十五話 レティアの実力
「ッ!? なるほど。先程のアダル殿が言ったとおりの硬さですね。剣の力も効きません。光が霧散する時に脱力感も覚えますか」
『・・・・・・・・。俺の話を信じていなかったのか?』
剣を弾かれたレティアはその場に光の足場を作っていたこともあり、落下せずにいられた。そして直ぐに先程アダルがやったのと同じように考察を始めたのだった。そんな姿に呆れたのがアダルだった。まさか彼女が自身の手の中から飛び出して、いきなり攻撃を仕掛けるとは思いもしなかったのだ。
「別に信じていなかったわけではありませんよ。こういうのは自分で確かめたい筋な物で」
悪びれた様子もなく彼女は淡々と言ってのけた。その態度にこれ以上なにも言えなかったアダルは溜息だけ吐いた。
「確かめてみて分かりました。確かに巨人の肌の硬さは確かに以上ですね。まるで鋼鉄でできているかのように」
『実際鋼鉄のような物質で構成されているんだろうさ。高熱で溶けたからな。お陰で俺の腕は酷い目に遭ったが』
先程の事を思い出して苦悶な声を上げる。
「熱には弱いですか。確かに鋼鉄のような物質で構成されているなら弱点ですね。他の弱点もありそうですね。試してみましたか?」
確かに鉄には無数の弱点が存在する。一番はなんと言っても錆。所謂腐食に弱い。
『だけど俺は物質を腐食させるなんてできないぞ』
「分かっています。私だってそんな事はできません。ここにリヴァトーン殿がいれば話しは別だったと思いますが。生憎といませんしね」
『あいつの塩化の力は何にでも使えるからな。まあ、トリアイナがなくても水を使えるから腐食させることは可能だろうが。それでも直ぐに腐食するわけじゃないからな。やっぱりトリアイナが必要って事だな。だがここにいない奴の事で嘆いていてもしょうが無いだろ。それよりもこいつの足をどうやって削ぐかを考えようぜ』
アダルの言うことが尤もである。いくらこの硬い肌を対処出来る存在がいたとしてもここにいなければそれは意味が無いこと。今はそんな事に時間を費やしているときではない。何せ巨人は進行を始めているのだ。動きはのろく、先程より数十メートルしか動いていない。それでもアダルがつけた傷のことなど何でも無かったかのように動いている。このまま進行を続けさせれば、数日後には傷が癒えた状態で世界樹の到達されてしまう。それだけはなんとしても避けなければならない。
『他の対処法を考えるか・・・・・』
「・・・・・・。方法はありますが、使い手がいないですね・・・」
二人は自ずと焦りをおぼえ始めている。対処法は存在するが、其れを実行することができない。時折思い描く最悪の結末が脳裏に過ぎる。それによって余計に焦りが増していく感覚もあった。
「・・・・・・・。もう力尽くで行きますか」
いくら考えてもいい対処法が出ないと悟ったレティアはそんな無謀な事を言い出す始末。
『力尽くって言ったって。その剣は使えないだろ? どうやって力ずくで巨人の皮膚を削るんだよ』
呆れた様子のアダルは思わず頭に手を添えた。その姿を見て尚、彼女は真っ直ぐと何故か自信満々に言い放つ。
「先程攻撃した際に巨人の肌は鱗の様に重なっていることが確認できました」
『それは分かっている。俺の目はそのくらいなら捕らえられる。でもその鱗状になっていたとしてもどうなんだ? お前の剣は俺の力が宿っている。触れただけで力が抜けるんだろ? 鱗の隙間を狙うんだろう算段なんだろうが。そこで剣の力を使えないとなると威力も中途半端になって、ただ弾かれるだけだぞ』
アダルの言っている説明はほとんど正しいことを言っている。彼女の算段は鱗の隙間に剣を滑り込ませて、鱗を切るという物。しかしそれは無謀だとアダルは理解している。
『それにこいつの皮膚はとても厚い。表面だけ硬いって訳じゃないんだぞ!』
