十七話 ヴァール出陣
アダルの告白を聞いたヴァールは納得した様に数回頷き、静かに息を吐いた。
「まったく。自分の事は顧みずにいつも他人の為に闘う。そういうお人好しのところは変わっていないのだな。安心したぞ」
彼はアダルに優しく笑みを向けた。その顔を見てアダルはそっと顔を逸らした。一見真正面から褒められて恥ずかしくなったのかと思うだろうが、彼の目は汚物を見るような目をしていた。
『そんな顔するな。お前が笑ってると昔を思い出して吐きそうになる。だからその表情を今すぐ辞めろ』
顔を逸らしている上に、顔の前で両手を重ねてヴァールの表情を完全に阻んだ。それ程にアダルにとってのヴァールの笑った顔はトラウマ物なのだ。
「さすがにそこまで拒絶の反応されると、自分としても良い気分はしないのだが・・・・」
『だったらその顔を今すぐ辞めろ。お前の笑顔は幾つか種類があるのは知っているが、俺に取っては全部がトラウマなんだよ! ・・・・・・・・・・・っ!』
必死に顔の顔を見ないように抗議していると突然全身を虚脱感が襲いかかった。
『・・・・・。すまん。残念ながら俺はここまでだ。前回の戦いで結構手痛くやられたのだ痛かった。さすがにこれ以上闘う力は残っていないらしい』
苦しそうに語るアダルの体は明らかに異常な状態になった。体の発光している箇所から光が漏れ始め、腕や肩などからは光の粒子が飛散していき、最早形状を留めることすらできていない。
「そこまで酷いのか・・・・・・。仕方が無いな。自分もお前に何かあったら手伝うと言ってしまったしな。その約束は守るとしよう」
嫌々ながらもヴァールは漸くこの戦いに参戦してくれる事を決意したようだ。アダルはそれを聞くと微かに笑い、人の姿に縮んでいった。
「じゃあ、後は頼んだ。お前があのデカ物を消滅してくれことに期待してな」
「ああ、任されよう。それと自分の本気は些か周りに被害を出してしまう。近くに仲間の物がいると闘いづらいのだ。悪いが、彼女は連れて行ってくれないか?」
「そんな事は分かっているさ。元からお前が出張ればそうするつもりだった」
そうだったのかと頷くと、ヴァールは深く溜息を吐いた。
「できれば鳴りたくなかったが、本気でそうも言ってはいられないな。鳥人が使えなくなってしまった以上、自分が出るしかないな。大樹城を守る戦力は今、自分しかいないのだからな」
「当てつけを言って無いで、さっさと竜になりやがれ! 時間が惜しいんだよ!」
竜になるのを渋るヴァールにアダルは急かす言葉を浴びせる。それを聞き、ヴァールはまた息を吐き、ゆっくりと頷いた。
「わかった。良いだろう。しかとその目に刻め! お前と別れた後到った自分の真の姿を!」
遂に諦めて、吹っ切れたのか彼は仰々しく声を上げると懐から何かを取り出した。それは炎のように輝く宝石だった。彼はそれを一度上に掲げると、それを勢い良く胸に押しつけた。押しつけられた宝石は胸部に吸い込まれる。それと同時にヴァールのからだが変化し始める。彼の周りを真っ白な膜によって覆われた。次の瞬間その膜は巨大化し、楕円の形になった。それはまるで巨大な卵その物。巨大化して数秒も経たないうちに膜に皹が入り、そこから竜の物と思わしき、鋭い爪が備わった手が突き出された。その手によって膜は破壊され中にいたヴァールが姿を現す。
『さあ! 刮目せよ! 我こそは大母竜より生れし暴力の化身! 超戦機砲竜ヴァールなり! 我が無限装弾の砲撃でその鱗。全て打ち抜き、丸裸にして見せよう!』
白い膜から出て来たのはサイボーグの様な出で立ちの竜であった。その鱗は亜麻色だが、機械的な輝きを放っており、背中には巨大な砲門が4門。両腰に一門宛。腕にも二門ずつ配備されていた。そのような重装備で空中で姿勢を保つのすら困難であることは容易に想像出来る。しかし彼は持ち前の二対四枚の巨大な翼で飛翔していた。
