十一話 相性最悪
『ったく! なんだよこいつ!』
アダルにしては珍しく焦りと苛立ちを含んだ声が零れた。彼の目の前には澱んだ色をした物体が塞がっている。その生で太陽の日が地上に届かず、辺り一面は真っ暗な状態。アダルからしたら最悪な条件が揃っている。そんな中でもアダルはある程度は戦える。何せ背中の翼が存在するのだから。そのため普段の彼ならそんな悪態をつくような事はしない。だが今はそれを吐いた。それは何故か・・・・。
『何つう堅さだよ! しかも俺と相性最悪じゃねえか!』
言葉を吐き捨てると同時にアダルは腕に光を収束させると、それを肥大化させた。片腕だけでアダルト同じ大きさまで行くようなその巨腕を振りかぶって澱んだ物体。巨人の体にぶつける。衝突した瞬間、凄まじい轟音が空気を震わせながら拡散する。
『チィ!』
衝突したその箇所。そこには今攻撃したはずなのに一切の傷らしき物が身当らなかった。その事実に舌打ちを鳴らすとアダルはさらに腕に力を込めてもう一度振りかぶろうと試みる。しかしそれは出来なかった。拳を巨人の体から離そうとしたその瞬間。未だ僅かに力のベクトルが巨人側に寄っていたまさにそのとき。アダルのその肥大化した腕が飛散したのだ。それによってアダルは僅かにバランスを崩す結果と成り、空中姿勢を保てなくなって、僅かに落下する。
『ッぶなっ! いな、おい』
なんとか体勢を立て直してそれ以上降下を防ぐ。それでも先程いたところよりも50メートルほど降下していた。この日何度目かの悪態をつきながらもアダルは先程から続けて様に巨人の巨体に目を向ける。
『本当に相性が悪いな。俺の光の攻撃がまったくもって通じていない』
実際アダルは先程から何回かこの巨人に効く攻撃がなんなのかいろいろ試していた。いつも多用する光弾。雷撃。光線なども試してみたが、どれも当るだけで巨人の皮膚に傷をつかせていない。それに加えて、何故か光の攻撃は直撃儀後すぐに霧散してしまう。だがそんなマイナスなことばかり分かった訳でも無く、有用なことも存在する。それは先程の肉弾戦でアダルが確証を事である。
『なんて言うかさっきから攻撃してて分かってたことだが。恐ろしく堅いな。皮膚全体が馬鹿みたいに高い硬度をもつ鋼鉄のようだ』
アダルはなにも自身の攻撃が効かず、自棄になって意味も無く巨人に攻撃を仕掛けていた訳ではない。勿論有効な攻撃を探るのもあったが、巨人のその皮膚がどのような材質なのか調べる為もあった。普段ならやらないことだが、今回の相手にはそれが必要だったから。何せ自身の光が通用しない相手だ。そのような相手と闘う時どうするのか。人それぞれだろう。アダルの場合は徹底的に相手を調べ上げるというのが先程の問いへの答えだった。
『光の攻撃は全部駄目。光が触れると霧散するか。それにあの堅さも厄介だ。殴るだけで腕の骨が全部粉砕されかねない。さと、どう対処するか』
アダルは巨人を観察しながら考察をし続ける。今の段階で効果が見られない光での攻撃は選択肢から外した。光神兵器だったらもしかしたらどうにかなるかも知れないがあれは最後の手段であり、ここぞというところでしか彼は使う気が無い。それに彼の手札は未だに多い。一番多用していたのが光系のワザであっただけで他にもあらゆるワザをもっている。彼は自分で自分の性質のことをしっかりと理解している。天輝鳥の名の通り、空に輝く物だったら何でも作り出すことが可能。まあ、半分は光系のものだが。しかし天空で輝く物の全てが全て光で構成されているとは限らない。
『鋼鉄の皮膚か・・・・・・。もしかしたら熱には弱いかもな』
可能性で話しを進めているが、彼の中でのその可能性は低いかも知れないという疑念も存在する。何せ先程雷撃も浴びせたが、それ程効果が見られなかったからだ。
