十三話 本宮
今、アダルの目の前には豪華に装飾された大きな扉がある。大きいと言っても本来の姿のアダルからしたら小さい物だが、それでも森林で出会った猪王と同じ位の大きさはある。それを目の前にして、アダルはここに来るまでの事を思い出していた。
あれは今から約三十分前。アダルの姿は未だ離宮にあった。
「面白かったですよ」
ヴィリスは微笑みながら楽しげな様子でアダルに問いかけてくる。対するアダルはホッとした様子を見せる。
「それは良かった。話した甲斐があったよ。この世界に来てからの俺の冒険譚」
それを言うと彼はヴィリスに微笑み返す。
「にしても良かったんですか? 私にそんな事話して・・・」
「いいさ。それにこういう話は誰かに話さないと面白さは伝わらないからな」
不思議そうに口にするヴィリスにアダルは特に気にしてなさそうにそう返した。
「それにしても面白かったですよ。特に極東の島に行って、原住民に崇められた所とか」
「そう感じてくれたのなら何よりだ。あそこは後々振り返ってから一人で笑ったな」
彼はそう言うと声を上げて笑い出す。それに釣られるようにヴィリスも笑い出した。その時間は二分近く続き、その間は離宮内はその二人の楽しげな笑い声が響く。
『失礼いたします』
そんな雰囲気を壊すかのようにノック音と共に男の声が耳に入る。声のした方に目を向けるアダル。そこは自分達が入ってきた入り口だった。その扉はゆっくりと開き始め、外の風が離宮内に流れ混んできた。扉が開ききると、そこには燕尾服を着込む数人の執事らしき人物達が優雅に頭を下げていた。
「談笑中のご無礼。申し訳ありません。お客様。しかし、我らが王への謁見の準備が整いまして、これを報告為る為に来た次第であります。つきましては、我らにご同行願いたく思います」
真ん中にいた人物が丁寧にそう口にした。見たところ黒の燕尾服が似合う白髪の壮年男性のようだ。アダルは、内心で猛準備が出来たのかと思い、彼らに返事を返す。
「わかった。すまないな。そんな苦労かけてしまって。すぐに行くよ」
彼らにそんな労いの言葉を言い、アダルは徐ろに立ち上がった。
「じゃあ、また後でな。また面白い話をしようぜ」
「はい。楽しみにしていますよ」
彼女に再会の約束を交わして、アダルは扉の方に足を進めた。足取りは軽く、すぐに執事達の元についた。
「それでは行きましょうか」
執事の一人がそう言うと、扉はゆっくりと閉じられた。彼らは閉じきられるのを確認してから足を進めた。アダルもそれに付いていったのだ。
彼らに付いていくこと十分。アダルは執事の一人による城の本宮内の説明を聞いていた。
「彼方にあるのが五代前の王妃さまによって作られた庭園になります。この庭園には世界各国の植物が植えられており、その種類はなんと五万種にも上ります。広さも一キロ平方メートル有しており、現在ここまで数多くの植物の種類を一カ所で管理されているのは世界でもここだけと成ります。この庭園は一般開放されており、観光地としても有名です」
男ながら小柄であり、声も高いその執事は活き活きとそれを語った。アダルは別にそこまで興味を引かれる物では無かった為、内容の半分以上を聞き流していた。顔も微妙そうな物になっている。しかしその様子に気付かない様子で続きを語り出す。
「おい、やめろ。困っているだろ」
しかしそれは出来なかった。彼の隣にいた長身の眼鏡をかけた執事に止められた体。話を止められた小柄の執事は恨めしそうに眼鏡の執事を睨む。
「止めないでよ。折角良いところだったんだからさ」
「止めたくも成るさ。見てみろ、お客様の顔を。曖昧な表情をされているじゃねえか」
どうやら眼鏡の執事はそれほど育ちが良くないらしく、時折、言葉が荒くなっている。
「君こそ、その言葉使い。どうにか強いた方が良いと思うよ? お客様の前でそんな変な言葉を使って恥ずかしく無いのかい」
小柄の執事は馬鹿に為るように肩を竦めた。それには眼鏡も腹がたった様子だ。
