは溜めていても仕方が無いのは彼自身分かっている。しかし自分が本気になれば地形を変えることすら可能であると言うことも理解しているためか、溜めるしかない状況であった。
『これほど自分のストレスを発散出来る的があるということが、これほど嬉しいと思った事は無いぞ!』
だからこその彼は笑うのだ。自分にとって都合の良い相手が現れたと言う事は彼に取っては良いことでしかない。しかもそれが自身の力を使うべき相手であるなら尚更。
『さあ、存分に楽しませてくれ! この溜まりきっていた鬱憤を! ストレスを全てはき出させてくれ!』
ヴァールは砲火の中笑う。全ての負の感情を巨人相手にぶつけながら。その様は最早悪役にしか見えない。戦闘狂という部類はとっくに超えていた。
「・・・・・・・・・・・・・。あれがヴァール殿の本来の姿。強大なる大竜種の力ですか・・・・」
その姿を遠くから観察していたレティアは呆然と為ながら、その力に圧倒されていた。
「また変な竜になったもんだ」
ヴァールがどのような殻割りを果たしたか分からなかったアダルはその姿に呆れた表にから笑いをした。
「アダル殿もあの姿は初めて見たのですか?」
「そうだな。前にあったときはまだ殻割りをしていなかったからな。なんであの姿になったのかは俺も知らないが。変わったやつだよ。本当に」
言葉の最後に「俺には言われたくないか」と自嘲気味に苦笑いをするアダルにレティアはどう反応すれば良いか困惑した。
「君はどうする? あいつの戦いを見学したいのならここにいた方が良いと思うが。間違っても攻撃に参加するなんて言わないでくれよ」
提案するアダルの表情は明らかに疲労が残っていた。彼のその様子にレティアは疑問に思った。何故ここまで疲労しているのだろうかと。確かに最初にこの巨人へ最初に対処したのはアダルである。その過程でどのような事をしたのか不明だが、光の効かない巨人に対して攻撃ポイントを作り、それでいてそこを執拗に攻撃したのだと言うことは知っている。移動中にアダル本人から聞いたのだから。しかしそれだけの攻撃で果たして尽きてしまうような体力なのだろうかという疑問が彼女にはある。体力お化けであるレティアはあのような膨大な魔力と体力を消耗するような技を連発して、まだ余力を残している。つまりは何故その程度で体力を使い果たしてしまったのかを理解出来ていないのだ。
「私もあの中に突っ込むのは勘弁したいのでここで大人しくヴァール殿の戦いを見学させていただきます。それと効きたいのですが。何故そこまで疲労しているのですか? 正直言いますとそこまで体力を使うような事をしたとは思えないのですが・・・・」
彼女は思っていたことはそのまま聞いた。それはもう不思議そうに首を傾げながら。彼女の発言にアダルは少し驚いた様に目を見開かせた後に、少し困った様に笑った。
「・・・・・・・。本当にそうだな。君からしたらなんて事無い攻撃を俺はしておいて、早々にバテてしまった。不甲斐ない限りだよ。本当に」
苦笑いを浮かべながら自嘲気味に自分を酷評するアダル。その態度にレティアは反応をしなかった。彼女が聞いているのは理由であって自己採点ではない。それを真っ直ぐな目でもって伝えた。
「・・・・・・・・・。別に理由は大した事じゃないぞ。俺があのまま戦闘に参加しなかった理由なんて」
「それでも聞きたいですね。私の意見でしかありませんが、あの程度の戦いでバテるというのは明らかにおかしいことです。もしアダル殿にそれしか体力が存在しないのなら、あの悪魔種の手先と戦えているはずがありません」
そこまで分かっているのなら言わないわけには言わない。というか言うしかないだろうとアダルは思った。
「別に隠すつもりはなかったんだがな。ヴァールにはバレたことだし、君が俺の行動に疑問を抱くのも無理ない事だろうしな」
別に後ろめたいことでもない。正直に言っても支障は無いだろうとアダルは先程ヴァールに言ったことと同じような事を話す。ただ彼と異なるのはヴァール程アダルの状態を理解していないであろう彼女には寄り詳細に自分の状態がどういう状態にあるかをいう事を話した。
「そんな状態で闘ってイラしたのですか・・・・・。ですが一回の戦闘でそこまで消耗する物なのですか? アダル殿の本来の姿は巨鳥の姿。その姿でいることが苦であるとは思えないのですが・・・」
「当たり前だろ。元の姿にいるだけで消耗するんだったら、そもそも闘えるわけがない。俺が今バテているのは俺の切り札のせいだ」
切り札という言葉が引っかかり、どのような技があっただろうと記憶を探ったレティアは直ぐにどのような物か思い出した。
「あの左腕を光の投げ槍にしたあの技ですか。あれは凄い技でしたね!」
言葉にするレティアは少し興奮状態でアダルを賞賛した。その反応に彼は少し困惑しながらも彼女の興奮が収まるのを待った。
「と、取り乱しました」
数分もすると彼女はようやく自身の状態を察して落ち着きを見せた。そのタイミングを待っていたアダルはそこで漸く続きを話した。
「別に良いさ。それでさっき言った俺の切り札。光神兵器なんだが、別に君が見たあれだけがその名を冠しているわけじゃなくてな。複数あるんだ」
先程取り乱した反省からか、彼女はアダルの言葉をなるべく途切れさせないために口は挟まずに頷きだけで反応している。
「まあ映像か何かで身たのだろうが、ご覧の通りとてつもない威力を発揮する技なんだが、当然の如くデメリットも存在する。それは一度使ってしまえば、最低でも数日はまともに戦闘することが出来なくなるんだよ」
「それは・・・・・・。それほど消耗の激しい技と言うわけですか?」
レティアの問いかけにアダルは頷く。しかしそれを何故今自分に伝えたのだろうと。考えた彼女はそこで漸く思い出した。
「・・・・・・・・。すいません。この様な質問自体が駄目なことだったんですね」
レティアは心底申し訳なさそうに頭を下げて謝罪をした。
「別に俺は気にしていないさ。この質問もいつか来るかも知れないと思って居たことだしな」
彼は心底気にしていないように軽く返す。その言葉からも表情からも、仕草からもそのように思って居るとしか思えないように行動している。だからこそレティアは自分の短慮を呪った。この様な事をさせてしまった自分を許さなくなった。
「それよりもあいつの戦いを見ろよ。今凄いことが起りそうだぞ!」
アダルの言葉で顔を上げて、促されるままにヴァールの方を向くとレティアの顔からはは思わず冷や汗が噴くような事が起っていた。




