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虹翼の天輝鳥  作者: 緒野泰十
第三章 金剛の翼巨人
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一話 変化の是非

 本来の姿になっているアダルは大広間にて大勢の竜達に囲まれていた。其れもただの竜では無く殻割りという儀式を済ました完成された竜達。彼ら自分に向けてきているのは紛れもない敵意。其れを表すかのように各々自身の得物を向けてきている。今はただ静寂している状況だが、いつこの均衡が崩れても可笑しく無い。崩れた場合、ここは悲惨な場所に様変わりすることは誰が見ても明らか。そんな状況でアダルはある事を思った。

「ああ、夢か」

 次の瞬間見ていた景色は黒く塗りつぶされ、大量の竜達も姿を消した。そして徐々に体が浮上する感覚に包まれる。彼はそれに抗わず、そこで目を瞑り身を委ねる。

 次に目を開けるとそこは馬車の中。開眼するときの目の重さと先程見た夢からして居眠りをしてしまっていたようだ。窓より差し込む明かりからしてまだ昼前だろう。外の景色を見ようとカーテンを開けようとした。

「おはよう、明鳥君」

 寝起きの挨拶が耳に届いた。彼はカーテンを開けるだけに留まって席に戻って正面のヴィリスに向き直った。

「おはよう。俺はどのくらい寝てた?」

 自身の感覚からしてそこまで長く寝ていた気はしないが、こういうのは聞いてみなくては分からない。

「一時間くらいかな。なんか苦しそうな声が漏れてたけど、何か嫌な夢でも見たの?」

「あまり思い出したくない苦い記憶を夢で見た。災難だよ」

 背もたれに体重を預けながらに投げやりに返す。言っていて溜息も出てしまう。それ程彼に取っては思い出したくない出来事だった。そんな彼をヴィリスは意外そうな表情を浮べた後に笑みがこぼれ出た。

「意外。明鳥君にも思い出したくないトラウマがあるんだね」

 笑うヴィリスに反してアダルは苦い顔を続ける。

「それは五十年旅を続けてたら苦い思い出なんていくつも出来るもんさ。スコダティの相手を続けていたら嫌でも増える」

 やってられないと口にしながら彼は外の景色に目をやる。今馬車は丁度大河のを

真横の街道を通っている。飛び込んでくる光景は変らない日常の風景だ。其れを見て感動する気持ちはアダルには持ち合わせていない。ただ、暇つぶしとして少しずつ変る景色を眺めているだけ。

「じゃあ、夢に出たそれも彼関係?」

「いや、今見た夢にあいつは関係無い。ただ自分が昔やったおいたを思い出しただけだ」

 さらっとそのことを語れるその姿にヴィリスは憧れと羨ましさを感じた。一つの過去に縛られ続ける自分と、いくつもの辛い過去を軽く話せるアダル。そんな彼の性格をヴィリスは何度羨ましいと思った事か。

「羨ましいな」

 言った後に気付き、口を塞ごうと手を動かす。今のは完全な失言だった。言葉だけで見ればうらやましがる事が全く無いからだ。其れなのに勝手に口が動いてしまった。ヴィリスは己の失態の重さに落ち込む様に俯く。

「・・・・・。別にそこまで気にするような事は言ってないだろ」

 一度視線を彼女の見える頭頂部を向け、その後直ぐに外に戻す。

「ヴィリスはきっと俺に対してそう思っているんだよな。其れだったら俺もお前を羨ましいと思うぞ」

「えっ?」

 彼からの返答に驚く彼女は顔を上げて、顔に浮べている表情を伺った。彼の表情は少し寂しそうで、哀愁すら感じる。

「結局俺がやっている事は暴力に訴えて、外敵を駆除しているだけ。その能力に特化して他の事は得意じゃ無い」

 そもそも人目を避けて百五十年も引きこもり続けたアダルだ。偶に話すのは良いが、自分から積極的に話しを繰り出すことなんか圧倒的に少ないと言って良い」

「だけど、私や王来君。あと海人種の三人なんかは積極的になるよね」

「関わりの深い奴はそうさ。だけどな、ヴィリス。俺がその他の奴と話した所見たことあるか?」

 この世界で会ってから、彼に関する記憶を辿り始めるヴィリス。言われてみれば確かにアダルが他の人物と話しをしている所を彼女は目撃したことが無い。

「見た事無いけど・・・・・。だけどそれは私があまり離宮にいなかったからかなって。違うの?」

「ああ違うね。俺は実際に離宮にいる奴以外の奴とはほとんど話しをしていない」

 フラウドの持つ離宮には執事や侍従などいない。周辺を騎士達が守護しているとは言え、その者達も離宮内には入れないため関わりは無い。そして極めつけが、アダルは基本的に離宮から出なかった。それはアバッサでも同様。アバッサに滞在中に邪魔したフラウドの別荘でも囮の街のホテルでも彼は自分からはそこに努めている者達に話かけることは無かった。最低限のコミュニケーションだけとっていたのだ。