「なんだと? やるかミクロチビ」
「上等だぞ、不良眼鏡」
彼らの視線が交わり、火花が散る。
「止めないか二人とも。お客様の前だぞ」
先を進む白髪の執事が重々しい声で彼らを注意する。すると、彼らは一瞬体を震わせ、反省したようにアダルに頭を下げてくる。
「お恥ずかしい所を見せてしまい、申し訳ありません」
「申し訳ありません」
二人が謝罪を為ると、白髪の執事もこちらを向き、彼も頭を下げてきた。
「どうかお許しください。お客様。この物達も悪気は無いのですが」
綺麗な九十度の姿勢で謝罪をしている白髪の執事。その様子を眺めて、当事者達はさすがに反省した表情になった。
「別にいいさ。それにこの言い合い。俺は楽しんで聞いていたんだ。出来ればこの後どういう結果になるか、拝んで居たかったんだが」
「それはそれは、申し訳ありません。不躾な事をしてしまったようで」
アダルの軽口に彼も少し軽い感じに返す。二人の執事達はアダルの言葉に思わず口を開けていた。そんな事など気にせず、アダルと白髪の執事は向かい合い、お互い笑みを浮かべた。
「自己紹介が遅れておりました。私はこの王城に勤めて五十年。先代国王の代より執事長の役目を努めている、コールド・フラムと申します。気軽にコールドとおよびください。アダル様」
彼はこちらを敬うように右手を胸に当て、自己紹介を始めた。咄嗟にこちらもしようとしたが、すでにこちらの事情は知っている様子だったので、アダルはそのままにした。コールドは自分の紹介を終えると、先程喧嘩をしていた二人に手を向ける。
「こちらの二人は私の部下となります。小柄の方の名はキラン。眼鏡の方の名はガスターと成ります。彼らも名でお呼びいただけると幸いです」
紹介された二人もコールドに習って同じ所作をする。
「それでは、少し急ぐ事にしましょう。あまり待たせては王族達に小言を言われてしまいます故に」
「そうしてくれ。城の説明はあとでフラウドにでもして貰うさ」
「分かりました。では進みましょうか」
彼の声に従い、彼らは足を進めた。途中で気になる物を行く幾つか見つけたが、それも後で説明させようと心に留める。そんな事が何回か有った後、コールドはある扉の前で足を止めた。
「この先が謁見の間になります」
振り返り、口にした言葉でアダルは分かった。彼は徐ろにその扉に目を向け、ある事を呟く。
「随分と豪華な装飾だな」
思わず関心してしまう程豪華な扉がそこにはあった。扉は大きく、猪王と同じくらいの高さまである。装飾も華やかで所々宝石が鏤められていた。
「この謁見の間はいわば国の裕福さの象徴。それ故、他国の方に見下されぬような豪華な物となって居るのです」
淡々と述べられる言葉に関心しながらアダルはある事に気付き、それを口にする。
「この先に国王と王族達が集結している訳か」
「そうでございます」
曖昧な表情を見せるコールド。
「曲者揃いなのか?」
「それはもう。一癖も二癖もある方々ばかりでございます」
「そうか」
その言葉を信じるなら自分はきっと嘲笑の的となるだろうとアダルは確信していた。フラウドが何か言ったらこの結果は変わるだろうが、彼は前世からこういう事を事前に言わないことをアダルは知っている。きっと彼のことだからこの場で大々的に言うに違いない。と彼は分かっていた。
「準備が出来たらご申しください」
どうやらこちらのオ心の準備が出来ていないことを悟ってくれたコールドは心配してくれた様子でそんな事を言ってくる。アダルは内心でコールドの評価を上げた。
「ああ。もういいぞ。開けてくれ」
一度深呼吸をしてから彼に伝える。為るとコールドは中にまで響く声を発した。
「お客様がご到着成されました」
声の余韻が完全に消えたのを伺って、その扉はゆっくりと開き始める。そこから漏れ出す光を目にして、アダルは小さく宣言した。
「頑張るとするか」
誰にも聞こえない声で呟きながら、アダルは中に足を進めた。