『久々にこの姿になるが。威力が衰えていることを期待するではないぞ!』
巨人に向け啖呵を切るその姿は正しく不遜で傲慢な竜その者。しかしその態度から彼は過去にも自分より巨大な敵と戦って勝利しているのだろうと言う事が窺える。それは根拠がある自信であり、彼に取ってはしばらくこの姿にならなかったといって巨人に負けるつもりはないという表明であった。
「また厳つい姿になったな」
その姿を初めて見たアダルは呆然と為ながら、思わず本音を口に出した。
『そういえば、お前も自分のこの姿を見るのは初めてであったな。どうだ? この姿を見ての感想は』
「格好良いんじゃないか? 砲門を何個もつけているのは中二病感が詰め込まれている感じでいいと思うぞ。お前のその機械と生物のハイブリットなサイボーグな感じも、自然に出来ているから全く違和感がないしな」
聞き慣れない「中二病」や「サイボーグ」という単語に一瞬首をかしげたが、その他はおおむね彼を褒めていたのは分ったから、ヴァールはそのことを直ぐに忘れ気分を良くした。
『そうかそうか! この姿をそのような高評価をしたのはお前くらいだったが。いやはや、これは相当気分が良いな!』
からからと愉快げに笑うヴァール。だが、その間に巨人はこれまでで一番大きな動きを見せていた。突然横から激しい突風が吹き荒れた。
「うおっ!」
『・・・・・・この風。何か嫌な予感がする』
神妙な声で言い放ったヴァールの予感は直後に的中したことが分った。なんと巨人の体が先程よりも高くなっていた。そしてゴゴゴゴゴと地鳴りの音も前後の四箇所からも聞こえてきている。そして今自分らを襲った激しい突風が再び、彼らを襲った。その感覚は三十秒に一回のペースで繰り替えされられた。それから導き出される結論は簡単に導かれる。しかしその到った結論にヴァールはらしくなく舌打ちを鳴らし、アダルは最早溜息しか出なかった。
『本当に時間が無いな。このままだと飛んで行かれる。その前に仕掛けるとするか』
「俺は今すぐにレティアを回収することにする。こんな状況で役立たずで済まないな」
アダルはそれだけ言うとレティアは向かった方向に飛んでいった。
『別に謝る事でも無かろう。お前はお前で出来る範囲のことはしてくれた』
彼には聞こえていないが、ヴァールはアダルに賞賛の言葉を贈り、そっと視線を上げた。
『このまま逃がすとは思わないことだな』
言い終えると彼は腕の砲門を巨人に向けた。
『全砲門、巨人の腹部鱗にロックオン!』
その言葉と共にヴァールの目が赤く光る。背中と両腰の砲門は彼の言葉通り自動的に巨人腹部へ向けられた。
『放て!!!!!』
腹から叫んだであろうかけ声は直ぐに消えた。いや、正確にはより大きい音によって聞こえなくなった。ヴァールの砲門全てが火を吹いた。砲撃一門でも放てば声など聞こえなくなるほど大きい音を発する。それが十二門全て同時に撃たれればその場は発砲の轟音に支配されるのは当然の事。
着弾音は十二箇所それぞれで僅かにズレてくる。しかしそんな事など気にする暇も無いほど速く次の発砲音が重なった。
次々と絶え間なく撃たれる砲弾によってヴァールの周辺と巨人腹部は轟音と白煙が支配した混沌とした空間と化した。そんな空間の中でもヴァールは口を動かして何かを言っていることだけは分かる。
その内彼は白煙の中を目をこらし、何かを確認為ると腕の砲門の角度を広げて先程とは違うところを狙い始めた。それと同時に彼は地上と完全に平行になるような体勢を空中でなった。その体勢になったヴァール自身は気付いて否と思うが、自然と口角を上げていた。




