七話 ミリヴァの選別
「だけど良かったわ。ヴィリスが外でも元気に過ごしてくれただけで。わたくしは嬉しい」
その感情を遺憾なく発揮しようとするその表情は限度を超えて、最早涙ぐんでいた。
「大げさだな。私が外に行くことがそんなに不安だったの?」
「それはそうよ。なにせわたくしが覚えている貴女はか弱くて、泣き虫で心が弱い子だったのだもの。そんな子が外に出るなんて心配にもなるわ」
昔抱かれた印象をそのまま伝えられ、ヴィリスは図星を疲れたかのように息を詰まらせた。無理もない。何せ彼女自身が未だに自分の事をそう思っている。ミリヴァの言葉をそのまま聞いていて、彼女は少し顔色を暗くした。
「その頃から私はなにも変わっていないんだ」
俯きながらに小さく呟いた。なるべく自分にだけ聞えるように。言葉にしていて、ヴィリスの心は余計に陰り、思考も自己否定が繰り返されている。
「なにを言っているの。ヴィリスは変わったわよ」
その言葉を否定したのはミリヴァ。自分にだけ聞えていないと思って居たその言葉はしっかりとミリヴァの耳まで届いており、悪循環に陥っているヴィリスのその考えを否定した。
「貴女がなにも変わっていないなんて事はあり得ないの。何せ昔のままだったら大樹城に帰ってくること自体を拒否していたはずだから。だけど貴女は帰ってきたそれだけでも十分に変わったとわたくしは考える」
言い終えると彼女はそっと腰を上げて、ヴィリスと同じソファに移動してくる。彼女の隣に腰を掛けると童子にヴィリスのその手を取って胸の前で両手で包む。
「それにね。先程聞いた貴女の行動は昔の貴女のままじゃ出来なかった事よ。それを自然に行えたと言う事はねヴィリス。貴女が自分を変えたいと思ったから出来た事なの」
優しく語りかけてくる言葉にヴィリスは目を見開いて驚く。確かに今までも同じ様な言葉は何回か掛けられた。そのたびにどこか他人事に聞えてしまい、自分の事なのだと認識できなかった。しかしそれを昔から自分を知ってくれている姉に言われると、不思議とすっと自分の中に入ってくる感覚に襲われた。
「貴女は無意識に今までの自分に抵抗していたの。だからこそそんな優しい事が出来ていたのよ」
「・・・・・わ。私はそんなたいそうなことはしていない。ただ。ただ私に出来る事はそれくらいしか無かったからそれをしていただけだから」
否定の言葉を口にしていくヴィリス。それは無意識のうちに早くなっていた。
「・・・・・・。これは相当深い物を植え付けられてしまったのね」
ヴィリスの反応をみて、微かに悲しそうな表情をにじみ出る。ミリヴァが
なにを言っているのか。どうしてそんな表情をするのか理解していないヴィリスは困惑する。
「・・・・・。そういえば聞いたよ。外で出来た友達を今回招いたんだって? どんな方なの?」
ミリヴァは突如表情を明るくし、ヴィリスが招いた人物に興味がある旨を伝える。それは明らかなる話題逸らしである。だがここでこの話題に乗らなければきっと自分のこの重い空気から自力で抜け出せないことを理解していたヴィリスはあえて、なにも突っ込まずにミリヴァの問いかけに返答した。
「クリト王国の第二王子とその国を救った救世主だよ」
彼女はアダルの事をあえて焦らすように伏せた。
「なになに? 救世主って。わたくしにはその方の詳細は教えないつもり?」
焦らされているに気付いたミリヴァは意地悪な笑みを浮かべる。
「べ、別にそんなつもりは無いよ? だけどもし詳細を知ったら、姉様はその人の事を探りを入れるでしょ?」
「当然よ。わたくしの大事な大事な妹の友人を名乗るのなら、それ相応の実力をもっていなければ。いざというとき、貴女を守れるほどの戦力をね」
やっぱりと呟きながらヴィリスは眉間に手を添えた。
「その様子だと、わたくしより弱いのね。残念だわ。その場合は妹に取り巻く害虫として駆除しなくては」
一切の混じりけの無い殺意の籠もった笑みを浮かべながら従者を側に呼びつける。
「その者を駆除して頂戴?」