『まあ、まずは確認はやってみてだな』
そこまで考えた後に彼はやっと次の行動に移った。上昇し、巨人に急接近する。そこまでのスピードではないが、落ちた距離も近かったのもあって直ぐに着くことが可能だった。
『さて、まずは確認だ。熱での攻撃。効いてくれよ?』
アダルは徐ろに目を瞑り、両腕を力ませる。するとアダルの両拳が発光を始める。しかしそれは今までの発光とは少し違っていた。今までは電球が光っているような青白い光だったのに対して、今の発光は赤黒い物だった。
『・・・・・、ぐぅ! やっぱりこれきらいだ』
苦悶な声を上げながらもそれを続けていると、赤黒かった両手が発火した。そして発火した炎はしばらく赤色だったが、しばらくして黄色になった。黄色い炎の温度はおよそ3500度。鉄の融解が1500度であり、ここまで炎の温度を上げる必要は無かったはずなのだが、アダルは一応黄色の炎をあえて出した。理由としては単純で1500度程度ではこの鋼鉄の皮膚を溶かせないのではないかという直感のような思考が頭を巡ったからだ。
『これで溶けてくれよ? これ以上温度上げるのはご免だ』
炎の両手で鋼鉄の皮膚に触れる。瞬間水分が蒸発した時の様な蒸気が触れた箇所より吹き上がる。アダルの視界が白い蒸気に阻まれた。しかし手の感覚が伝えている。
『これは有用』
思わず笑いが交じってしまった。それもそうだろう。何せアダルはこの巨人に対して初めて傷をつける事が出来たのだ。勿論それだけで巨人に勝てるわけでもないし、戦況は未だ自分が不利だと言うことは変わらない。それでも巨人に対しての弱点を一つ発見出来たのは嬉しかった。何せ今まで攻撃してきた中で、今初めて巨人に明確なダメージを与えたという実感が持てたから。
『面白いくらいに溶けていくな!』
嬉々とした声で言葉が紡がれる。この瞬間にも巨人の皮膚は溶けていく感覚がある。何せ、先程より手が皮膚の中に入っていく感覚があるからだ。そこで初めてアダルの視界が蒸気から解放された。目の前に見える皮膚の状態をみて、さらに確信が持てた。巨人の皮膚は鋼鉄のようなのではなく、鋼鉄その者なのだと。その証拠にアダルの触れた箇所は明らかに炎の色同様に赤くなっており、一部はその形状を保てずに液体化していた。それはさながら高熱で熱せられ、融解した鉄のように。腕はその鉄の中に呑み込まれている図は自分の事ながら、何故か客観的に『ああ、これ普通だったら骨すら残さない奴だな』ぐらいにしか思わなかった。何せ彼は今融解した鉄の熱さを感じていないのだから。
『というか自分の方が熱いから、逆にこれは冷たく感じるな。まあ、気のせいだろうが』
どろどろに溶けていく鉄の中に手を突っ込んでそんな事が言えるのは明らかにおかしいだろう。アダルもそれは理解しているが、今言ったことが本当の事なので否定が出来ないのが辛い。もしここに他人がいたら「それはおかしい」と突っ込んでくれるのだろうが今はいない。その事実にアダルは少し安心した。何故なら自分の痛い発言を誰にも聞かれなかったのだから。もしこれが誰かの耳に入っていたらそれはアダルを弄る道具になってしまう。自身の周りには精神的な大人が沢山いるが、偶に人を揶揄わなければ生きていけないような者も存在する。というか多い。それは長い寿命を持つ種族の者がより顕著に現れる。何せ人と違い長命な彼らはその分娯楽という物に飢えている者達だからだ。そんな者達はどんな物でも娯楽にしてしまう。それが揶揄うことの場合も存在するのだ。そんな者達にネタを提供するつもりはアダルは全く無い。
『っと、今はこれに集中しないとだよな!』




