五話 姉との再会
城というのは単に王族が住まうだけの所ではない。その役割には行政を行なう核となる場。つまりは政治の中心となる場所でもある。それは竜であろうと変わらず、大樹城も例には漏れていない。だが他の城とは少しだけ違うところもある。大樹上はその巨大な装いから分かるようにその内部はとても広い。そのくせ世界樹の中に存在するため城下町という物が存在しない。街がなければ。住まい場所がなければ国は栄えない。しかし城下と言う物を創り出すのは困難。どうした物かと考えた初代《次元竜 ウリガス》はある事を思いついた。城下を作り出すことが無理なのだったら城内に街を作ってしまえば良いのだと。その考えの基、全ての階層ごとに街を創った。そしてそこに竜の血を引く者達を住まわせた。階層ごとに自治を認め、自身の血を引く者。或いは信用出来る者に階層を預けた。結果として世界樹及び大樹城の中が大竜種の全領地という事になった。
さて、ここで問題だ。全ての階層がいわば人間で言うのならば貴族の領地みたいになっている中、大母竜の子供達はどこに住んでいるのか。正解はその領地に住み着いている。今、ほとんどの階層の主は大母竜の子息子女が努めている。大母竜の血縁的兄妹と成っている者も一部未だに階層を支配している者達もいるが、ほとんど者が現在の大母竜が大竜種の代表となった時点で大樹城から去った。自身の家族を連れて。その結果膨大に存在する階層の主が消えたのだ。どうしようと考えた末、大母竜直属の行政機関は主人がいなくなった階層の新たな主人を大母竜の子息子女に任せたのだ。大母竜の長子。ミリヴァもその階層を任された者一人だった。
「来ちゃったな・・・・・」
彼女が納める階層に着き、その景色を眺めるヴィリスの表情は懐かしさ半分で残りは苦笑いをしていた。その景色は大樹城を出たときと多少の変化はあるが、大凡昔見ていた物と変わらなかった。階層は主人の意思でその姿を変える。そこは領地と同じなのだ。ミリヴァの納めるこの階層は晴れ渡る青い空と緑が豊かな自然と石細工の街が調和された街をもっている階層となっている。つまりこの景色がミリヴァの理想の町並みと言う事なのだ。
「さあ、こちらへ。屋敷にてミリヴァ様が待っておられます」
従者に促されるままに彼女は馬車に乗り込もうとした。階層は広く、ミリヴァの住まう屋敷までも遠いため、当然ながら移動は馬車となっている。別に馬車に乗る必要など、ここにいる者達にはない。何せ全員が翼を持っているので飛べば良いのである。だが誰もそのような行動は取らない。非効率だと思われるこの行動にも勿論意味が存在する。
「私を配慮して用意してくれたのですか?」
「ミリヴァ様の指示でしたので」
そうですかと返答し、その馬車を観察する。どこかで見覚えのある物だと感じてしまい、どこで見たかなと思考を巡らせる。その様子を傍から見て奇妙に思った従者が衝動に耐えきれずに彼女へ問いかけた。
「どう致しました? この馬車が何か問題でもありましたでしょうか?」
「いえ、特に問題は無いと思うんですが・・・・・。どこかで見覚えのある馬車だなと思いまして。どこで見たのか思い出しているんです。・・・・・・・・・うぅん」
確かにどこかで見たことがあるのにどこで見たのかどうしても思い出せない。
「そうでしたか。それはお邪魔をしてしまいましたね。申し訳ございません」
「謝ることじゃないですよ。私が勝手に思った事なので。コチラこそこんなことで時間を浪費してしまってすいません。直ぐに乗りますね」
そう言って彼女はそこで一端考えるのを止めて、馬車の方に進む。
「お気遣いは無用なのですが・・・」