「っ!? いくら姉様でもそんな事は私が許さないよ!」
覆われている手を勢いよく解きながら立ち上がった彼女は怒気の感情を露にしていた。声もそれに引っ張られて大きく叫んでいた。ここに来て数十分と経たないうちに彼女はミリヴァに向けてそんな表情まで見せた。そのことがミリヴァは嬉しくもあった。しかし彼女は前言を取り下げるつもりは微塵もない。だからこそ言い訳の無い子供に言い聞かせるように優しく語りかける。
「ヴィリス。分かって頂戴ね。これも全て貴女を守る為なの。強い存在は知らず知らずのうちに強い存在を引き寄せる。貴女は自覚は無いだろうけどとても強い力を持っているの」
自覚がないという言葉。それだけでヴィリスを傷つける事は容易だった。何せ彼女は分かっているのだ。自身がもっている凶器を。それなのに分かっていないと言われたのだ。反論は為るしかない。
「私は自分の力のことを理解しているわ。何せこの毒の制でえ私は兄妹を殺してしまったんだもの!」
反論の言葉は自身でもなるべく穏やかに言おうとは心がけた。しかし抑制が出来ずに声を荒げて叫んでいた。この場合ミリヴァの取れる選択肢は限られてくる。しかし彼女は迷う事無く行動をはじめる。ミリヴァは何故か哀愁漂う笑みを作り、立ち上がってヴィリスの肩に手を置いた。
「残念だけど。それは貴女の一部の能力であって全体の物ではないの。貴女は貴女が思っているよりもとても大きな力を所有しているの。何せ貴女は我らが母と天使種の混血。普段なら決してあり得ないはずの奇跡の存在なんだから」
「えっ?」
ミリヴァから発せられた発言に気になってヴィリスはその場で思考を巡らせる。しかしその姿は傍から見たら呆然としているように見えた。ヴィリスの様子を伺い、しばらく反応が見られる様子がなかったからミリヴァは先程の命令を従者に正式に命じる。
「というわけだから。さっさと駆除してきて。母様には私から行っておくから」
「・・・・・・。残念ながら。我々にそれを行なう事は出来ません」
指令を拒否した従者を冷たく睨めつける。それだけで生物を殺せるのではないかというほど鋭い睨みだ。だが、それを受けて尚、従者は前言を撤回するような事はしなかった。
「理由を教えて貰っても?」
「ヴィリスが様が仰った救世主の方の実力は本物。我々では決して勝てないのです。だからその命令は拒否させていただきます」
従者の言葉にミリヴァは一度目を大きく見開く。しかし直ぐに光悦の笑みを浮かべる。
「つまりはヴィリスに見合う相手と言うことなのね。それ程の実力の持ち主ならさぞかし名がある方なんでしょ? 救世主に見合うほどの力をもっているのだもの」
「ええ。そうですね。何せその方は百七十年前に大樹城に訪れ、既に儀式を終えている竜達の半分を戦闘不能にまで追いやった方ですから」
瞬時にミリヴァの顔色が冷める。その表情は何の感情も宿っていない。そのためになにを考えているのか全く判断できない。しかし確実にその時の事を思い出している事だけは窺えた。
「あいつが。・・・・・・・・来るのね」
「ええ。ヴィリス様とどのような縁を結んだのかは分りませんが。ヴィリス様の友人として招いております。現在はコチラに向かっておいでです」
「そうなの」
単調な返答をしつつ、ミリヴァは未だ呆けているヴィリスを座らせて、自分は先程まで座っていた彼女とは対面の席に腰掛ける。
「どの面さげて来るのやら。あいつも歓迎されていない事は分っているだろうに」
備え付けてある肘掛けに体重を預けながら不機嫌と言う事を隠すことなく露にする。
「あいつが来ても私は歓迎為るつもりはない。勿論これからはヴィリスとの接触もさせないわ。そのことを母様に伝えておいて」
「・・・・・・・・・。はぁ。畏まりました」
彼女からの指令に従者はしばらく考えた後、不敬だと分かっていながら溜息を吐きながら渋々といった様子でそれに従うようにその部屋から立ち去った。従者が立ち去るとミリヴァは徐ろに天井を見上げた。
「誰があんたなんかに可愛い妹をやる物ですか」