実際問題、巨人の肌を溶かすとき。アダルでさえ少しの時間を要した。厚さにして五十センチくらいの厚みがあったのだ。そんな厚い肌を切り落とすことなど、アダルでさえ不可能だと言える。
「そうですか。それは困りましたね。・・・・・・・・ですが私は自分でやってみないで不可能だと言いたくないし思いたくないんです」
それでも彼女は実行することを躊躇わない。誰もが失敗すると思えるその方法を試すと譲らない。こういう頑固で自分を曲げない相手にはなにを言っても駄目だと言うことをアダルは知っている。だからそれ以上はなにも口に出さないことに決めた。なにを言っても駄目なのだから、どうしようと対処ができないから。ふと、そんな姿が前世のフラウド。王来と重なった。
『もしかして・・・・。そう言うことか』
何故重なったのか。それは直ぐに分かった。彼女もフラウドの血縁関係。つまりは王族であるのだろうな言う考えに到ったからだ。違ったとしても彼にまつわるに何かと言う事なのだろうと。
『頑固なところまで似るもんかよ』
レティアにアダルの呟いたそれはもう聞こえていなかった。彼女は目を閉じて、集中力を高めていた。彼女の様子から見て、一切の無駄な情報を遮断しているように見える。
「私の実力。見ていてください。アダル殿」
そう言うと彼女は目を開き、剣を体に隠すように構えた。するとレティアの体からオーラが漏れ始めた。青く彼女を覆うように漂うそれは明らかにアダルの与えた剣の力では無い事が分かる。これは彼女自身から漏れ出している生命エネルギー。一般に魔力や霊力などと呼ばれる力。それは普段見えることはないが、レティアの体からはそれが拭きだして見える。それは生命エネルギーの練度と質が高いから起こりえる現象だ。これをできるだけで彼女の実力は最早人の域を超えている証拠とも言える。
『人間辞めているんだな』
思わず思った事をそのまま口にした。それは当然ながら彼女の耳にも届いているのだろうが、そのくらいで動揺などはしていない。無駄な情報として切り捨てているのは見ていて明白だ。
「ふぅぅぅぅぅ!」
深く空気を吸うと彼女はもう一度目を閉じて前進を力ませる。彼女から吹き出している生命エネルギーは剣に吸われるように流れていく。その剣はアダルがかつて与えた物だが、今はそこからアダルの力は一切感じられなかった。
「・・・・・。はああああああああああ!!!!!!!!」
瞬間かけ声と共に彼女は剣を振る。それはアダルでさえギリギリ追えるほど速く振られた。衝突すると同時に剣の刀身が姿を現したが、傍目から見て振っている最中は彼女の生命エネルギーで染まった閃光しか見えなかったであろう。次に金属同士が衝突する甲高い音がその場に響く。そしてそれは長く続いた。剣と巨人の肌は衝突している。やはりその硬度は容易く突破できる物では無い。しかし彼女は剣を推し進めた。なんと鱗の隙間に刃を潜り込ませることに成功していたのだ。
『なるほど。そうするのか』
彼女の剣からは常に火花が散り続けていた。レティアがやっている事は巨人の肌を削ること。どこの世界では鉄を切るのは当然ながら鉄。それは変わらないらしい。彼女がやっているのは剣に纏わせた生命エネルギーを周辺で高速回転と超振動を起こして、それで巨人の肌を削ると言うこと。これはアダルの前世の世界で鉄を切断するときに使う工具と同じ仕組みだ。しかしそれを見て疑問が浮上した。何せ彼女がやっている事は前世でしか無かった技術。それなのに彼女はそれをまるで当たり前のように使っていた。それは何故なのか。
「はああああああ!!!! うぎゃああアアア!!!!!!!」
声と共に力を振り絞って彼女は剣を振り抜いた。
「・・・・・・・・。やっぱり厚いですね。半分しか削れませんか」
息を上げた彼女は今の攻撃で削った切り口を見て苦悶な声を上げた。