小さくだが従者の声が確実に聞えた。ヴィリスはその言葉に反応し、反論しようかとも思った。しかしそれだとさらにここで時間を浪費する事が目に見えたので彼の放った言葉が聞えなかったという演技をしつつ馬車に乗り込もうとする。だがその前に一度立ち止まってその目でもう一度街の景色を目に納めようと直前で止まりその方向に目をやった。それを見て先程は複雑だった心が今は違う感情を抱いたことに気がついた。
「なんだ。私、帰って来れて嬉しいと思えるんだ」
素直に自身がそのように思えたことに驚きつつも、歓喜する。そして一度街の上空を見てから馬車に乗り込もうと視線を上げたとき。不思議な光景が目に飛び込んできた。青い空の中。何かが明らかに此方に向け飛翔してきている。最初はミリヴァの使いの者が彼女からの新たな指令が出たため、それを急ぎ伝える為に飛んできたのかと思った。しかし飛翔してくる者をずっと見ていると明らかにそのような者ではないと言う事を悟った。なぜなら。
「どうしたのですか?」
空を見て立ち止まっていることに疑問を抱く従者がヴィリスと同じ方向に目を向けた。瞬間彼の表情は膠着する。無理もないだろう。何せそれを見つけたヴィリスでさえ顔を強ばらせているのだから。
「あれって。私の目が悪くなったんでしょうか? それとも新手の幻覚ですか?」
「・・・・・・・。そう願いたいのですが。自分も多分ヴィリス様と同じ物が見えていると思いますので目の錯覚でも幻覚でも無く、現実なのだと思います」
飛翔してくる物体は徐々にその輪郭をはっきりととらえることが出来る。全身白銀の鱗と竜毛で覆われている四つ足の首長の竜。その大きさはアダルと比べて並ぶくらいの巨体。そんな竜が猛スピードで迫ってきている。他の種族だったら慌てふためく場面でもここでは日常の範疇。しかしその迫ってくる竜に到っては異常な行動だった。その姿に見覚えのあるヴィリスと隣にいた従者は同時に疲れた様な息をはき出す。その間にも白銀の竜は彼らの上空まで到達し、そこを旋回している。
「なにやってんだよ! あんたは屋敷で待ってろと言っただろう!」
従者としてはあり得ないほど崩した言葉を上空の竜に向け叫んだ。竜はその言葉に反応して、今叫んだ従者を一瞬睨んだ。しかし直ぐにそれを止めると、竜のからだが突如発光を始めた。その輝きは雷のように一瞬に終りを迎え、同時に竜の姿は突如として消えた。代わりとして白銀の長髪をもつ鎧を着込んだ美女がその場所に姿を現し、重力に逆らわずに落下して来る。
「ヴィ~~~~リィ~~~~~ス~~~!!!!!!」
高高度からの落下にもかかわらず彼女はそれを思わせないほど軽く着地する。そして両手を広げて満面の笑みを浮かべながらにヴィリスに駆け寄った。
「久しぶりね。我が愛しの妹。こんなに立派になって帰ってきてくれてお姉さん嬉しい。わたくしずっと心配していたのよ?未だ幼い姿で外に行ってしまった貴方の事。変な獣に襲われていないのかとか。性格の悪い大人達に良いように使われていないかだとか。或いは奴隷にされて、気持ちの悪い男によって貴女が傷物にされてはいないかとも思ったわ。だけどここまで立派に成長出来たと言う事は貴方の身が無事だという証拠よね。本当に貴女が無事に帰ってきてくれて
良かったわ!」
抱きつくと同時にマシンガンの様に話しを進める彼女にヴィリスもその暖かさを噛みしめながら抱き返す。
「ただいま。姉様」
その声を発すると同時に不思議と涙が零れた。しかし先ほどの様な負の物では無かった。これは単純に姉に受け入れられたこと。そして昔と変わらない姉の暖かさを感じられた事へ歓喜したことで不意に流れてしまった物だった。彼女の想いに答える様に一人勝手に語っていた彼女。ミリヴァはヴィリスの耳元に優しく声を掛けた。
「お帰り。ヴィリス」