「俺は少なくとも前世の俺とは少し性格が変った。いや、変ってしまったと言った方が良いか」

 自嘲するような言いぐさで、己の発言を鼻で笑う。

「それは旅のせいで?」

「そうだな。正確には元の姿のまま旅に出たからこんな性格を形成してしまったんだろうな」

 旅に出た彼を待ち受けていたことは想像出来るだろう。アダルはどの種族にも属さないオリジナルの種族。そんな彼を一目で受け入れようとする種族はこの世界には存在しなかった。その経験によって彼の根暗な心が形成されてしまった。

「だから俺はお前のその誰にでも優しく出来る事が羨ましい。俺には出来ないからな」

 諦めに近い想いが零れ出る。

「・・・・・・・・・。この世界に来て。自分だけが変ってしまったって想ってた」

 アダルの本音を聞いてなにを思ったのか、ヴィリスは突如一人語りを始める。其れを阻む相手はここには存在しない。彼女の突拍子も無い行動をアダルは受け入れたから。

「明鳥君とこの世界で初めて会って。そしてなぜか私の過去の事を話した時に私想ったの。やっぱり明鳥君は変ってないんだなって。そう想ったのと同時にね、私は自分が恥かしくなったの。なんで自分は変ってしまったんだろうってさ」

 俯いて、己を攻め始める。その声は今にも泣きそうに聞える。さすがに彼女のそんな姿を見たくないと想ったアダルは口を開いた。

「変化しないことは別に良いことばかりじゃないだろ。変化したからこそ出来る事や、考えられることがある。そして何より俺もお前も前世では持つことすら叶わなかった代物を持てるようになっただろ」

「・・・・・・・持てなかった物ってなに?」

 ここで漸くアダルはヴィリスに向き直り、彼女の胸を指した。

「自分の心に聞けば分かるさ。そこに確実にある心にな」

 意地が悪い笑みを浮かべながら、彼はワザと焦らすように言いのける。答えが聞けると思って居たヴィリスは数秒呆然とした後に、頬を膨らませる。

「そういう意地悪な所は変ってないんだね。そこは変わってくれた方が良かった」

 声の質から割と本気で怒っている事が伝わった。それでも尚、アダルは彼女に軽口を仕掛ける。

「思わせぶりな事を言って、期待させてしまったのは謝る。ごめんな。だが、こういうのは自覚しないと気付けないし、成長させる事が出来ない。と言うのを昔誰かが言ってた」

 その発言に想わず体勢を崩しそうになった

「・・・・・・たしかに私も其れは聞いた事があるなって想ったけどさ。それってわざわざ言っていいの?」

 呆れた表情を浮かべて一応苦言を呈してみる。無駄だと分かっていても。

「いいだろ。昔からこういうのを言ってみたかったんだよ。まさか言う相手が前世から付き合いのある奴に成るとは想わなかったが」

 アダルの方も今の発言をヴィリスにしてしまったことを恥ずかしく思っているのか、目線を逃す。

「兎に角だ。一度自分の良いところを自覚して見ろよ。一つでも見つけることが出来ればそれ以外も直ぐに見つかるからな」

「・・・・・・そんな分かりやすい良いとこなんて私には無いのに。其れを見つけろって私にはハードルが高すぎるよ。もし其れが間違っていたら、自意識過剰って言われるかも」

「他人の意見なんか気にする事無いだろ。与えられた言葉が非難だったら尚更だ。自分が見つけた所は間違い無く良いところであり、長所だ。其れを否定する権利なんて誰にもない。だからそんな意見に耳を貸すな」

 その言葉を紡いでいるアダルは一切彼女から目を背ける事も恥ずかしげも無く、ただの事実であるように言い放つ。その姿は嘗ての。前世での彼と重なり、ヴィリスは思う。やっぱり、アダルは変わっていないのだと。表面的には社交的で無くなったが、其れは彼の経験からそうなっただけで、旅をしても、洞窟に籠もっていても彼の本質は変化させることなど出来なかった。その真っ直ぐさにやはりヴィリスは憧れを抱いてしまう。其れと同時に自分もそうなれるのだろうかという不安が脳裏に過ぎり、体を支配するように全身に駆け巡る。「そう言われても・・・・。そう簡単にできないよ」

「ヴィリス。お前の自己評価の低さは最早自己否定の領域まで達して病気のレベルまで高い。だからこそ言ってやる。今はそれでもいい。ただな。自分の行なった事を誇りに思え。自分は間違っていないんだって思い込め。自分を肯定しろ。それだけできっと見える景色は違うと思うぞ」

 その言葉にヴィリスは力なくゆっくりと頷く。

「ねえ、明鳥君。君はさ。今自分が言ったことをやって、自己肯定を出来たの?」

「出来た。俺はお前よりも自己評価が高かったから案外早く見つけることが出来たぞ」

 誇らしげに胸まで張って見せる。その姿に彼女は微笑む。

「自意識過剰だよ」

「言ったろ。他人の意見なんか気にしないんだよ。俺は」


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